行動の切り替えを行う脳の仕組みに関する新発見

平成26年4月30日

福島県立医科大学
広島大学
愛媛大学

行動の切り替えを行う脳の仕組みに関する新発見

研究成果のポイント

  1. 脳内(線条体)のアセチルコリン神経伝達の働きを止めると、学習に基づく行動の切り替えが促されることを発見しました。
  2. 統合失調症などの脳神経疾患の病態の改善につながる治療薬の開発に結び付くものと期待されます。

 

福島県立医科大学の小林和人教授・西澤佳代助教と広島大学・坂田省吾教授・岡田佳奈特任助教、愛媛大学・松下夏樹研究員らの共同研究チームは、脳内における標的の神経細胞を取り除く技術を利用して、脳内(線条体)に存在するアセチルコリンを含む神経細胞の機能を抑制することにより、学習に基づく行動の切り替えが亢進されることを見出しました。さらに、標的遺伝子の役割を抑制する技術を用いて、行動の切り替えを伝達するアセチルコリン受容体のタイプを同定しました。アセチルコリンの作用は、記憶、学習、認知などのさまざまな機能に関わることが知られていましたが、今回、その作用の抑制が行動の切り替えを促すことが初めて発見され、脳神経疾患に対する治療薬の開発に結び付くと考えられます。本研究の成果は、英国科学誌Nature Communications(5月6日号)に掲載されます。

研究の背景

動物は、環境の変化に対して、柔軟に行動を切り替える必要があります。動物がある状況に置かれると、やがて多くの選択肢の中から適切な行動を選び出して実行するようになりますが、その状況が変わった際には別の行動にスイッチしなければなりません。このような状況に応じて頭を切り替える機能には、前頭葉と線条体という脳の領域を結ぶ神経回路が重要だと考えられています。
また、統合失調症などのある種の精神神経疾患では、行動を切り替える機能に重篤な障害のあることも知られています。線条体という領域の中にはさまざまな神経細胞が存在しますが、研究チームはその中のひとつである“アセチルコリン”を含む神経細胞の機能について研究を行いました。アセチルコリン神経細胞は、これまでの研究から、記憶、学習、認知などの多くの脳機能に重要なことが知られていましたが、線条体のアセチルコリン神経細胞が、行動の切り替えにどのような役割を持つのかは、これまで十分に研究が進んでいませんでした。

研究内容と成果

研究チームは、細胞標的法という技術を利用して、遺伝子改変ラットの脳領域(線条体)からアセチルコリン神経細胞のみを取り除いた実験動物を作製しました(図1)。このラットの学習行動を、迷路を用いた場所選択学習の課題によりテストをしました(図2)。この課題では、ひとつの走路から入ると行き止まりに達し、そこからふたつの走路のどちらかを選択します。正しい走路を選択すると、その先端に餌がおいてあり、動物はそこで報酬を得ることができます。この学習を毎日繰り返すと、動物は正しい走路を高い確率で選択するようになります(学習の獲得)。その後、餌のある位置を逆の走路に移動させます。動物はこの位置の逆転に対して、徐々に反応し、反対の走路を選ぶと報酬が得られることを学習します(逆転学習)。アセチルコリン細胞を除去したラットは、学習の獲得は正常でしたが、逆転学習が正常ラットよりも素早く起こることが見出されました。次に、学習の獲得後、走路の報酬を取り除いた状態で、テストを行いました。正常な動物は報酬が得られないことを学習し、かつて餌のあった走路を選択することをやめます(消去学習)。アセチルコリン細胞を除去したラットは、この消去学習においても正常動物と比較して学習が早く起こることがわかりました。この逆転学習や消去学習が亢進したラットの脳内に、アセチルコリン受容体に促進性に働く薬剤を注入すると、行動の切り替えが正常ラットと同レベルになることもわかりました。

