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【研究成果】ニワトリの未来を守る新たな細胞保存技術を開発 —始原生殖細胞の長期凍結保存と個体復元に成功—

本研究成果のポイント

  • 鳥類の受精卵は巨大な卵黄に付着しているため、現在の技術では受精卵を生きた状態のまま凍結保存することができません。
     
  • 本研究(広島大学大学院統合生命科学研究科 中村 隼明 准教授)では、鳥類のモデル動物であるニワトリを対象に、将来的に精子や卵になる「始原生殖細胞」(※1)を高い生存率と機能を維持したまま長期間凍結保存することができる、安価で実用性が高い凍結保存液を開発しました。
     
  • この技術は、貴重なニワトリ品種の保存や、鳥インフルエンザなどによる商業用品種の消失リスクへの備え、将来にわたる安定した卵・鶏肉生産への貢献などが期待されます。

概要

● 卵白の主要なタンパク質である「オボアルブミン」(※2)と絹の主要なタンパク質である「セリシン」(※3)がニワトリ始原生殖細胞の凍結保存において、従来凍結保護剤として使用されてきた血清と同等あるいはそれ以上の凍結保護効果があることを発見しました。

● 二価アルコールの一種であるプロピレングリコール(細胞を凍らせるときに細胞内部を守る役割をする成分)(※4)とオボアルブ(卵白に多く含まれるタンパク質で、凍結時に細胞を守る働きをする成分)あるいはセリシンを添加した2種類の凍結保存液を開発し、凍結保存した始原生殖細胞の60%以上を生きた状態で解凍後に回収できることを示しました。

● 解凍直後の始原生殖細胞は凍結保存に伴うダメージが残っているが、4日間培養(※5)することで凍結前の状態まで回復できることを明らかにしました。

● 国の天然記念物に指定されている比内鶏を用いた実証試験の結果、1年間以上凍結保存した比内鶏の始原生殖細胞を商業用のニワトリ(宿主)に移植することで比内鶏の精子や卵がつくられることを示しました。さらに、これらの宿主(※6)ニワトリ同士を交配することで純粋な比内鶏を復元することに成功しました。

本研究は、国際学術誌『Journal of Reproduction and Development』に、令和8年7月10日(日本時間)付で掲載されました。

発表論文

雑誌名:Journal of Reproduction and Development
論文掲載日:7月10日(金)
タイトル:Development of serum-free cryomedia for slow-freezing of chicken primordial germ cells
著者名:Asma Khatun, Saori Harada, Satoru Ohira, Haruto Takeuchi, Haruto Shirahase, Natsumi Takahashi, Wataru Fujii, Sota Takamiya, Kazuhiro Rikimaru, Masaki Kato, Yoshiaki Nakamura
DOI:https://doi.org/10.1262/jrd.2026-087
 

研究支援

 本研究は、日本学術振興会・科研費(25K02157)、Revive & Restore(2022-038)、文部科学省・ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)中核拠点整備プロジェクト(JPNBRP202205)の支援を受けて実施しました。

背景

 ニワトリは良質なタンパク質である卵と肉を生産するための重要な食資源として世界中で飼育されています。しかし、近年猛威をふるっている鳥インフルエンザの流行拡大や異常気象の影響によって、近い将来に卵や肉の持続的な生産が困難になる可能性があります。実際に、我が国でも鳥インフルエンザ流行と飼料価格の高騰の影響を受けて、卵の価格の高騰が続いています。卵と肉を持続的に生産するためには、感染症や異常気象による影響を受けることなく、ニワトリを安全に保存することが重要になります。その方法の一つとして細胞の凍結保存が挙げられます。例えば、ウシやブタなどの動物では、個体発生の起点となる受精卵の凍結保存が産業レベルで実用されています。しかし、ニワトリの受精卵は巨大な卵黄に付着しているため、受精卵を凍結保存することができません。その代わりに、ニワトリでは始原生殖細胞と呼ばれる最も未分化な生殖細胞の凍結保存法と、凍結保存した始原生殖細胞に由来する精子と卵をつくらせる移植法が開発されました。しかし、ニワトリの始原生殖細胞は受精卵1個あたりわずか数十~百個程度と少ないため、その凍結保存液の組成や凍結条件は十分に検討されてきませんでした。
 細胞の凍結保存では、凍結保存によるダメージから細胞を保護する効果がある凍結保護剤が使用されます。凍結保護剤の種類は、細胞膜透過型と非透過型の2種類に分類されます。細胞膜通過型の凍結保護剤(グリセリンやジメチルスルホキシド、プロピレングリコールなど)は非イオン性の小さな分子であるため、細胞膜を通過して細胞内に浸透します。その結果、凍結保護剤と細胞内の水分の置換が起こり、細胞内の氷晶形成が抑制されるため、凍結保存によるダメージが軽減されます。一方、細胞膜非透過型の凍結保護剤は細胞膜を通過することができない分子であり、低分子の糖類(トレハロースやスクロースなど)や、高分子化合物(タンパク質やポリビニルピロリドンなど)が含まれます。細胞膜非透過型の凍結保護剤は細胞膜の保護や、細胞からの脱水を促進することで細胞内外の氷晶形成を抑制する効果があります。このように、細胞膜透過型と非透過型の凍結保護剤はそれぞれ作用機序が異なることから、両者をうまく組み合わせることで凍結保護の効果を高めることができます。ニワトリ始原生殖細胞の凍結保存では、細胞膜透過型の凍結保護剤であるジメチルスルホキシドあるいはプロピレングリコールと組み合わせて、細胞膜非透過型の凍結保護剤である血清が使用されてきました。しかし、血清はロット毎に組成が大きく異なることから、凍結融解後の始原生殖細胞の回収率や生存率に大きな影響を及ぼす可能性があります。
 そこで本研究では、安価で入手しやすい高分子化合物としてオボアルブミンとセリシンに注目し、これらが細胞膜非通過型の凍結保護剤としてニワトリ始原生殖細胞に対する凍結保護効果を増強し得るか、さらには従来使用されてきた血清を代替できるか検討しました。

