肝がんにおける肝切除術前のctDNAが陽性であった症例では、早期の再発や遠隔転移が高確率で起こることを解明

平成27年10月1日

肝がんにおける肝切除術前のctDNAが陽性であった症例では、早期の再発や遠隔転移が高確率で起こることを解明
~肝がんにおける治療法選択の重要な指標となることに期待~

本研究成果のポイント

  • 肝がんで肝切除術を受けた症例の血中循環腫瘍DNA(ctDNA(*1))の解析を行い、手術前のctDNAが陽性であった症例では、術後早期の再発や遠隔転移が高率に起こることを明らかにしました。
  • 肝動注化学塞栓術(TACE(*2))後の血中のcell-free DNA(*3)を次世代シークエンサー(*4)で網羅的に解析し、原発巣のがん組織で検出された遺伝子変異の83%を検出する事に成功しました。
  • 治療前のctDNAの量は、治療方法を選択する上で有用な情報となる可能性を示しました。

概要

広島大学病院消化器診療科 大野 敦司 医科診療医と同大学院医歯薬保健学研究院 応用生命科学部門 茶山一彰教授、および国立研究開発法人理化学研究所統合生命医科学研究センター、ゲノムシーケンス解析研究チームの中川英刀チームリーダーらによる共同研究グループは、肝がんで肝切除術を受けた症例のctDNAの解析を行い、手術前のctDNAが陽性であった症例では、がんが微小な血管に浸潤しており、術後早期の再発や遠隔転移が高率に起こることを明らかにしました。またctDNAの量はがんの進展や治療効果に伴って増減することも明らかにしました。
さらに、TACEを行った症例の、治療前後のctDNA量を測定したところ、術後、一過性にctDNAが増加する事が分かりました。この知見を利用して、TACE後の血中のcell-free DNAを次世代シークエンサーで網羅的に解析したところ、原発巣のがん組織で検出された遺伝子変異の83%を検出する事に成功しました。

本研究成果は、オンライン科学雑誌『Cellular and Molecular Gastroenterology and Hepatology』2015年9月号に掲載されました。
また、本雑誌のウェブサイト版の表紙(3パターンのうちの1つ)を飾りました。

発表論文

(著者)
Atsushi Ono, Akihiro Fujimoto, Yujiro Yamamoto, Sakura Akamatsu,
Nobuhiko Hiraga, Michio Imamura, Tomokazu Kawaoka, Masataka Tsuge, Hiromi Abe, C. Nelson Hayes, Daiki Miki, Mayuko Furuta, Tatsuhiko Tsunoda, Satoru Miyano, Michiaki Kubo, Hiroshi Aikata, Hidenori Ochi, Yoshi-iku Kawakami, Koji Arihiro, Hideki Ohdan, Hidewaki Nakagawa∗, Kazuaki Chayama∗
*Corresponding Author
(論文タイトル)
Circulating Tumor DNA Analysis for Liver Cancers and Its Usefulness as a
Liquid Biopsy
(掲載誌)
Cellular and Molecular Gastroenterology and Hepatology2015年9月号
(URL)http://www.cmghjournal.org/article/S2352-345X(15)00111-3/fulltext
(DOI)http://dx.doi.org/10.1016/j.jcmgh.20615.06.009

背景

全世界での原発性肝がんの年間患者発生数は約78万人で全がん種中第5位、死亡患者総数は約75万人で全がん種中第2位であり、大きな保健上の問題となっています。
肝がんは、他の多くの固形がんと異なり、腫瘍の病理診断を行わず、画像診断のみで診断する事が多いのが特徴です。その理由の一つに、がんの組織を得るための肝生検(*5)により、腹腔内に播種してしまう危険性があることが挙げられます。
薬効や、副作用の発生を予測するコンパニオン診断(*6)は、オーダーメイド医療には必須です。特にがんは、経過とともに変化していくため、その時々のがんの性状を調べる事は、個々の症例に最も適した治療法を選択する上で非常に重要です。しかし、前述のような危険性から、繰り返し肝生検を行うことは現実的ではありません。
近年、非侵襲的なコンパニオン診断のバイオマーカー(*7)としてctDNAが注目されており、肺がん、乳がん、大腸がん、卵巣がんなどのさまざまな固形がんにおいてその有用性が示されていますが、肝がんにおけるctDNAの有用性はこれまで明らかになっていませんでした。

研究成果の内容

研究チームは、手術によって肝がんを切除した症例の、がん組織の全ゲノム解析の結果から、がんに特異的なプライマー(*8)を設計しました。手術前の血清からDNAを抽出し、そのプライマーを用いて、PCR(*9)を行い、電気泳動を行ったところ、46例中7例で、PCRで増幅されたバンド(*10)を認めました。
(図1)

図1

バンドを認めた症例をctDNA陽性例、認めなかった症例をctDNA陰性例と定義したところ、ctDNA陽性例では、術後の再発、遠隔転移が有意に高率に起こる事(図2)、また、術後の病理結果と比較したところ、ctDNAは顕微鏡的門脈侵襲の予測因子として有用である事が明らかとなりました。また、ctDNAをリアルタイムPCRで定量したところ、ctDNA量は肝がんの病勢を反映し推移する事が分かりました(図3)。
(図2)

