水素吸蔵合金を用いて、高圧域(82MPa)の水素ガス昇圧技術を確立

平成28年2月10日

水素吸蔵合金を用いて、高圧域(82MPa)の水素ガス昇圧技術を確立
―安全面・コスト面に優れた水素ステーションの実現に期待―

ポイント

  • 水素吸蔵合金を組み合わせ、熱のみで非機械的に水素昇圧する技術を確立。
  • 本技術により、安全で低コストな圧縮機の設計が可能となるため、水素ステーションの普及が加速することが期待される。

概要

広島大学大学院総合科学研究科の市川貴之准教授を中心とする研究グループは、株式会社神戸工業試験場の鶴井宣仁取締役、広島大学サステナブル・ディベロップメント実践研究センターの宮岡裕樹特任講師らと協力し、水素を取り込む性質の合金(水素吸蔵合金)を用いて、水素ステーションで利用される高圧域(82 MPa)の水素ガスの昇圧技術確立に成功しました。従来の水素ステーションは、水素の昇圧時に機械的な駆動部分を必要としたため、安全面で不安があり、機器のメンテナンスにも高いコストがかかっていました。今回確立した技術により、「熱のみ」で「非機械的に」水素昇圧できる可能性が示され、安全面・コスト面に優れた水素ステーションの実現が期待されます。

研究背景

2014年末のトヨタ自動車による燃料電池自動車(FCV)の市場投入を皮切りに、今後ホンダをはじめその他の自動車会社からのFCV市場投入にも大きな期待が寄せられているところです。しかし、FCVの一般普及には、未だ数多くの課題が存在しており、水素ステーションの普及もその一つです。水素ステーションの普及を阻害するものとして、建設費や構成機器コストが挙げられます。2014年6月、日本政策投資銀行が発表した調査研究レポート「水素ステーション整備に向けた今後の展望」では、我が国と欧州の水素ステーション構成機器のコストが比較されています。それによると、水素ステーションの圧縮機(300 Nm3/hの供給能力を有する固定式のステーション)では日本が1.3億円、欧州が0.8億円。蓄圧器では、日本が0.6億円、欧州が0.1億円と、欧州に比して我が国の水素ステーションの圧縮機周辺機器の製造コストが割高な事実が確認できます(表1)。

表1 日欧の水素ステーション構成機器のコスト比較

この要因として、水素脆化の影響を考慮した関連法令に基づく設計基準の違いが指摘されています。現状の水素ステーションのシステムでは、まず40 MPaまで圧縮された高圧水素ガスがトレーラーによって水素ステーションまで運ばれ、その場で圧縮器により82 MPaへと昇圧されます。この際、金属部品を駆動させて、機械的に水素を圧縮しているため、水素脆化の影響は避けて通ることができません(図1)。結果、圧縮器の部品には過剰な強度が付与されます。また、安全性を考慮した場合、駆動部のメンテナンスは避けて通る事ができず、この点も前述の圧縮機のコストアップに繋がっています。

図1 水素圧縮機の原理(レシプロ型)

研究内容とその成果

本技術開発では、水素ステーションのコストアップ要因となっている機械的な圧縮技術を、異なる解離圧を持つ水素吸蔵合金を組み合わせて、熱のみで非機械的に水素昇圧する技術で代替することを目的としました。
水素吸蔵合金からの水素放出圧は、温度が上昇するに伴い指数関数的に増加します。この性質を利用し、低温で低圧の水素を水素吸蔵合金に吸蔵させた後、昇温させることにより、高圧の水素を放出させることができます。水素吸蔵合金はその組成により水素放出圧が異なるので、適切な水素吸蔵合金を複数選定し、多段式とすることで目標とする高圧までの昇圧が可能です。
市川貴之准教授を中心とする研究グループは、上述のような水素吸蔵合金の特性に注目し、大気圧程度の低圧な水素ガスを水素ステーションで利用される高圧域(82 MPa)まで昇圧できる低コストで安全なケミカル・コンプレッサーの開発に取り組んでいます。図2の模式図にある通り、現在開発中の試作機では二種類の異なる水素吸蔵合金を用いて、二段階で高圧域まで水素を昇圧させる構造となっています。

図2 ケミカル・コンプレッサーの模式図

二種類の水素吸蔵合金として、一段目はTi-Cr-V合金、二段目はTi-Cr-Mn合金を候補として、実際に水素を吸蔵させた後、昇温降温サイクル試験を行い、目標とする圧力が達成できるかを評価しました。結果を図3に示します。
一段目のTi-Cr-V合金では、室温から310℃まで昇温することで、大気圧程度から20 MPaまでの昇圧が可能なことを示しており、二段目のTi-Cr-Mn合金については、室温から240℃まで昇温することで、20 MPa以下の圧力から82 MPaまでの昇圧が可能なことが明らかになりました。水素吸蔵合金による昇圧で82 MPaの高圧を達成した例は、世界でもこれまで報告がありません。関連資料として、二段目の昇圧実験の動画(※)をご確認ください。また、この動画のキャプチャー写真を次頁の図4に示しました。本研究の成果により、大気圧程度の水素ガスを水素ステーション用高圧域(82 MPa)まで昇圧できるケミカル・コンプレッサーの開発が現実的なものになってきました。

図3 昇温降温サイクル試験の結果

(※)動画URL http://h2.hiroshima-u.ac.jp/archive/NEDO/alloy2.mpg

その成果の優位性と社会や暮らしに及ぼす影響

本技術開発により、昇圧に際して機械的な駆動部分が不要となり、過剰な強度を付与する必要のない低コストで安全な圧縮機が設計可能となります。また、水素吸蔵合金を用いると比較的低い温度差(室温~約300℃)により水素を昇圧できるため、ゴミ焼却場の廃熱やソーラーパネルの余熱など、普段は利用価値がなく捨てられている低級な熱源が活用可能となり、ランニングコストの低減も期待できます。水素ステーションの高コスト化要因の一つである圧縮機や蓄圧器のコストダウンを図れる可能性があることから、水素ステーションの普及が進み、水素エネルギー社会の実現が加速することが期待されます。

今後の展開

上記二種類のTi-Cr系水素吸蔵合金を用いて、スケールアップしたケミカル・コンプレッサーの小型試作機の製作を現在進めており、近日中にこの試作機を用いた試験を実施する予定です。

図4. Ti-Cr-Mn合金を用いた82MPaへの昇圧試験

図4. Ti-Cr-Mn合金を用いた82MPaへの昇圧試験
(左上)測定開始時、(右上)40MPa付近、(左下)82MPa達成時、(右下)終了時

研究担当者

広島大学大学院総合科学研究科 准教授 市川貴之
株式会社神戸工業試験場 取締役 鶴井宣仁
広島大学サステナブル・ディベロップメント実践研究センター 特任講師 宮岡裕樹
広島大学先進機能物質研究センター 特任助教 Ankur Jain
広島大学先進機能物質研究センター(日本学術振興会 特別研究員) Sanjay Kumar
広島大学大学院総合科学研究科博士課程後期1年 Suganthamalar Selvaraj

※本研究成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「平成27年度新エネルギーベンチャー技術革新事業」の成果として得られたものです。

お問い合わせ先

広島大学大学院総合科学研究科
准教授 市川 貴之
TEL&FAX:082-424-5744
E-mail:tichi@hiroshima-u.ac.jp


up