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【研究成果】光子はまっすぐに進まない! ―まっすぐに進まない原因が実験から明らかに―

本研究成果のポイント

 古典力学(*1)では、物体の最初の位置と進行方向の速度(運動量(*2))を決めれば、その後の運動を予測できます。本研究では、光子(*3)の位置と運動量に条件を与えて実験し、*光子の伝播が「まっすぐな運動」では説明できないこと、その原因として位置と運動量の量子干渉(4)が関係していることを定量的に示しました。光子の位置を制限した状態と運動量を制限した状態の重ね合わせ状態(*5)を準備し、その後の位置を測定しました。その結果、まっすぐ進むなら17%以上が到達すると予想される範囲に、実際には11%しか到達しませんでした。これは量子干渉効果によって、位置と運動量の測定ではそれぞれ光子数が増大する一方、その後の位置測定では同程度の増大が起こらないためであることが分かりました。この結果から、量子の世界では、最初の位置と運動量だけで、その後の位置が決まるわけではないことが分かりました。今後、量子干渉が粒子の運動に与える影響を調べることで、量子の「運動」の理解が進むことが期待されます。

概要

 古典力学では、物体の最初の位置と進行方向の速度(運動量)を決めれば、その後の運動を予測でき、外から力を受けなければ物体はまっすぐ進みます。一方、光子などが従う量子力学では、位置と運動量の不確定性のため、運動は全く分からないとされていました。
 そこで本研究では、光子の最初の位置と運動量に条件を与え、その後どこに到達するのかを測定しました。具体的には、光子を位置幅L(55μm)に閉じ込めた状態と、運動量幅B(換算運動量(*6)で55μmに対応)に閉じ込めた状態の重ね合わせ状態をサニャック干渉計で実現し(LB=0.037h(*7)、hはプランク定数)、その後の位置を測定しました。測定の結果、位置幅Lに光子が存在する確率は52.5%、運動量幅Bにある確率は64.5%でした。この二つの条件から、光子がまっすぐ進むと仮定すると、100mm離れた場所では位置幅M(110μm)の範囲内に17%以上の光子が到達すると予想されます。しかし、実際に観測されたのは11%でした。
 この原因は、位置と運動量の量子干渉であることが定量的に明らかとなりました。量子干渉によって、最初の位置測定や運動量測定では制限された光子数が増大する一方、その後の位置測定では同程度の増大が起こらないことが分かりました。つまり、量子の世界では、最初の位置と運動量という二つの条件だけでは、その後の位置が単純に決まらないことを示しています。今後、量子干渉が粒子の運動にどのような影響を与えるのかを詳しく調べることで、量子の世界における「運動」の理解がさらに進むことが期待されます。

本研究成果はロンドン時間の2026年7月29日に学術誌「Journal of Physics : Photonics」に掲載されました。

論文情報

論文タイトル:Characterization of non-classical particle propagation using superpositions of position and momentum 

著者:妹尾祐希、ホフマンホルガ*、山上浩輝、飯沼昌隆
*責任著者

所属:広島大学大学院先進理工系科学研究科

DOI: https://doi.org/10.1088/2515-7647/ae8c9a

背景

 古典力学では、初期位置と初速度(初期運動量)を決めれば、その後の粒子の運動は完全に決定されます。外力のない自由空間を運動する場合、粒子はまっすぐ進み、ある経過時間後の位置は、移動距離と初期位置から確実に決まります。量子力学では、初期の量子状態を数学的に表現すれば、ある時間での位置、または運動量の確率分布は予測できますが、標準的なコペンハーゲン解釈(*8)では、運動はわからないとされています。そのためこれまで運動を調べるための研究が数多く行われてきました。ただし位置と運動量は同時に正確な制御はできないため、初期状態としては位置のみ、または運動量のみの状態、特に異なる位置の重ね合わせ状態を初期状態とする実験を中心に行われてきました。
 代表例である二重スリット実験(*9)では、近年、弱測定(*10)を利用した研究が盛んに行われ、ある時刻での運動量の平均値はパイロット波解釈(*11)の結果と一致したとの報告があります。また多世界解釈(*12)で運動を理解しようとする試みもあります。しかし位置の重ね合わせ状態は、古典力学の概念にはなく、物理的状況が不明なため、運動の本質が見えにくくなります。他に興味深い例として、逆流の問題(*13)が議論されていますが、未だに観測がなされておりません。また位置と運動量に基づく運動は擬確率分布(*14)を使った議論が多いですが、物理的な意味が不明なため、実際の運動の理解には至っていません。