次に、この行動の切り替えの亢進に、どのアセチルコリン受容体が関わるかを調べました。線条体の細胞にはアセチルコリンによる神経伝達を媒介する2種類の代表的な受容体が存在することが知られており、ムスカリン性受容体1型と4型と呼ばれています。研究チームは、遺伝子ノックダウン法という遺伝子の働きを抑制する技術を用いて、2種類の受容体の機能をそれぞれ抑制し、上記の迷路を用いた逆転学習について解析しました(図3)。その結果、ムスカリン性受容体4型を抑制した場合、アセチルコリン細胞を除去したラットと同様に、逆転学習が早まるという結果が得られました。一方、ムスカリン性受容体1型を抑制した場合には、逆転学習に特に顕著な変化はありませんでした。
このような研究から、線条体のアセチルコリン神経伝達の機能を抑えた方が行動の切り替えが起こりやすくなることが明らかになりました。すなわち、アセチルコリン細胞は、ムスカリン性受容体4型の作用を通して、行動をスイッチする反応を抑えるように働いていることがわかります(図4)。アセチルコリンは、脳の中のいろいろな領域に含まれており、主に、記憶、学習、認知機能の促進作用に働いていると考えられてきました。しかし、この研究結果のように、脳の領域や学習の課題によっては、アセチルコリンは機能を抑える役割を持つということが明らかになりました。そして、この作用はこれまであまり機能のわかっていなかったムスカリン性受容体4型によって伝わるということも判明しました。これらの結果は、今後、統合失調症など、認知機能の切り替えに重篤な障害を持つことの知られている脳神経疾患の病態の改善につながる治療薬の開発に結び付くものと期待されます。

本研究は、福島県立医科大学、広島大学、愛媛大学などの共同研究による研究成果です。  

 

【図1】線条体アセチルコリン神経細胞の選択的除去

線条体アセチルコリン神経細胞の選択的除去

A:細胞標的法の概要:遺伝子改変技術を利用して脳内の特定の神経細胞に、元来その動物の脳内には存在しない標的タンパク質(この場合は、ヒトのインターロイキンー2受容体αサブユニット)を発現させます。その後、この動物の脳内にイムノトキシンと呼ばれる標的タンパク質を認識して細胞の中に取り込まれたあと、その細胞を死滅させる人工タンパク質を注入します。この処理によって、標的タンパク質を持つ細胞が選択的に除去されます。

B: アセチルコリン神経細胞の除去:アセチルコリン神経細胞において標的タンパク質を発現する遺伝子改変ラットを作製し、この動物の脳内(線条体:黄色で示した領域)にイムノトキシンを注入しました。その後、線条体のアセチルコリン細胞を実験的に視覚化すると、正常群にはアセチルコリン細胞(写真の中で黒くみえます)が存在しますが、除去群ではこの細胞が取り除かれていることがわかりました。
 

【図2】アセチルコリン神経細胞を除去すると行動の切り替えが促進する

アセチルコリン神経細胞を除去すると行動の切り替えが促進する

A: 行動切り替えテスト(逆転学習):場所選択学習の獲得期において、動物は図の右か左の走路のいずれから、迷路に入ります。行き止まりまで行くと、2つの走路のうちのどちらかを選択します。図の場合、上側の方角を選択すると、走路の先端に置かれている報酬を得ることができます。毎日、4回この試行を繰り返し、正答率を測定します。8日間試行を続けた後、報酬の位置を逆転します。動物は、獲得期に学習した走路を選ぶため、正答率が著しく低下しますが、試行を繰り返すうちに、行動を切り替えることを学習し、再び正答率は向上します。

B: 細胞除去ラットにおける逆転学習の促進:学習の獲得期において、アセチルコリン細胞除去群(赤色)では正常群(青色)と同様に、試行が進むにつれて正答率が増加しました。一方、報酬の位置を逆転すると、細胞除去群では、正常群よりも早く逆転学習の正答率が増加するようになりました(矢印)。アセチルコリン細胞の欠落によって、行動の切り替えが早くなり、逆転学習の成績を向上させることが示されました。

 

【図3】ムスカリン性受容体4型の阻害は行動の切り替えを亢進する

ムスカリン性受容体4型の阻害は行動の切り替えを亢進する

A:遺伝子ノックダウン法の概要:標的の遺伝子の情報が写し取られた伝令RNA(メッセンジャーRNA, mRNA)の一部と相補的な配列を持つ短いヘアピン構造のRNAを細胞内で発現させます。ヘアピンRNAは切断され二本鎖RNAとなり、一方の鎖が標的の伝令RNAと対合することが引き金になって標的mRNAが分解されます。このような作用によって、標的mRNAによってコードされていた遺伝子の機能が抑制されます。