*市販品

研究成果の内容

オボアルブミンとセリシンの凍結保護効果の評価
 ニワトリ始原生殖細胞を培養することによって樹立した安定的に増殖する細胞株を用いて、オボアルブミンとセリシンの凍結保護効果を評価しました。解凍後のニワトリ始原生殖細胞の回収率と生存率を指標にして凍結保護効果を評価した結果、7.5%プロピレングリコールと5%オボアルブミンを含む凍結保存液(PO凍結保存液)において生存率と回収率がいずれも最も高く、オボアルブミンは血清と同程度の凍結保護効果が認められました。同様に、7.5%プロピレングリコールと2%セリシンを含む凍結保存液(PS凍結保存液)において生存率と回収率がいずれも最も高く、セリシンは血清よりも有意に高い凍結保護効果が認められました。POおよびPS凍結保存液を用いることで、凍結保存した始原生殖細胞の60%以上を生きた状態で解凍後に回収できるようになりました。


POおよびPS凍結保存液で凍結保存した始原生殖細胞の機能の評価
 緑色蛍光タンパク質GFPを恒常的に発現する遺伝子組換えニワトリから樹立した始原生殖細胞の安定培養細胞株を用いて、POおよびPS凍結保存液で凍結保存した始原生殖細胞の機能を評価しました。この細胞株では、死細胞でGFPの発現が消失することから、培養中の始原生殖細胞の生存率をリアルタイムで解析できます。また、移植した始原生殖細胞の細胞運命を追跡することもできます。培養中の生存率と細胞増殖を解析した結果、凍結解凍した始原生殖細胞は、培養2日目には生存率と細胞数が一時的に減少しました。その後、生存率は培養6日目に、細胞増殖は培養4日目に、非凍結細胞と同程度まで回復することが示されました(図1左)。続いて、移植による生殖巣への移住能を解析した結果、解凍直後の始原生殖細胞では移住能が半減していました。一方、凍結解凍後に4日間培養した始原生殖細胞では移住能が非凍結細胞と同程度まで回復することが示されました(図1右)。POおよびPS凍結保存液で凍結保存した始原生殖細胞は正常な機能が維持されていて、解凍後に4日間以上培養することで凍結によるダメージから回復できることが示されました。

図1. 凍結保存した始原生殖細胞の機能の評価

POおよびPS凍結保存液の実証試験
 POおよびPS凍結保存液のジーンバンク(※7)事業における実用性を評価するため、国の天然記念物に指定されている希少な在来品種である比内鶏を用いて実証試験を行いました(図2)。比内鶏から樹立した始原生殖細胞の安定培養細胞株をPOおよびPS凍結保存液で1年間以上凍結保存し、解凍後に4日間培養後、商業用のニワトリ胚(宿主)へ移植しました。後代検定の結果、成熟した宿主ニワトリの生殖巣で比内鶏の始原生殖細胞に由来する精子あるいは卵がつくられていることが明らかとなりました。そこで、オスとメスの宿主ニワトリを交配した結果、比内鶏の後代が得られました。POおよびPS凍結保存液で凍結保存した始原生殖細胞から移植を経て個体を復元できることが実証されました。

図2. 始原生殖細胞の凍結保存と移植による個体復元の例

今後の展開

● POおよびPS凍結保存液の組成は極めてシンプルであり、特にセリシンは安価に入手できることから、ニワトリ始原生殖細胞の凍結保存において再現性の高い凍結保存液として利用されることが期待されます。
● ニワトリの遺伝資源を生体として継代飼育することなく、液体窒素中で省スペースかつ長期的に凍結保存することが可能になります。
● 在来品種における遺伝的多様性の低下や、感染症や異常気象による商用品種消失のリスク低減に貢献することができます。

用語解説

※1 始原生殖細胞:将来、精子や卵になる最も未熟な生殖細胞。ニワトリの遺伝情報を次世代へ受け継ぐ役割を持つ。

※2 オボアルブミン:卵白に最も多く含まれるタンパク質。今回の研究では凍結時に細胞を保護する効果が確認された。

※3 セリシン:カイコの繭(まゆ)に含まれるタンパク質。今回の研究では凍結時に細胞を保護する効果が確認された。

※4 プロピレングリコール:細胞を凍らせる際に、細胞内で氷の結晶ができるのを抑え、細胞を守る働きをする成分。

※5 培養:細胞を栄養のある環境で育てること。今回の研究では、解凍した細胞を数日間培養することで機能が回復した。

※6 宿主:移植された細胞を受け入れるニワトリ。本研究では商業用のニワトリが宿主として使われた。

※7 ジーンバンク:動植物の遺伝資源を将来にわたって保存・管理する仕組み。病気や災害などで品種が失われた場合の復元にも役立つ。

【お問い合わせ先】

大学院統合生命科学研究科 准教授 中村 隼明
Tel:082-424-7943 FAX:082-424-7943
E-mail:ynsu*hiroshima-u.ac.jp


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