研究成果の内容

 運動を理解するためには、古典力学での位置と運動量の初期条件と同じような状況を実現し、自由空間で運動を実験的に調べるのが最も単純です。その概念図を図1に示します。光子のz方向に対して横方向(x方向)の運動を考えます。ここでx方向の運動は光速度よりもはるかに遅い速度の運動のため、m=h/(cλ)(λは波長)の粒子の自由空間の運動と等価です。一方z方向の位置は経過時間に対する移動距離(cは光速度)を表します。ここでt=0での初期条件として位置幅L(青色矢印)、運動量幅B(ナナメ点線の角度)の内側の光子を考えると、もし直線的に運動をしていれば、時刻tMでは位置の幅M(赤色の矢印)の内側に必ず光子が見いだされるはずです。したがって実験でのポイントは、位置と運動量の両方を制御するための初期状態をどう準備するかにあります。我々はサニャック干渉計を利用してL=55μm、B=55μm(換算運動量)を与える状態を実現しました。そのセットアップを図2に示します。
 レーザー光源からの光は減衰フィルターによって単一光子の強度まで低下し、偏光ビームスプリッター(PBS)を経由してサニャック干渉計に入射します。この干渉計には幅50μmのスリットが設置されており、t=0で左回り経路が位置幅L=55μmの状態、右回り経路が運動量幅B=55μm(換算運動量)の状態を作り出し、後段の偏光板によってそれらの重ね合わせ状態が実現されます。このときt=0はPBSから5mmほど後方になります。t=0での位置測定、運動量測定から、位置幅Lで光子を見出す確率P(L)、運動量幅Bで光子を見出す確率P(B)が求まり、z=ctM=100mmでの位置測定から位置幅Mで光子を見出す確率P(M)が求まります。
 図3に実験結果を示します。これらの測定結果からL=55μm、B=55μm(換算運動量)が確認され、P(L)=52.5%、P(B)=64.5%を得ました。もし光子がまっすぐ進むのなら、ctM=100mmでM=110μm内に光子を見出す確率は17%以上となります。実際の測定結果はP(M)=11%となり、二つの条件を満たしているにも関わらず6%以上も幅M内に到達しないことが分かりました。これは量子干渉効果によって、位置と運動量測定では、それぞれ初期条件を満たす光子数の増大が観測された一方で、幅Mの測定では、光子数の同様な増大が観測されなかったためであることが分かりました。この奇妙な統計から、粒子の運動は位置と運動量の量子干渉によって決定されること、つまり位置と運動量の二つの初期条件が将来の位置を決定するわけではないことが分かりました。

今後の展開

この結果から、今後は量子干渉がどのように運動に影響するのか調べることで、運動の詳細な解明が期待されます。量子の運動の理解が進めば、将来、一見矛盾するようにみえる量子力学と古典力学の両方を包括的に説明する物理法則が見いだせる可能性があります。

謝辞

本研究は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 ERATO 竹内超量子もつれプロジェクト(JPMJER2402)の支援を受けました。

参考資料

図1:実験の概念図(横方向(x方向)は、m=h/(cλ)の粒子の運動と等価)

図2:サニャック干渉計による初期状態生成と全体のセットアップ図

図3:実験結果(縦軸は規格化されたカウント数を表す)

