サハラ砂漠から新「綱」微生物の発見

平成26年10月2日

国立大学法人 広島大学
国立大学法人 筑波大学
株式会社 テクノスルガ・ラボ

サハラ砂漠から新「綱」微生物の発見

研究成果のポイント

  • サハラ砂漠で採取した砂れきから、系統学的に全く新しい細菌の分離培養に成功
  • この細菌が「綱(※1)」レベルで新しい生物分類群であることを明らかにするとともに、「オリゴフレキシア綱 (Oligoflexia)」と命名
  • この細菌は砂れき懸濁液を孔径0.2マイクロメートル(μm)の除菌フィルターで濾した濾液から発見されたことから、全ての微生物を濾過除去できたと思われているサンプル中にも新奇な微生物が存在することが判明

概要

広島大学大学院生物圏科学研究科の長沼 毅 准教授、平成24年3月に同研究科博士課程後期を修了した中井 亮佑さん(現 情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所、日本学術振興会特別研究員SPD)らの研究グループは、平成21年にチュニジア共和国のサハラ砂漠東縁で採取した砂れきから、系統学的に新しい細菌の分離培養に成功しました。

研究グループはこの新しい細菌について、株式会社テクノスルガ・ラボの西島 美由紀研究員、立里 臨研究員、半田 豊研究員、筑波大学生命環境系の礒田 博子教授、チュニジア共和国のスファックス・バイオテクノロジー・センター(CBS)のSami Sayadi教授、Fatma Karray研究員らとの共同研究によって詳細な分類学的解析を行い、この細菌が「綱」レベルで新しい生物分類群であることを明らかにしました。
これまで、0.2 μmより小さな微生物は存在しないと考えられていましたが、驚くべきことに、この細菌は砂れき懸濁液を孔径0.2 μmの除菌フィルターで濾した濾液から発見されました。このことは、全ての微生物を濾過除去できたと思われているサンプルにも、我々の知らない新奇な微生物が存在することを示しています。
解析結果に基づき、新綱としてオリゴフレキシア綱(Oligoflexia)と命名し、国際原核生物分類命名委員会へ提案したところ、国際細菌命名規約(International Code of Nomenclature of Bacteria)に則り、平成26年10月7日(日本時間)発行の英国科学誌International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology10月号への掲載により正式に学名として発表されることとなりました。また、この新綱微生物の写真が同紙の表紙を飾る予定です。なお、本論文はオープンアクセス出版であり、インターネット上で無料で閲覧出来ます。

発表論文

著者
Ryosuke Nakai*, Miyuki Nishijima*, Nozomi Tazato, Yutaka Handa, Fatma Karray, Sami Sayadi, Hiroko Isoda, Takeshi Naganuma (*共同第一著者)
論文題目
Oligoflexus tunisiensis gen. nov., sp. nov., a Gram-negative, aerobic, filamentous bacterium of a novel proteobacterial lineage, and description of Oligoflexaceae fam. nov., Oligoflexales ord. nov. and Oligoflexia classis nov.
(doi: 10.1099/ijs.0.060798-0)

研究の背景

微生物(特に細菌)は、北極から中緯度、低緯度帯を経て南極に至るまで、あるいは、大気中から深海底に至るまで、地球上のあらゆる場所に生息しています。しかしながら、近年の遺伝子に基づいた解析により、一般に、環境中に生息する微生物の全個体数の99%以上は、まだ分離培養されたことのない未知微生物であることが判明してきました。このため、未知微生物の分離とその培養株の確立は、膨大なる微生物多様性の解明に繋がる第一歩といえます。
微生物は目に見えない小さな生き物ですが、その最小サイズは「生物は一体どこまで小さくなるのか?」という生物学の本質的な問題の一つとなっています。一般的には、1万分の2ミリ、すなわち0.2 μmより小さな微生物は存在しないと考えられています。このため、直径0.2 μmの微細な孔径のフィルターで濾過すれば、全ての微生物を捕集できる(濾過除菌が可能である)といわれています。
そこで、研究グループはこの除菌フィルターを用い、様々な環境サンプルを濾過し、その濾液からフィルターを通過する小さな微生物を探索してきました。この探索研究の過程で、サハラ砂漠の砂れきから新たな微生物が発見されたのです。

