早老症ウェルナー症候群の細胞から人工多能性幹細胞(iPS細胞)の樹立に成功、 新規治療法の開発と老化の機序解明に道!

平成26年11月10日

国立大学法人 広島大学
国立大学法人 千葉大学
学校法人 東京女子医科大学

早老症ウェルナー症候群の細胞から人工多能性幹細胞(iPS細胞)の樹立に成功、新規治療法の開発と老化の機序解明に道!

研究成果のポイント

  • 京都大学・山中教授が開発した細胞の初期化技術により、日本人に症例が多い早老症ウェルナー症候群の線維芽細胞からiPS細胞を樹立することに成功しました。
  • 樹立されたiPS細胞では、ウェルナー症候群の細胞に特徴的な老化関連遺伝子の発現が正常iPS細胞と同程度に抑制されるとともに、テロメラーゼの働きによって分裂寿命が大幅に延長され、この疾患によって老化が進んだ細胞を若返らせることに成功しました。
  • ウェルナー症候群iPS細胞の樹立によって、患者さんからの提供が困難な膵臓を始めとする内分泌系の細胞や血管の細胞をこのiPS細胞から作り出すことが可能となり、治療薬のスクリーニングや移植医療への応用が期待されるとともに、老化の機序解明にもつながる可能性があります。

広島大学大学院医歯薬保健学研究院 嶋本顕准教授と田原栄俊教授のグループは、千葉大学大学院医学研究院・医学部附属病院の横手幸太郎教授のグループと東京女子医科大学東医療センターの後藤眞客員教授、がん研究会がん化学療法センター、鳥取大学、慶應義塾大学等との共同研究により、ヒト遺伝病であり早く老化が進む病気ウェルナー症候群(※1)の患者さんの細胞から人工多能性幹細胞(iPS細胞)(※2)を樹立することに成功しました。この研究成果によって患者さんのiPS細胞から患部の細胞を作り出すことが可能となるため、治療薬のスクリーニングや移植治療への利用、さらに老化の機序の解明が期待されます。
本研究成果は、11月12日(水)(米国東部標準時)付けで、米国Public Library of Scienceの科学雑誌『PLOS ONE』にオンラインで掲載される予定です。

URL: http://www.plosone.org

論文名: "Reprogramming Suppresses Premature Senescence Phenotypes of Werner Syndrome Cells and
maintains chromosomal stability over Long-Term Culture"

著 者: A. Shimamoto, H. Kagawa, K. Zensho, Y. Sera, Y.Kazuki, M. Osaki, M Oshimura, Y. Ishigaki, K. Hamasaki,
Y. Kodama, S. Yuasa, K. Fukuda, K. Hirashima, H. Seimiya, H. Koyama, T. Shimizu, M. Takemoto, K. Yokote,
M. Goto, and H. Tahara

背景

現在までウェルナー症候群の根本的治療法は開発されておらず、それぞれの症状に合わせた対処療法がおもな治療法となっています。近年の薬物治療の進歩と早期発見・介入によって、患者の平均寿命は伸びているものの、重篤な皮膚潰瘍による痛みや下肢の切断などQOLの維持が大きな課題となっており、根治を目的とした治療法の開発が求められています。ウェルナー症候群のiPS細胞を応用した治療薬の開発や再生医療が期待されています。

研究手法と成果

研究グループは山中4因子(※3)をウェルナー症候群患者線維芽細胞(※4)に導入し、iPS細胞を樹立することに成功しました。樹立されたiPS細胞は2年以上にわたって継代を繰り返しても、正常なiPS細胞と同様に未分化性と多能性を維持しており、患者線維芽細胞の短い分裂寿命を完全に克服していました。
患者線維芽細胞はWRNヘリカーゼタンパク質(※5)の異常によるテロメア(※6)の機能不全が原因で、分裂寿命の短縮が引き起こされます。一方、iPS細胞では、線維芽細胞では発現していないテロメア延長酵素(テロメラーゼ)(※7)の働きにより、WRNヘリカーゼタンパク質の異常によるテロメアの機能不全が抑制された結果、分裂寿命の回復につながったものと考えられます。
そして、ウェルナー症候群の細胞では細胞周期抑制因子であるp21やp16、そしてSASPとして知られるサイトカインや細胞外マトリクス分解酵素などの老化関連遺伝子の発現上昇が継代早期から見られますが、ウェルナー症候群iPS細胞ではこれらの老化関連遺伝子の発現が正常iPS細胞と同程度に抑制されていたことから、老化が進んだ細胞からの若返りに成功しました。
さらに患者線維芽細胞では、テロメアの機能不全による染色体異常(転座、逆位、欠失)が高頻度で見られますが、ウェルナー症候群iPS細胞では120回以上継代を繰り返しても、そのような異常が高頻度に出現することはありませんでした。

