小さな虫から長寿の仕組みを発見

平成26年7月7日

小さな虫から長寿の仕組みを発見
~生活習慣病などの予防や治療にも期待~

本研究成果のポイント

  • mTORC2タンパク質複合体(※1)の制御下で、SGK-1タンパク質(※2)が機能することを発見
  • mTORC2-SGK-1シグナル伝達経路は、周囲の環境に依存して長寿や短命といった2つの異なる作用を示すことを発見
  • 腸内細菌叢の質が長寿に重要であることを示唆

概要

広島大学大学院先端物質科学研究科の水沼正樹准教授は、ハーバード大学医学部のT. Keith Blackwell教授らとの共同研究で、寿命制御においてmTORC2タンパク質複合体の制御下にSGK-1タンパク質が機能することを見出し、このシグナル伝達経路は周囲の環境(温度や食餌)に依存して、長寿や短命を誘導する2つの異なる側面を持つことを発見しました。具体的には、mTORC2-SGK-1シグナル伝達経路は、低温では長寿に、高温では短命にそれぞれ機能することが判明しました。さらに、長寿に導く食餌も同定し、腸内細菌叢の質が長寿に重要であることも示唆しました。これらの成果は、線虫(※3)という長さ1 mm程度の生き物を使って発見したものです。

本研究成果は、平成26年7月10日午前11時(日本時間)英国科学雑誌Aging Cellオンライン版に掲載されます。

論文名:”mTORC2-SGK-1 acts in two environmentally-responsive pathways with opposing effects onlongevity” (Doi: 10.1111/acel.12248)

著 者 :Masaki Mizunuma1, Elke Neumann-Haefelin, Natalie Moroz, Yujie Li, and T. Keith Blackwell11Corresponding authors(共同責任著者)

背景

老化過程は非常に複雑なプロセスと考えられていますが、その謎が遺伝子レベルで理解されつつあります。近年、酵母、線虫、ハエ、マウスなどのいわゆる真核モデル生物(※4)を用いた老化・寿命研究が世界中で活発に行われています。実際、これらモデル生物を用いた研究によって、寿命を司るシグナルや分子が続々と同定され、老化の基本的な仕組みには共通点が多いことが明らかになりつつあります。その代表例がカロリー制限で、多くのモデル生物でそれによる寿命延長効果が観察されています。
寿命制御の分子機構については、これまで真核モデル生物を用いた研究から、低温では長寿、高温では短命となることが感覚的に知られていましたが、その詳細はあまり知られておらず、低温における長寿については、SGK-1が転写因子DAF-16(※5)の機能を高めることが、線虫を用いた解析から明らかとなっていました。
線虫は、他のモデル生物と比較して寿命が圧倒的に短い上、分子遺伝学が駆使できるという実験系の優位さに加え、高等生物と機能的に保存性が高い分子を持つという利点を持っています。広島大学大学院先端物質科学研究科の水沼正樹准教授、ハーバード大学医学部のT. Keith Blackwell教授らは、この線虫を用いてmTORC2の機能解析を行い、長寿の仕組みを明らかにしようとしました。
mTORは、免疫抑制剤であるラパマイシンの標的分子で、栄養状態に応じて細胞のさまざまな機能を制御しています。mTORは、2種類の複合体(mTORC1とmTORC2)として存在しています。mTORC1とmTORC2はそれぞれ異なる蛋白質と複合体を形成し、それぞれ異なる機能を持ちます。mTORC1の変異は、がんや糖尿病など老化に伴う疾患に深く関わっています。しかし、mTORC2の詳細な機能は不明でした。
また、食餌と寿命との機能的な関連についても不明な点が多いのが現状です。

