概要
京都大学基礎物理学研究所の樽家篤史准教授、同大学理学研究科の野村皇太特定研究員、広島大学大学院先進理工系科学研究科の西澤篤志准教授、日本大学生産工学部の姫本宣朗教授らは、宇宙の全エネルギーの約27%を占めながら正体がわかっていない「ダークマター(暗黒物質)」の有力候補である超軽量アクシオンとダークフォトンを探索しました。研究グループは、地球磁場を利用して地球全体を「検出器」とみなす新しい手法を開発しました(図1)。
研究グループは、大気の電気伝導度を考慮した新しい理論手法を構築し、地球−電離層空洞での電磁応答を取り入れることで探索可能な周波数帯を拡張しました。そして、英国地質調査所が公開する約10年分の地球磁場データを用いて、超軽量ダークマターが生み出す極低周波電磁波を探索しました。
その結果、アクシオンでは広い質量帯で従来の直接探索実験を大きく上回る制限を達成し、一部の質量では約100倍厳しい上限値を得ました。また、ダークフォトンでも幅広い質量範囲で地上直接探索として世界最高感度を達成し、ダークマター起源の可能性がある信号も複数見つかりました。これらの信号が実際にダークマターに由来するかは、今後、世界各地での同時観測による検証が期待されます。
本研究成果は、2026年5月23日と6月8日に日本の学術誌「Progress of Theoretical and Experimental Physics」(PTEP)に掲載されたほか(それぞれ論文1、2)、2026年5月11日に米国の学術誌「Physical Review D」に掲載されました(論文3)。成果の一部をハイライトした論文は2025年9月26日にPTEPで発表済みです(論文4)。
【図1】地球磁場データを用いたダークマター探索の概念図
アクシオンやダークフォトンは地球磁場や動混合で極低周波電磁波を生成し、地球−電離層空洞内で共鳴増幅される。約10年分のデータを解析し、ダークマター由来の信号探索で世界最高感度を達成した。
(Open AI ChatGPT(GPT-5.5 Thinking)をもとに姫本・樽家が作成)
1.背景
宇宙の未知の物質「ダークマター(暗黒物質)注1」は全エネルギーの約27%を占めますが、その正体はいまだ不明です。質量の候補は10⁻²² eVから10⁶⁶ eVまで極めて幅広く提案されています。「eV(電子ボルト)」は素粒子の質量を表す際によく用いられる単位で、電子の質量は約50万eVです。つまりダークマター候補は、電子より27桁も軽いものから60桁も重いものまで存在し、ほとんど手がかりがありません。有力候補の一つ「アクシオン注2」は、素粒子物理学の「強いCP問題」を解決するため1977年に提唱された粒子で、本研究は電子質量より19〜21桁も軽い10⁻¹⁵〜10⁻¹³ eVの超軽量アクシオンを対象としました。同様に有力な候補「ダークフォトン注3」も探索対象です。
アクシオンの標準的な探索実験では、強力な磁場の中でアクシオンを光(電磁波)に変換する現象を利用しますが、実験室では磁場をかけられる空間の大きさに限界があります。一方、地球全体に広がる地球磁場注4は実験室では実現できない空間スケールを持ち、アクシオンと相互作用して極低周波数帯(ELF:0.3〜100Hz)の電磁波を生じさせます。この電磁波は地球−電離層空洞注5を伝わり、周波数によっては共鳴で増幅されます。しかし、これまでの理論は1Hz以下しか扱えず、より高周波数での予測はできませんでした。本研究はこれを克服する新理論を構築し、約30Hzまで探索範囲を拡張して世界最高感度を達成しました(図1)。
2.研究手法・成果
(1)理論的枠組みの構築(論文1・論文4)
樽家准教授、西澤准教授、姫本教授は、大気の電気伝導度を考慮した新しい電磁波計算手法を開発し、高周波数でも信頼できる予測を実現しました。この理論により、地球−電離層空洞注5の影響で特定周波数(約8Hz)において信号が強められることや、地理的位置によって信号の強さ・向きが異なることが判明し、特に東南アジアで高い探索感度が期待されることを示しました。
(2)観測データの解析とアクシオン探索(論文2・論文4)
(1)で構築した理論的予測にもとづき、西澤准教授、樽家准教授、姫本教授は、英国地質調査所公開のエスクデールミュア観測所の地球磁場データ(2012〜2022年、約10年間)を解析しました。人工的なノイズを取り除いた上で、理論が予測するようにダークマターなら長期間ほぼ一定の周波数で現れ続けるという特徴を手がかりに信号候補を選び出し、統計解析しました。その結果、10-15〜10-13 eVの広い質量帯でCASTを大きく上回るアクシオン・光子結合定数gaγ注6の制限を得ました(図2左)。特にアクシオン質量3×10⁻¹⁴ eV付近では、gaγ≲4×10-13GeV-1と、CASTより約100倍厳しい上限値を得ました。これは一定の理論的仮定のもとで得られたX線天文観測(Chandra・NuSTAR)による制限にも匹敵、あるいは上回る結果で、この質量帯で地上探索として世界最高感度を達成しました。
