肺がん患者の予後を振り分ける遺伝子型の発見

平成27年9月9日

肺がん患者の予後を振り分ける遺伝子型の発見
-検診や治療法開発への応用に期待-

研究成果のポイント

  • 肺がんの予後に影響を及ぼすEPAS1(※1)という遺伝子(※2)の配列一塩基の相違により、同遺伝子の発現量が増加することを確認した。
  • EPAS1遺伝子部位の塩基配列にA(アデニン)を含んでいる肺がん患者は、G(グアニン)だけを持つ患者より全生存期間が明らかに短く、予後が悪くなるリスクが2倍以上である。
  • 肺がん患者の予後を血液検査により事前に予測すること、さらにEPAS1遺伝子の働きを抑制する治療法開発に役立つことが期待される。

概要

広島大学原爆放射線医科学研究所の谷本圭司助教らの研究グループは、埼玉医科大学の江口英孝准教授らとともに、遺伝子データベースの解析から、肺がんにおいて発現量が高いと予後不良となるEPAS1遺伝子の働きに影響を及ぼす遺伝子塩基配列(※3)の相違を見出し、実験的にその機構を確認しました。実際に肺がん患者のEPAS1遺伝子塩基配列を解析した結果、同遺伝子の塩基配列にA(アデニン)を含む患者の平均生存期間は28.0ヶ月であったが、G(グアニン)配列だけを持つ患者は52.5ヶ月でした。年齢、性別、がんの進行度などで補正した相対的な予後不良リスクは2.31でした。
今回の研究成果は、肺がん患者の予後を血液検査により事前に予測し、検診や治療法の選択基準を確立すること、さらに予後不良に導くEPAS1遺伝子の働きを抑制する治療法開発に役立つことが期待されます。
本研究成果は、8月11日(米国東部時間)、米国のオンライン科学誌「PLOS ONE」に掲載されました。

発表論文

著 者
Andika C. Putra,Hidetaka Eguchi,Kian Leong Lee,Yuko Yamane,
Ewita Gustine,Takeshi Isobe,Masahiko Nishiyama,Keiko Hiyama,
Lorenz Poellinger,Keiji Tanimoto *
* Corresponding author(責任著者)
論文題目
The A Allele at rs13419896 of EPAS1 Is Associated with Enhanced Expression and Poor Prognosis for Non-Small Cell Lung Cancer
掲載雑誌
PLOS ONE
DOI:10.1371/journal.pone.0134496

背景

肺がんは日本人のがんによる死亡原因のトップとなっており、有効な診断法や治療法の開発は急務であります。近年、ゲフィチニブ、エルロチニブやクリゾチニブなどの新しい分子標的薬が開発され、その予後は劇的に改善されてきました。さらに、CTやPET検査などの普及は、早期がんの発見による予後の改善に大きく貢献しています。しかしながら、分子標的薬の有効症例は限られていること、その高い治療費、CTやPET検査の設備数やコストなど、解決すべき問題が多く存在します。リスクの高い個人を同定し、精密な検査を行うことにより早期発見に繋げることや、より対象の広い治療薬を開発することは重要な解決法の一つと考えられます。

研究成果の内容

谷本圭司助教らの研究グループは、肺がんにおいてその発現量が高いと予後不良となることが報告されているEPAS1という名前の遺伝子に関して、一塩基配列の相違が遺伝子発現量に影響を及ぼす可能性が高い遺伝子部位をデータベース解析から見出しました。同遺伝子部位にはAP1という炎症などの影響で活性化する転写因子(※4)が結合する可能性が示唆されていましたが、実際にがん細胞を用いて確認したところ、同部位の塩基配列にA(アデニン)が含まれる場合はAP1により遺伝子発現量が3倍以上に増えるが、G(グアニン)を含む場合はほとんど増えないことが明らかとなりました。
実際に、76人の肺がん患者ゲノム(※5)上に存在するEPAS1遺伝子の塩基配列を調べたところ、同部位にA(アデニン)を持つ患者は39人(51.3%)で、A(アデニン)を含まないでG(グアニン)配列だけを持つ患者は37人(48.7%)でした。それぞれの遺伝子型グループの生存期間を比較したところ、A(アデニン)配列を持つ肺がん患者グループの平均生存期間は28.0ヶ月であったのに対し、G(グアニン)配列だけを持つ患者グループ の平均生存期間は52.5ヶ月でした(右図)。さらに、年齢、性別、病期、組織型、腫瘍径、組織分化度などの要因で補正した相対的な予後不良リスクを計算 したところ、A(アデニン)配列を持つ肺がん患者のリスクは2.31であり、初診時に進行がんと診断された患者リスクと同等でした。
本研究により、生まれ持ったゲノムDNA配列の一塩基の相違が肺がん予後の予測に利用可能であることが示され、定期的な精密検査を受けるべき高リスク集団の同定スクリーニングへの応用が期待されるとともに、遺伝子発現量が高いと予後が悪くなるEPAS1遺伝子を標的とした治療法の開発が幅広く有効である可能性が示されました。

肺がん患者の生存率の推移

今後の展開

実際の臨床スクリーニングに用いるためには、より大規模な患者を対象とした研究により、その診断意義、精度を確認する必要があります。EPAS1遺伝子は その他の癌腫においても働いている可能性が考えられるため、他のがん患者を対象とした研究も必要です。また、EPAS1遺伝子を抑制する薬の開発に役立つことが期待されます。
これらの実証に向け、さらなる大規模な研究を進めていきます。

用語解説

※1)EPAS1
Endothelial PAS domain-containg protein 1(別名hypoxia-inducible factor-2α)の略号で、赤血球生成、血管新生や幹細胞機能維持において重要なタンパク質の設計図となる遺伝子のこと。
(※2)遺伝子
DNAの一部の遺伝情報の書き込まれた部位のこと。
(※3)塩基配列
DNAはA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4種類の塩基の組み合わせの暗号からなっているが、その配列のこと。
(※4)転写因子
遺伝子が働く量を調節するタンパク質のこと。
(※5)ゲノム
ある生物の持つ遺伝情報全体のこと。今回は特に遺伝情報の書き込まれたDNA(デオキシリボ核酸)のこと。

お問い合わせ先

広島大学原爆放射線医科学研究所 助教 谷本 圭司
Tel:082-257-5841 FAX:082-256-7105
E-mail:ktanimo*hiroshima-u.ac.jp(注:*は@に置き換えてください)


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