地球深部の岩石中に中性水素原子が存在する可能性

平成27年2月12日

国立大学法人 東京大学
国立大学法人 広島大学
国立研究開発法人物質・材料研究機構
国立大学法人 愛媛大学
国立研究開発法人理化学研究所
国立大学法人 東京大学 大学院 理学系研究科・理学部

地球深部の岩石中に中性水素原子が存在する可能性
- 地球内部の水素循環研究に新たな一石 -

発表者

船守展正 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 准教授

発表のポイント

  • 従来の定説では、地球の深部マントルにおいて、水素は水酸基(=水)として存在するとされてきた。
  • 石英の高圧相鉱物であるスティショフ石中で、プロトンの同位体として振る舞うミュオンが電子1個を束縛してミュオニウムとなることを発見し、水素が中性原子状態で存在する可能性を示した。
  • 本成果は、地球内部の水素循環研究の新展開への契機となるものと期待される。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻の船守展正准教授らの研究グループは、物質構造科学研究所等の高圧地球科学およびミュオン物性科学の研究グループと共同で、ミュオン・スピン回転法(注1)を用いて、石英の高圧相鉱物であるスティショフ石に注入されたミュオン(µ+、ミュー粒子)の状態を調べ、それが電子1個を束縛したミュオニウムとして格子間位置に存在することを発見しました。ミュオンはプロトン(H+、陽子)の軽い放射性同位体として物質中のプロトンの状態を模擬する粒子であり、ミュオニウムは中性水素原子(H0)に相当することから、スティショフ石中の格子間位置に原子状態の中性水素が存在する可能性が示唆されます。これは、岩石を構成するケイ酸塩鉱物中で、水素は水酸基(=水)として存在するとされてきた定説に一石を投じるものであり、地球深部の水素循環のメカニズム解明に向けて新たな可能性を開くものと期待されます。
なお、本成果は、東京大学大学院理学系研究科と物質構造科学研究所に加え、広島大学、物質・材料研究機構、愛媛大学、理化学研究所の共同研究チームによるものです。

発表内容

背景

水素は太陽系において最も豊富に存在する元素です。これと酸素が化合した水は生物界を支える基本的な構成要素であり、地球表面の約70%を占めています。これに加えて相当量の水が地球内部に隠れた形で存在する可能性が指摘されています(図1)。これまでは、岩石を構成するケイ酸塩鉱物中で、例えば、マグネシウムイオン(Mg2+)と酸素イオン(O2—)が同時にプロトン(H+)と水酸基(OH—)に置き換わることで水がマントルに取り込まれると考えられてきました。
本研究では、水素が水酸基(=水)としてではなく、原子状態の中性水素(H0)として岩石中に存在する可能性を、ミュオン・スピン回転(µSR)法(注1)を用いて探索しました。

研究内容と成果

本研究で対象としたスティショフ石は、ケイ素と酸素による八面体が規則的に並んだ骨格(ルチル構造)で構成されており(図2)、10万気圧以上の高圧力下で安定に存在する鉱物です。1気圧で安定な石英は、四面体の骨格で構成されており(図2)、ミュオン・スピン回転法などにより、骨格間の大きな隙間に中性水素を取り込むことが知られていました。
今回、高圧地球科学とミュオン物性科学の研究者の全面的な協力により、初めて、八面体の骨格を持つケイ酸塩鉱物の代表格であるスティショフ石にミュオン・スピン回転法が適用されました。その結果は、スティショフ石中で、水素は、酸素と結合した水酸基として存在することよりも、小さく異方的な空隙に中性原子として存在することを好むことを示唆するものでした。スティショフ石に注入されたミュオンの多くは電子1個を束縛したミュオニウムとして空隙中に存在しています(図3)。この発見は、地球の深部マントルに、これまでの研究で想定外であった中性水素が存在する可能性を示唆するものです。

今後の展開

地球の深部マントルに、これまで想定外であった中性水素の存在する可能性が明らかになったことで、地球の進化やダイナミクスにおいて極めて重要とされる地球内部の水素(および水)の循環に新たな一石が投じられたことになります。今後、地球深部における水素の存在形態に関して、ミュオン・スピン回転法による更なる研究を含め、実験と理論の両面から、ますます多様な研究が行われるようになると期待されます。

発表雑誌

雑誌名: Scientific Reports 5, 8437 (2015)

論文タイトル: Muonium in Stishovite: Implications for the Possible Existence of Neutral Atomic Hydrogen in the Earth’s Deep Mantle

著者: Nobumasa Funamori*, Kenji M. Kojima, Daisuke Wakabayashi, Tomoko Sato, Takashi Taniguchi, Norimasa Nishiyama, Tetsuo Irifune, Dai Tomono, Teiichiro Matsuzaki, Masanori Miyazaki, Masatoshi Hiraishi, Akihiro Koda & Ryosuke Kadono

船守展正1、小嶋健児2、若林大佑1、佐藤友子3、谷口尚4、西山宣正5、入舩徹男5、友野大6、松崎禎市郎6、宮崎正範2、平石雅俊2、幸田章宏2、門野良典2

1東京大学、2物質構造科学研究所、3広島大学、4物質・材料研究機構、5愛媛大学、6理化学研究所

DOI番号:10.1038/srep08437

注意事項

日本時間2月13日(金)午後7時(イギリス時間:13日(金)午前10時)以前の公表は禁じられています。

問い合わせ先

(研究に関すること)
東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
准教授 船守展正
TEL:03-5841-4310
E-mail:funamori@eps.s.u-tokyo.ac.jp(@は半角に直してください)

(報道に関すること)
東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室
特任専門職員 武田加奈子、准教授・広報室副室長 横山広美
TEL:03-5841-8856
E-mail:kouhou@adm.s.u-tokyo.ac.jp(@は半角に直してください)

用語解説

(注1)ミュオン・スピン回転(µSR)法は、物質を構成する原子の隙間に注入したミュオン(ミュー粒子)を超高感度の磁気プローブとして用いることで電子の状態を観測する実験手法。物質中の内部磁場の強さをミクロなスケールで直接測定できること、ミュオン自身が化学的に水素と同じように振る舞うこと、などが特徴である。注入・停止したミュオンから0.5ナノメートル程度の範囲の局所的な情報が得られる。放射光X線や中性子などを利用した実験で得られる物質中の長距離にわたる情報とは相補的な関係にある。

添付資料

図1:地球内部の断面図

図1:地球内部の断面図。上部マントル(および遷移層)と下部マントルは、岩石を構成するケイ酸塩鉱物中のケイ素の配位数の違い(4配位⇔6配位)で特徴づけられる。ケイ酸塩鉱物中に、水素は水酸基(=水)として取り込まれているとするのが定説であったが、本研究の結果は、中性水素として存在する可能性を示唆するものである。

図2:石英とスティショフ石の結晶構造

図2:石英とスティショフ石の結晶構造。石英がケイ素と酸素の四面体(SiO4)から構成されるのに対し、スティショフ石は八面体(SiO6)から構成される。それぞれ、ケイ素は4配位と6配位であり、図1の上部マントルと下部マントルにおけるケイ酸塩に特徴的な構造である。今回、石英だけでなく、スティショフ石の小さく異方的な空隙(白色部分)に、ミュオニウムが存在することが明らかになった。

図3:スティショフ石中のミュオン・スピン回転の信号

図3:スティショフ石中のミュオン・スピン回転の信号。高周波数の振動がミュオニウムの存在を示している。


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