【図2】アクシオン・ダークフォトン探索の結果(95%信頼水準)
約10年にわたって観測された地球磁場データを用いた超軽量「アクシオン」(左)と「ダークフォトン」(右)の探索結果。横軸はダークマター質量、縦軸は光子との結合の強さを表し、値が小さいほど、より弱い相互作用まで探索できる高感度な結果を表す。青線より上側は本研究で排除された領域、他の色はCASTなど従来の実験・観測による制限を表す。アクシオンでは質量3×10⁻¹⁴ eV付近でCASTの約100倍厳しい制限、ダークフォトンでも地上直接探索として世界最高感度の制限を達成した。
(3)ダークフォトン探索(論文3)
野村特定研究員、西澤准教授、樽家准教授、姫本教授は、(1)の理論をダークフォトンにも拡張し、高周波数帯の信号を初めて定量的に予測しました。ダークフォトンはアクシオンと異なり、地球磁場がなくても電磁波を生成するため、期待される信号の特徴が異なります。同じデータを解析した結果、質量範囲 10-15〜2×10-13 eVにおいて、動混合定数 ε注7に対する地上直接探索として世界最高感度の制限を達成しました(図2右)。
3.波及効果・今後の予定
本研究は、地球全体を「ダークマター検出器」として利用する新しい発想により、既存の地球磁場観測データをダークマター探索へ活用する道を開きました。極低周波数帯(ELF:0.3〜100Hz)を観測できる設備なら応用可能で、特別な大型実験装置を新たに建設することなく、世界各地に整備された観測網を活用できることから、低コストかつ広域なダークマター探索への発展が期待されます。今後は、本研究で見つかった信号候補を対象に、複数観測所による追観測や同時解析が期待されます。特にアクシオン由来の信号は地球磁場の構造に応じて観測地点ごとに異なる特徴を示す一方、ダークフォトンでは地理的な違いがほとんど現れないため、この違いから信号候補の正体やダークマターの種類まで識別できる可能性があります。本研究で構築した理論は、こうした次世代のダークマター探索の基盤となることが期待されます。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、科学研究費助成事業(JSPS KAKENHI)の支援を受けて実施されました。
樽家篤史(課題番号:JP20H05861、JP23K20844、JP23K25868、JP26H02044)
西澤篤志(課題番号:JP23K03408、JP23H00110、JP23H04893)
姫本宣朗(課題番号:JP21K03580、JP25K07288)
野村皇太(課題番号:JP24KJ0117、JP25K17389)
また、英国地質調査所(BGS)公開のエスクデールミュア観測所の地球磁場データと地磁気基準場(IGRF-13)モデルを使用し、KAGRAの物理環境モニタリンググループからも極低周波磁場計測に関する貴重な情報提供を受けました。
用語解説
注1. ダークマター(暗黒物質):宇宙の全エネルギーの約27%を占める未知の物質。光を発しないため直接観測できないが、銀河の回転速度や重力レンズ効果などを通じて存在が確認されている。
注2. アクシオン:「強いCP問題」解決のため1977年に提唱された仮想粒子で、光子と弱く相互作用する。有力なダークマター候補で、もとの想定質量は10-6〜10-3 eV程度だが、超弦理論などではより軽い「アクシオン様粒子(ALPs)」も示唆されており、本研究は質量10-15〜10-13 eV程度の超軽量帯を対象とする。
注3. ダークフォトン:通常の光子と微弱な「動混合」で相互作用する質量をもつ仮想的な光子。標準模型に隠れたゲージボソンとして提案されるダークマター候補の一つ。
注4. 地球磁場:地球固有の磁場(地磁気)。主に内部の液体鉄の対流で生じる双極子磁場で、地表での強度は20〜65μT(マイクロテスラ)。
注5. 地球−電離層空洞:地球表面(半径約6400km)と電離層(高度約100km)の間の球殻状の空洞。極低周波電磁波を閉じ込める共振器として機能する。
注6. アクシオン・光子結合定数(gaγ):アクシオンと光子の相互作用の強さを表すパラメータ(単位: GeV-1)。地球磁場下での電磁波生成効率を決める。
注7. 動混合定数(ε):ダークフォトンと通常の光子の「混合」の強さを表す無次元パラメータ。値が小さいほど検出は困難。
研究者のコメント