用語解説

*1 古典力学:物体の運動や力を記述する物理学の体系で、主にニュートン力学とその後発展した解析力学を含めたマクロな世界の物理法則からなる。20世紀に発展した量子力学・相対論と区別するためにこう呼ばれているが、我々の身近な世界では破綻した例はない。

*2 運動量:質量と速度の積を表す量で単位はkgm/sである。もともとは物体の運動に及ぼす力を記述するために導入された概念であるが、ここでは速度を表すために利用している。

*3 光子:光のエネルギーの最小単位で、電子やクォークと同様素粒子の一つである。

*4 位置と運動量の量子干渉:量子干渉とは、波の干渉と同じような現象が頻度の増減として観測される現象であるが、物理的な理解には至っていない。ここでは位置と運動量の古典的には説明のつかない関係を表すと考えられる。なお通常の自由空間の運動では慣性の法則が成立するため、位置と運動量は独立で、このような関係はない。

*5 重ね合わせ状態:量子力学の最も根幹の一つであり、確率を計算するために“数学的”に導入された概念。実際の物理的な状況との関係は現時点では不明である。ここでは干渉計の経路の重ね合わせを利用して、位置を制限した状態と運動量を制限した状態との重ね合わせ状態を準備した。

*6 換算運動量:横方向の運動量の制御や測定は横方向の位置を利用して行うため、横方向の運動量を横方向の位置に換算して表すことがある。ここでは実験結果も含めて、単位がkgm/sの運動量を位置の単位mで表した換算運動量で表している。

*7 位置幅と運動量幅の積:位置の不確定と運動量の不確定の積は、通常はプランク定数hよりも大きい(ハイゼンベルグの不確定性関係)。本研究は位置幅と運動量幅の積がhよりも小さくなる条件で実験を行った。

*8 コペンハーゲン解釈:標準的な量子力学の解釈で、時間発展はシュレディンガー方程式に従い、検出確率はボルンの確率解釈を用いた解釈のこと。名称はコペンハーゲンにあるボーア研究所に由来する。

*9 二重スリット実験:波と粒子の二重性を示す典型的な実験である。ポイントは横方向の位置が異なる二つのスリット(長細い穴)を単一の量子が通過すると、異なる位置での重ね合わせ状態が実現することにある。リチャード・ファインマンが「量子力学の真髄」と呼んだことでも有名。

*10 弱測定:1998年にアハロノフらが提唱した物理量の値(弱値)を測定するための量子測定で、計測を主とする量子測定の中で、値を得る方法として最初に確立した量子測定。ただし弱値は数学的に定義されているため、弱値がどんな物理的意味を示すのか、問題となっていた。

*11 パイロット波解釈:“パイロット波”と呼ばれる未知の波が粒子の運動に影響を与えると考え、古典力学の枠内で説明を試みる解釈のこと。

*12 多世界解釈:エヴェレットが提唱した解釈で、シュレディンガー方程式から予測される重ね合わせ状態の各状態はすべて実在し、測定のたびに世界が分岐すると考える決定論に基づいた解釈のこと。

*13 逆流の問題:シュレディンガー方程式から確率の流れを計算すると、その流れの方向が運動量の方向と一時的に逆向きになる現象。ただし未だに観測はされていない。

*14 擬確率分布:複素数や負の確率を許容して、同時に測定できない二つの物理量の結合“確率”分布を数学的に表現した分布関数のこと。逆を言えば同時に測定できない二つの物理量が同時に値を持つ場合は確率が定義できないことを意味する。位置と運動量についてはウィグナー関数が有名で、計算の道具として利用する場合が多い。

【お問い合わせ先】

大学院先進理工系科学研究科 ホフマン ホルガ
Tel:082-424-7652 FAX:082-424-7000
E-mail:hofmann*hiroshima-u.ac.jp
 

(*は半角@に置き換えてください)


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