研究成果の内容

広島大学大学院先端物質科学研究科の水沼正樹准教授、ハーバード大学医学部のT. Keith Blackwell教授らは、寿命制御においてmTORC2が関与し、その下流でSGK-1が機能することを発見しました。さらに本経路による寿命制御は、温度と食餌に依存する新規メカニズムでした。低温では長寿に関わる転写因子DAF-16が、高温では長寿や酸化ストレス耐性に寄与する転写因子SKN-1(※6)がmTORC2-SGK-1経路の下流でそれぞれ機能することが分かりました。この具体的な分子メカニズムとして、mTORC2- SGK-1経路は、低温ではDAF-16の機能を高め、高温ではSKN-1の機能を弱めることにより長寿や短命といった2つの異なる作用を示します(図1)。
また、通常OP50という大腸菌が線虫の餌として用いられますが、これとは由来の異なるHT115という大腸菌を線虫に食べさせると、SKN-1の機能が高められ、酸化ストレスに抵抗性が付与され、長寿になることも判明しました(図1)。HT115を食べさせた線虫のSKN-1は腸内で強く発現したため、腸内細菌叢の質が長寿に重要であることも示唆されました。しかし、この食餌効果は野生株ではほとんど観察されず、mTORC2やSGK-1の機能が欠損した時にのみ観察されることから、これら疾患に対して食餌療法が有効であることが予想されます。
本研究成果は、遺伝子の変異株やRNAi(※7)という遺伝子機能を失わせるような実験技術を駆使することにより、見出されたものです。

今後の展開

低温では、真核モデル生物の寿命が延長することは、感覚的には知られていましたが、その実験的証拠は少ないのが現状でした。また、食餌と長寿(健康)もよく知られていますが、食餌による寿命延長の仕組みは不明な点が多いのが現状でした。今回の研究から、温度や食餌(腸内細菌叢)による長寿メカニズムが分子レベルで明らかになり、その根拠が科学的に示されました。本成果は線虫で見出された結果であるため、今後、他のモデル生物やヒトでも検証する必要があります。

生体の恒常性維持は厳密に制御されており、老化はこの調節機構に破綻が生じたものと考えられ、糖尿病などの生活習慣病はその代表的な疾患です。つまり、寿命メカニズムの解明は、生活習慣病などの予防や治療の理解にもつながります。ひいては、健康寿命の延長を実現するうえでも極めて重要です。現在は、病気の治療に注目されていますが、今後は、寿命研究で得られた知見を利用して、老化に伴う病気を予防する新たなアプローチが行われると思われます。今後の超高齢化社会を見据えたときに、長寿の仕組みを明らかにする意義は極めて高いと推察されます。

 

参考資料

概略図

図1.概略図
mTORC2タンパク質複合体-SGK-1タンパク質経路はSKN-1を負に、DAF-16を正に調節する。ある食餌(HT115大腸菌)を与えるとSKN-1が活性化され、酸化ストレス耐性や長寿などの利点がある。

用語説明

※1 mTORC2タンパク質複合体
mTOR(免疫抑制剤ラパマイシンの標的タンパク質)は、2種類の複合体(mTORC1とmTORC2)として存在する。mTORC1とmTORC2はそれぞれ異なる蛋白質と複合体を形成し、それぞれ異なる機能をもつ。mTORC1の活性化は、がん細胞で観察される。多くのがん細胞において、ラパマイシンによる増殖抑制効果が示され、抗がん剤としての有用性が期待されている。一方、mTORC2の機能は不明な点が多い。

※2 SGK-1タンパク質
血清-グルココルチコイド誘導性キナーゼ1。イオン輸送や細胞の生存の促進や代謝などに機能する。

※3 線虫
本実験で使用した線虫は、非寄生性のもので、Caenorhabditis elegans (C. エレガンス)と呼ばれるものを使用した。C. エレガンスは成虫では1mm程度の大きさ。分子遺伝学が駆使でき、遺伝子情報がすべて解読されており、多細胞生物の最小真核モデル生物として利用されている。2002年のノーベル医学生理学賞は、この線虫を用いた研究成果に与えられた。
いわゆる線虫は、線形動物門に属する。種類も多く、一般的には身近なところにも存在しており、例えば、地上、土壌中、水中などに生息している。寄生するような線虫もいる。

※4 真核モデル生物
酵母、線虫、ショウジョウバエ、マウスなどの生物で、これらは研究上の利点に加え、ヒトの遺伝子と似た機能を多数持つため、格好のモデルとして研究に利用されている。

※5 DAF-16
フォークヘッド型転写因子。線虫では長寿に関与している。

※6 SKN-1
ヒトの酸化ストレス耐性に寄与するNrf型転写因子と似た相同転写因子。線虫では酸化ストレス耐性や長寿に関与しており、神経や腸に局在している。

※7 RNAi
RNAi干渉とも呼び、目的のmRNAを分解することにより、当該遺伝子の機能を失わせる技術。

お問い合わせ先

広島大学大学院先端物質科学研究科
准教授 水沼 正樹(みずぬま まさき)
TEL: 082-424-7765
E-mail: mmizu49120@hiroshima-u.ac.jp
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