宇宙の「ダークマター」は、その存在が確実視されながらも何十年にもわたって正体不明のままでした。私たちはその探索に、地球そのものを使えないかと考えました。地球磁場は地球全体を包み込む巨大な天然の磁場であり、実験室では到底実現できない空間スケールを提供します。さらに、地球−電離層空洞は、ちょうど探したいダークマター質量付近で電磁波を増幅してくれる天然の共鳴器にもなります。10年分の地球磁場観測データの中に、宇宙からのかすかなシグナルが潜んでいないか探す—この試みが世界最高感度の成果に繋がったことを、大変嬉しく思います。同時に、見つかった信号候補の正体の解明が、今後の大きな楽しみです。
(樽家 篤史:京都大学 基礎物理学研究所 准教授)
論文タイトルと著者
【論文1】Signature of axion dark matter in low-frequency terrestrial electromagnetic fields: formulation and predictions
(日本語訳)低周波地球電磁場におけるアクシオン・ダークマターのシグネチャー:定式化と理論予測
著 者:Atsushi Taruya(樽家篤史), Atsushi Nishizawa(西澤篤志), Yoshiaki Himemoto(姫本宣朗)
掲載誌:Progress of Theoretical and Experimental Physics 2026, 073B06(2026年5月23日掲載)
DOI:10.1093/ptep/ptag097
【論文2】Axion dark matter search from terrestrial magnetic fields at extremely low frequencies
(日本語訳)極低周波地球磁場を用いたアクシオン・ダークマター探索
著 者:Atsushi Nishizawa(西澤篤志), Atsushi Taruya(樽家篤史), Yoshiaki Himemoto(姫本宣朗)
掲載誌:Progress of Theoretical and Experimental Physics 2026, 073E02(2026年6月8日掲載)
DOI:10.1093/ptep/ptag108
【論文3】Searching for dark photon dark matter from terrestrial magnetic fields
(日本語訳)地球磁場を用いたダークフォトン・ダークマターの探索
著 者:Kimihiro Nomura(野村皇太), Atsushi Nishizawa(西澤篤志), Atsushi Taruya(樽家篤史), Yoshiaki Himemoto(姫本宣朗)
掲載誌:Physical Review D 113, L101303(2026年5月11日掲載)
DOI:10.1103/kw4j-8v12
【論文4】Hunting Axion Dark Matter Signatures in Low-Frequency Terrestrial Magnetic Fields
(日本語訳)低周波地球磁場にひそむアクシオン・ダークマターのシグネチャーの探索
著 者:Atsushi Taruya(樽家篤史), Atsushi Nishizawa(西澤篤志), Yoshiaki Himemoto(姫本宣朗)
掲載誌:Progress of Theoretical and Experimental Physics 2025, 111E01(2025年9月26日掲載)
DOI:10.1093/ptep/ptaf136
論文4は、論文1と論文2の主要成果をハイライトしたレター(速報)論文です。
【お問い合わせ先】
<研究に関するお問い合わせ先>
樽家 篤史(たるや あつし)
京都大学 基礎物理学研究所・准教授
TEL:075-753-7033
E-mail:ataruya*yukawa.kyoto-u.ac.jp
<報道に関するお問い合わせ先>
京都大学 広報室 国際広報班
TEL:075-753-5727
FAX:075-753-2094
E-mail:comms*mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
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TEL:082-424-4518
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日本大学生産工学部 庶務課
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E-mail:cit.shomu*nihon-u.ac.jp
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