B: ムスカリン性4型受容体の抑制による逆転学習の亢進:ムスカリン性4型あるいは1型の受容体の遺伝子をノックダウンし、図2Aに示した場所選択学習のテストを用いてラットの行動切替えを評価します。4型受容体を抑制した場合、正常群に比較して顕著な逆転学習の成績の亢進が認められましたが(矢印)、1型受容体を抑制した場合は、正常群とほぼ同様の成績でした。したがって、アセチルコリン神経細胞による行動切り替えの抑制は、4型受容体によって媒介されると考えられます。

 

【図4】本研究の成果(まとめ)

本研究の成果(まとめ)

一連の研究の成果として、線条体に存在するアセチルコリン神経細胞は、ムスカリン性受容体4型の作用を通して、行動をスイッチする機能を抑えているということが明らかになりました。

社会的意義と今後の展開

1.行動の切り替えを調節する脳内の仕組みの理解へ

状況にあわせて行動を選択し、適切に切り替える脳の仕組みにとって、前頭葉と線条体を連結する神経回路が重要なことは知られていますが、細胞や神経伝達レベルの理解は進んでいませんでした。今回の研究によって、線条体のアセチルコリン伝達は行動のスイッチを抑えるように働き、この細胞がない場合にはむしろ切り替えが素早く起こることが示されました。また、このアセチルコリン伝達の作用は、ムスカリン性受容体4型が主に媒介していることが明らかとなりました。状況に応じて頭を切り替える脳の仕組みとして、特定の細胞や神経伝達が抑制性の役割を持つことがはじめて明らかにされました。
 

2.統合失調症など精神神経疾患に対する治療薬の開発に期待

統合失調症などのいくつかの精神神経疾患では、ルールの変更等、認知機能の切り替えに重篤な障害を持つものが知られています。今回の結果によって、線条体アセチルコリン伝達の抑制、特に、ムスカリン性4型受容体の作用の抑制は、行動切り替えを向上させることが示されました。今後、線条体のアセチルコリン伝達を調整する薬剤の探索は、認知機能の切り替えに重篤な障害を持つことの知られている脳疾患の病態の改善につながる治療薬の開発に結び付くものと期待されます。

掲載論文

題名:Enhanced flexibility of place discrimination learning by targeting striatal cholinergic interneurons.
著者:Kana Okada, Kayo Nishizawa, Ryoji Fukabori, Nobuyuki Kai, Akira Shiota, Masatsugu Ueda, Yuji Tsutsui, Shogo Sakata,Natsuki Matsushita, Kazuto Kobayashi
掲載誌:英国科学誌 Nature Communications 5月6日号

問い合わせ先

(研究に関すること)
福島県立医科大学 医学部附属生体情報伝達研究所 生体機能研究部門
教授 小林 和人(コバヤシ カズト)
助教 西澤 佳代(ニシザワ カヨ)
Tel:024-547-1667  Fax:024-548-3936
Email:kazuto*fmu.ac.jp (小林教授)

広島大学 大学院総合科学研究科 行動科学講座
特任助教 岡田 佳奈(オカダ カナ)
Tel:082-424-6544  Fax:082-424-0759
Email:kaokada*hiroshima-u.ac.jp

愛媛大学 医学部附属病院 先端医療創生センター
研究員 松下 夏樹(マツシタ ナツキ)
Tel:089-960-5902 Fax:020-4669-7331
Email:natsukim*m.ehime-u.ac.jp

 

(取材・報道に関すること)
公立大学法人福島県立医科大学研究推進課
担当者 高野 武彦(タカノ タケヒコ)
Tel:024-547-1022 Fax:024-547-1991
Email:takano-t*fmu.ac.jp

国立大学法人広島大学 学術・社会産学連携室 広報グループ
担当者 久保田 真理子 (クボタ マリコ)
Tel:082-424-6781 Fax:082-424-6040
Email:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

国立大学法人愛媛大学医学部総務課企画・広報チーム
担当者 今岡 拓也(イマオカ タクヤ)
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Email:mekoho*stu.ehime-u.ac.jp

(*は半角の@に置き換えて送信して下さい。)


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