地中の未利用資源―腐植物質―を有効化する微生物を世界で初めて捕獲

平成28年1月8日

ノーステック財団
国立大学法人広島大学

地中の未利用資源―腐植物質―を有効化する微生物を世界で初めて捕獲
(微生物による地層内メタン生成の機構を解明)

研究成果のポイント

  •  地下環境に豊富に存在する未利用有機物資源である腐植物質*1を、酸素の少ない地下環境で分解できる微生物の捕獲に成功した (Clostridium sp. *2 HSAI-1株の捕獲)。
  • 腐植物質は微生物分解が難しいため、酸素がなくては分解不可能と考えられていたが、本研究により、嫌気的*3な地下の原位置でも分解が可能であることが明らかになった。また、この分解産物は地下の他の微生物、たとえばメタン生成菌などの餌に利用可と考えられる。
  • したがって、本成果は、地下の未利用有機物資源の有効化、特に微生物的なメタン生産への展開も期待される。

研究成果の概要

現在まで、難分解性の有機物である腐植物質は、酸素を利用する好気性の微生物により分解されると考えられており、その反対の条件である嫌気性の微生物が腐植物質を分解することは困難であると考えられてきました。
しかし、本研究では、酸素が行き届かない地下環境において腐植物質を分解する微生物を、世界で初めて捕獲しました。今回の成果において、微生物により地下環境にある未利用有機物を分解できる可能性があることを明らかにしたことで、地下に存在する有機物資源から、工業的に有用な物質を生産する技術開発への貢献が期待されます。

論文発表の概要

研究論文名: Anaerobic decomposition of humic substances by Clostridium from the deep subsurface (地下環境由来のクロストリジウム属細菌による嫌気条件下での腐植物質分解)
著者: 上野 晃生1、清水 了1、玉村 修司1、奥山 英登志2、長沼 毅3、金子 勝比古1 (1幌延地圏環境研究所、2北海道大院・環境科学院、3広島大院・生物圏科学研究科)
公表雑誌 : Scientific Reports (自然科学および臨床科学一般を扱うNature groupのオンライン雑誌)
公表日 : 英国時間(GMT) 2016年1月8日(金) 午前10時 (オンライン公開)
(日本時間 2016年1月8日(金) 午後7時)

研究成果の内容

背景

堆積物・堆積岩に代表される地下環境は、酸素がない嫌気的な環境と考えられています。そこには酸素による風化の影響を受けない大量の有機物が未利用の状態で残されています。これらの有機物は、石炭をはじめ、一般的に分子の形が大きく構造が複雑であり、微生物による分解が非常に困難であると考えられてきました。
幌延地圏環境研究所(H-RISE)では、平成24年度より長期研究ビジョンとして「褐炭層や珪質岩層等に含まれる未利用有機物を微生物の作用によりバイオメタンに変換する方法の開発」を行っております。H-RISEの先行研究で、地下環境に棲息する古細菌という微生物が、小さな構造の餌物質を使い、天然ガスの一成分であるメタンを作ることを明らかにしました(参考図参照)。しかしながら、その餌物質がどのようにできているかは長年不明でした。
本研究では、メタンを作る古細菌の餌物質候補として、地下世界の殆どを占める嫌気的な環境に存在する腐植物質の微生物分解に着目しました。嫌気的な環境でこの物質を分解できる微生物が発見できれば、地下環境でのメタン生成機構を理解できるだけではなく、地下の未利用有機物と微生物を用いたメタン生成プラントの製造や、工業的に有用な物質生産が可能であると考えています。

研究手法

研究者グループは、これまでの地下微生物研究で取得した様々な嫌気性微生物を用い、嫌気条件で腐植物質を分解する微生物の選抜を行いました。微生物の同定は16S rRNA遺伝子*4の塩基配列解析によって、腐植物質分解の効果は機器分析によって確認しました。腐植物質は、試薬として販売されているものに加え、本研究所が研究フィールドとしている道北地域の地下環境より採取した珪藻岩から調製したものも用いました。

研究成果

地下環境に由来する試料から、嫌気条件で腐植物質を分解する微生物の取得に成功しました。他の先行研究では、嫌気条件で腐植物質を分解する微生物の存在は推定されていましたが、実際に微生物を単離し、実験的に確認を行ったのは本研究が初めてとなります。

今後の期待

今回の発表により、今まで使われていなかった地下環境中の有機物(石炭や土壌中の有機物など)を、地上に運ぶ手間をかけずに原位置で微生物分解させ、他の有用物質に変換可能な技術を作ることができると考えています。今回発表した研究をさらに発展させることにより、将来的には資源に乏しい日本において、地下環境有機物を新たな資源として利用することが期待できます。

本件のお問い合わせ窓口

●ノーステック財団 :(公財)北海道科学技術総合振興センター
担当者名:常務理事 中西 猛雄
電話:011-708-6527
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部署名:(公財)北海道科学技術総合振興センター 幌延地圏環境研究所
担当者名:研究員 上野 晃生
電話:01632-9-4112
FAX:01632-9-4113
E-mail:h-rise*h-rise.jp(注:*は半角@に置き換えてください)

●広島大学
部署名:広島大学大学院生物圏科学研究科
担当者名:教授 長沼 毅
E-mail:takn*hiroshima-u.ac.jp(注:*は半角@に置き換えてください)

部署名:広島大学学術・社会産学連携室広報グループ
担当者名:三戸 里美
電話:082-424-3701
FAX:082-424-6040
E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp(注:*は半角@に置き換えてください)

用語解説

*1 腐植物質 :
ほぼあらゆる環境の土壌や天然水に含まれる「天然有機物」の1つ。地殻内の巨大な‘炭素貯蔵庫’である(地殻内炭素の約10%;残りの大部分は石灰岩として存在)。大量に存在するが難分解性で生物的にはほとんど利用されていない。朽ちた木や動植物の遺骸等が風化等で分解された後、長期間の様々な化学反応を経て形成されると考えられている。この意味で‘生物と化石の間’といえる非生体有機物(有機分子)である。分子としてはとても大きくて複雑かつ多種多様なので、ひとつの純粋な分子として扱うことができない。身近な例として石炭にも含まれている。

*2 Clostridium sp.(Clostridium属細菌)
土壌内部や生物の腸内などの酸素濃度が低い環境に棲息する偏性(絶対)嫌気性細菌の一種。有名な嫌気性細菌の一種。酸素存在下(好気的条件)では生育できないという特徴がある。

*3嫌気的条件 :
生物が関わる現象のうち、酸素が無い条件で生命現象を行う条件。逆に、酸素を使って生命現象を行う条件を「好気的条件」という。

*4 16S rRNA遺伝子
微生物の同定の際に用いられる遺伝子。この遺伝子の塩基配列を特殊な装置で読み、その結果を既存のデータベースと比較することにより、どのような微生物であるかを推定することが可能である。

参考図

(上段) 幌延地圏環境研究所の先行研究で明らかにした部分。(下段) Clostridium sp. HSAI-1株による腐植物質分解の概念図。

(上段) 幌延地圏環境研究所の先行研究で明らかにした部分。
(下段) Clostridium sp. HSAI-1株による腐植物質分解の概念図。


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