期待される波及効果

治療薬のスクリーニングや細胞を用いた治療には、患者さんの患部の細胞が必要とされていますが、患者さんから直接提供可能な細胞としては、通常血液細胞や皮膚の線維芽細胞に制限されます。この研究成果から患者さんのiPS細胞を用いて、ウェルナー症候群の症状である糖尿病や動脈硬化などを引き起こすさまざまな患部の細胞、例として脾臓細胞、血管内皮細胞や血管平滑筋細胞などを作り出すことが可能となり、治療薬のスクリーニングや移植治療への利用、さらに老化の機序の解明が期待されます。さらに、現在進歩が著しいゲノム編集技術を応用すれば、患者iPS細胞に残っているWRN遺伝子の突然変異を修復することも可能で、患者iPS細胞から正常なiPS細胞を作り出して再生医療に応用することも夢ではありません。

用語説明

※1 ウェルナー症候群
ウェルナー症候群は常染色体劣性遺伝病で、思春期以降、皮膚や髪の毛に実年齢に比べて「老化が加速した」ように見える諸症状を呈することから“早老症”と呼ばれています。そして、加齢とともに見られる生活習慣病の糖尿病、動脈硬化や骨粗鬆症を合併し、患者の寿命を短くする要因となっています。これまでに全世界で報告された患者のおよそ8割が日本人で、我が国において発症頻度が高い疾患で、患者はWRN遺伝子に突然変異をもち、日本人の100 人に1人が保因者と報告されています。患者細胞の分裂寿命は健常者の半分ほどで、WRN遺伝子から作られるWRNヘリカーゼタンパク質(※5)の異常が、細胞の分裂寿命をカウントするテロメア(※6)の機能不全を引き起こし、老化を加速させると考えられています。
 
(参考) 厚生労働科学研究費補助金 早老症研究班 ホームページ
http://www.m.chiba-u.jp/class/clin-cellbiol/werner/index.html

※2 人工多能性幹細胞(iPS細胞)
人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、様々な種類の細胞を生み出す未分化な細胞で、皮膚や血液の細胞に多能性遺伝子を導入することにより作り出すことができます。その内、Oct3/4, Sox2、Klf4、そしてc-mycは山中4因子と呼ばれ、京都大学の山中教授らによって発見、開発されたこの技術によって、さまざまな疾患のiPS細胞を作ることが可能となり、疾患の治療薬の開発や再生医療への応用が期待されています。

※3 山中4因子
皮膚や血液の細胞からiPS細胞を誘導する働きをもつ多能性遺伝子として多くの遺伝子が知られていますが、そのうち山中教授らによって最初に発見・報告されたOct3/4、Sox2、 Klf4、そしてc-mycは山中4因子と呼ばれ、iPS細胞の樹立実験に利用する多能性遺伝子セットのスタンダードの一つとされています。

※4 患者線維芽細胞
線維芽細胞は皮膚から分離し培養することができる細胞で、血液細胞と並び正常細胞として医学研究に使われる代表的なヒト試料です。正常細胞には分裂寿命があり、がん細胞のように無限にすることはできません。一定の回数分裂を繰り返した後に分裂を停止し、この状態は細胞老化と呼ばれます。線維芽細胞は分裂寿命や細胞老化の研究に使われており、ウェルナー症候群患者の線維芽細胞は、健常者と比較して分裂寿命が短いことが報告されています。また線維芽細胞はiPS細胞の樹立にもよく使われている細胞です。

※5 WRNヘリカーゼタンパク質
ヘリカーゼは二本鎖DNAを一本鎖に巻き戻す酵素の総称で、WRNヘリカーゼはテロメアで形成されるグアニン4重鎖構造を解消し、DNA複製反応をサポートする役割を担っています。ウェルナー症候群患者細胞ではグアニン4重鎖構造が解消されず、テロメアの複製反応が不完全であるために、テロメアの機能不全が早期に引き起こされると考えられています。

※6 テロメア
テロメアは染色体末端に存在するDNA (TTAGGG)の繰り返し配列と、テロメアに特異的に結合するタンパク質からなる複合体で、染色体をDNA損傷応答から保護する役割を担っています。また、細胞が分裂する毎に短縮し、ある長さまで短くなると細胞分裂の永久的な停止を引き起こすことから、分裂寿命をカウントする役目を担っています。

※7 テロメア延長酵素(テロメラーゼ)
テロメアの末端にDNA (TTAGGG)の配列を付加する酵素で、テロメアが短縮するのを防ぎ、伸ばす働きをしています。身体を構成する多くの細胞ではテロメラーゼは働いていませんが、幹細胞と呼ばれる未分化な細胞やがん細胞で発現し、とくにがん細胞では無限に分裂する性質にテロメラーゼが深く関係しています。

お問い合わせ先

広島大学大学院医歯薬保健学研究院細胞分子生物学研究室
准教授 嶋本 顕(しまもと あきら)
TEL: 082-257-5292 FAX: 082-257-5294
E-mail: shim*hiroshima-u.ac.jp

千葉大学大学院医学研究院細胞治療内科学講座
教授 横手 幸太郎(よこて こうたろう)
TEL: 043-226-2089 FAX: 043-226-2095
E-mail; kyokote*faculty.chiba-u.jp

東京女子医科大学東医療センター整形外科リウマチ科
客員教授 後藤 眞(ごとう まこと)
TEL: 03-3979-3611 FAX: 03-3979-3868
E-mail: werner.goto*gmail.com

(E-mailの*は半角@に置き換えてください。)


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