研究の内容

研究グループは、チュニジア共和国のサハラ砂漠東縁で採取した砂れきの懸濁液を0.2 μmフィルターで濾し、その濾液を用いて微生物の分離を試みました。
その結果、予想に反して、細胞の直径が0.4~0.8 μm、長さは10 μm以上にもなる大きな微生物が培養されました。顕微鏡観察の結果、この微生物は生活史のある一時期において、細胞の形が糸状から螺旋状(時には球状)に変わるものが観察され、細長い細胞形態に加えて、その形が様々に変化することが、フィルターの通過能と関わっていると考えられました(図1)。あるいは、この微生物が元々住んでいる自然環境中では0.2 μmフィルターを通過する程に小さな細胞サイズである可能性もあります。
また、この微生物は、一般的な微生物学実験で使用されるような富栄養の培地(微生物の培養に必要な栄養成分を含むもの)では生育が著しく悪く、貧栄養の培地でのみ生育が確認されました。さらに、その生育速度は遅く、普通の微生物に比べ長い培養時間(約1週間)を要します。

図1 新綱微生物 Oligoflexus tunisiensis の光学顕微鏡写真

図1 新綱微生物 Oligoflexus tunisiensis の光学顕微鏡写真

 

また、rRNA 遺伝子(※2)に基づく系統解析より、この微生物がプロテオバクテリア門の既存のどの微生物とも近縁ではなく、綱のレベルで新しい分類群を代表することが分かりました(図2)。プロテオバクテリア門は、細菌において最も巨大かつ多様な分類群であり、酢酸菌、大腸菌やピロリ菌といった私たちの生活に関係が深いものも含まれています。今回得られた新綱微生物は、培養を介さずに環境中の遺伝子を直接調べることで得られた塩基配列情報、すなわち、まだ培養されていない正体不明の未知微生物のみと近縁でした。また、その配列情報の由来はヒトの皮膚、植物、土壌、海洋、氷河の氷、ミミズの腸内およびコンクリートと多岐に渡っていました(図2)。これは、この新綱の分類群に属する微生物が様々な環境に幅広く分布していることを示唆すると考えられます。その中で、初めて「生きた」微生物が分離され、その培養株の確立に成功したことは、この分類群の性質を知る上で極めて意義深いものであると言えます。
今回、生理・生化学的・形態学的な特徴に加えて、分子遺伝学的解析に基づく系統的な新規性を基にして、新しいオリゴフレキシア綱(Oligoflexia)とこの新綱を代表する新属新種 Oligoflexus tunisiensis を英国科学誌International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology で提案し、同紙10月号に掲載されます。これは、国際細菌命名規約(International Code of Nomenclature of Bacteria)に則って新綱微生物の学名が正式発表されることを意味しています。

図2 オリゴフレキシア綱(Oligoflexia)を含むプロテオバクテリア門の系統樹

図2 オリゴフレキシア綱(Oligoflexia)を含むプロテオバクテリア門の系統樹

今後の展開

今後は、新綱微生物の全遺伝情報(ゲノム)を標的とした解析などを行うことにより、この生物分類群が持つ新しい生物機能を調べる予定です。そして、この微生物が自然環境中でどのように分布し、どのような生態学的機能を果たしているかについて考究します。
一方で、今後も0.2 μmフィルター濾液における未知微生物の探索を続けていくことで、私たちの身の回りに広がる知られざる微生物の世界を解明していきます。

用語の解説

(※1)綱(class)
生物の分類階級は上位より界(kingdom)、門(phylum)、綱(class)、目(family)、科(order)、属(genus)、種(species)等に分けられる。例えば、ヒトの分類は、動物界、脊索動物門(脊椎動物亜門)、哺乳綱、サル目、ヒト科、ヒト属、ヒトとなり、綱の階級は哺乳綱(哺乳類)の高いレベルである。今回の研究は、新しい綱を代表する微生物の培養に成功したことになる。

(※2)rRNA 遺伝子
全ての生物が持つ遺伝子であり、タンパク質の合成に関わるために遺伝子配列としての保存性が高い。この保存性の高い領域を利用し、生物間で配列情報が異なるところを比較することで生物の分類が可能になる。

お問い合わせ先

広島大学大学院生物圏科学研究科
准教授 長沼 毅(ながぬま たけし)
TEL:082-424-7986
E-mail:takn*hiroshima-u.ac.jp

国立遺伝学研究所 系統生物研究センター
日本学術振興会特別研究員SPD
中井 亮佑(なかい りょうすけ)
TEL:055-981-6766
E-mail:rnakai*nig.ac.jp

筑波大学生命環境系
北アフリカ研究センター(ARENA)
教授 礒田 博子(いそだ ひろこ)
TEL:029-853-5775
E-mail:isoda.hiroko.ga*u.tsukuba.ac.jp

株式会社テクノスルガ・ラボ
西島 美由紀(にしじま みゆき)
TEL:054-349-6211
E-mail:mnishiji*tecsrg.co.jp

(E-mailの*は半角@に置き換えてください。)


up