図2

(図3)

図3

次に研究チームは、ctDNAの網羅的遺伝子解析を行うため、次世代シークエンサーを用いてcell-free DNAのエクソーム解析(*11)を行いました。その際問題となったのは、ctDNAが微量な点と、血中の腫瘍由来以外のcell-free DNAの存在でした。そこで、研究チームはTACE後のctDNAに注目しました。まず、前述の46症例中、術前にTACEを施行した2例の、TACE前後のctDNA量をリアルタイムPCRで測定しました。その結果、TACE後2-4日の間に術前の5倍以上にctDNAが増加している事が分かりました。そこで、TACE後の血漿から抽出したcell-free DNAのエクソーム解析を行い、TACEの2年前に切除した原発巣のがん組織のエクソーム解析と比較しました。その結果、原発巣のがん組織で認めた体細胞変異の83%をcell-free DNAのエクソーム解析で検出する事ができました。

今後の展開

研究チームは、ctDNAが肝がんの術後の経過と関連している事を明らかにしました。治療前のctDNAの量は、治療方法を選択する上で有用な情報となる可能性が示されました。
また、血中cell-free DNAの次世代シークエンサーでの解析は、非侵襲的に繰り返しがんの遺伝子変異情報を得ることができるため、現在開発が進行中の多くの分子標的薬(*12)を選択する上での有用なバイオマーカーとなる事が期待されます。

用語の解説

*1 血中循環腫瘍DNA(ctDNA)
circulating tumor DNA。無細胞状態で血中を循環する腫瘍由来DNA
*2 肝動注化学塞栓術(TACE)
肝細胞がんを栄養している肝動脈内にカテーテルを挿入し、抗がん剤と塞栓物質を投与して血流を遮断し、兵糧攻めにしてがんを死滅させる方法。
*3 cell-free DNA
ヒトの血液や尿等に存在する細胞外遊離DNA断片のこと。細胞死によって細胞外に放出されたものと考えられている。 癌患者では癌細胞由来のDNA断片(circulating tumor DNA; ctDNA、上記)と癌以外の細胞由来のDNA断片がcell-free DNAとして混在していることが知られている。
*4 次世代シークエンサー
遺伝情報を持つDNAは4種類の塩基(アデニン、シトシン、グアニン、チミン)からなる。これらの並び方を順に読み取ることでゲノムを解読する。ヒトゲノムが解読されたことで、DNAをバラバラにしても再構成できるため、同時並行で大量の配列を読み取れる。また、たんぱく質など他の分子を解読できる機能も備えている。
*5 肝生検
肝臓の組織の一部を肝臓の状態や病気の診断のために取り出す(生検)医療手技のこと。体外から超音波検査機器で肝臓の位置を把握しながら(超音波ガイド下肝生検)、あるいは腹腔鏡を用いて生検針という針を肝臓に刺し、肝臓の細胞の一部(検体)を取りだす。
*6 コンパニオン診断
医薬品の効果や副作用を投薬前に予測するために行なわれる臨床検査のこと。薬剤に対する患者個人の反応性を治療前に検査することで、個別化医療(もしくはオーダーメイド医療)を推進するために用いられ、通常の臨床検査とは区別される。
*7 バイオマーカー
血液中や尿中、あるいは身体の組織の中に含まれる物質で、身体の状態を知るうえで定量的な指標(マーカー)となるもの。物質としては遺伝子、たんぱく質、ペプチド(たんぱく質の断片)、脂肪や糖質などの小さな代謝物などがあげられる。
*8 プライマー
DNAポリメラーゼがDNAを合成する際に3'OH を供給する役割をもつ短い核酸の断片。
*9 PCR
ごく少量の DNA を大量に複製する手法。分子進化学の研究や犯罪捜査などに活用される。ポリメラーゼ連鎖反応。
*10 バンド
DNAは水溶液中でマイナスに帯電しているため、電気を流すとプラスの方へ流れていく。その際、荷電の個数は分子の大きさに比例するため、分子量の大きいものほど流れにくく、小さいものほど流れやすい。PCRを行うと、同じ大きさのDNA断片が大量に複製され、図の様なバンドとして認められる。
*11 エクソーム解析
全ゲノムのうち、エキソン配列のみを網羅的に解析する手法。エキソンのサイズは全ゲノムの約1~1.5%に過ぎないが、タンパク質に翻訳される領域であることから機能的に重要であり、遺伝性疾患の多くがエキソン領域の変異により引き起こされると推定されている。
*12 分子標的薬
腫瘍細胞の増殖、浸潤、転移に関わる分子を標的として、腫瘍細胞の増殖を抑制するとともに、腫瘍の進展過程を阻害することにより、原発腫瘍の抑制のみならず、腫瘍の転移をも抑制することを目的に開発された薬剤。

お問い合わせ先

広島大学大学院医歯薬保健学研究院応用生命科学部門
医学分野 消化器・代謝内科学
教授 茶山 一彰(ちゃやま かずあき)
TEL:082-257-5190
E-mail:chayama*hiroshima-u.ac.jp
(注:*は@に置き換えてください)


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