小惑星リュウグウや一部の炭素質隕石(※1)は、太陽系最初期に形成された天体の生き残りと考えられ、太陽系形成当時の元素組成をよく残す「始原的」な物質として知られています。ところが、これらの岩石は、形成後に水と強く反応し、もとの鉱物の多くが別の鉱物へと変化しています(水質変成作用)(※2)。岩石が水と反応すると、元素が水に溶け出したり移動したりして、もとの元素組成も変わる可能性があります。この「強く水と反応しているのにもかかわらず、太陽系初期の元素組成を保っている」という一見矛盾した特徴は、宇宙化学における長年の謎の一つです。
金沢大学自然科学研究科博士前期課程の奥村玲音、環日本海域環境研究センターの福士圭介教授、東京大学大学院理学系研究科の高橋嘉夫教授らを中心とする、金沢大学、東京大学、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、広島大学、高輝度光科学研究センター(JASRI・NanoTerasu)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、東京科学大学の共同研究グループは、この長年の謎を解く手掛かりとなる物質を、地球外試料から発見しました。
本研究グループは、大型放射光施設の強力なX線を用いて詳しく分析し、これまで十分に認識されていなかった低結晶性のマグネシウムケイ酸塩水和物(M-S-H)(※3)に似た成分が、リュウグウや炭素質隕石に広く存在することを明らかにしました。M-S-Hは、マグネシウムとケイ素をさまざまな割合で含むことができる物質です。一般に、物質の組成が異なれば、それぞれが存在できる水環境も異なります。ところが、本研究グループがM-S-Hの水への溶けやすさを室内実験と既存データを使って調べたところ、組成の違うM-S-Hでも、同じような水環境のもとで存在できることが分かりました。これは、場所ごとに岩石の組成が違っても、その違いを大きく失うことなく水との反応が進んだ可能性を支持する結果です。M-S-Hのこうした性質は、「強く変質しているのに始原的」という一見矛盾した特徴を説明する有力な手掛かりとなります。
本研究成果は、2026年9月7日に、英国科学誌『Communications Earth & Environment』に掲載されました。
研究の背景
リュウグウや始原的な炭素質隕石は、太陽系ができたころの元素組成をよく保存しています。そのため、約46億年前の太陽系の姿を知るための「タイムカプセル」として研究されています。一方で、これらの物質は、形成後に水による非常に強い変質を受けたことも分かっています。一般に、岩石が水と反応すると、岩石に含まれる元素が水に溶け出したり、別の場所に移ったりします。そのため、「強く水と反応しているのにもかかわらず、太陽系初期の元素組成を保っている」という一見矛盾した特徴は、宇宙化学における長年の謎の一つです。
研究成果の概要
従来の鉱物学的な枠組みでは、始原的な炭素質隕石において、水との反応によって主に蛇紋石(※4)とサポナイト(※5)が形成されたと解釈されてきました(図1)。今回、本研究グループは、放射光X線分析を用いて、リュウグウと、水による強い変質を受けた炭素質隕石であるIvuna(イブナ)、Orgueil(オルゲイユ)、Tarda(タルダ)に含まれるマグネシウム原子まわりの構造を詳しく調べ、さまざまなマグネシウム含水ケイ酸塩の標準物質と比較しました。その結果、これまで重要と考えられてきた蛇紋石やサポナイトだけでは、実際に観測されたX線吸収スペクトルを十分に説明できないことが分かりました。一方で、低結晶性マグネシウムケイ酸塩水和物(Magnesium Silicate Hydrate: M-S-H)の標準スペクトルを加えて解析することで、すべての試料の観測結果をよりよく説明できることが分かりました(図2)。M-S-Hについては、これまでも、リュウグウの水質変成が起きた際に、一時的にできる物質として存在した可能性が指摘されていました。しかし、実際のリュウグウや炭素質隕石の中に現在も残っているかどうかは、十分に確かめられていませんでした。今回の研究は、M-S-Hに似た成分が実際の地球外試料に広く残されている可能性を示したものです。
M-S-Hの大きな特徴の一つは、主成分であるマグネシウムとケイ素をさまざまな割合で含むことができるという点です。一般に、物質の組成が異なれば、それぞれが存在できる水環境も異なります。本研究グループは、室内実験とこれまでに報告されたデータを使い、M-S-Hの化学組成と水への溶けやすさとの関係を調べました。その結果、マグネシウムとケイ素の割合が異なるM-S-Hでも、その溶けやすさには一貫した規則性があることが分かりました。この結果から、組成の異なる複数のM-S-Hが、同じような水質条件のもとで形成され、共存できる可能性が示されました。
また、試料に認められる蛇紋石やサポナイトについても、それぞれに近い組成を持つM-S-Hが先に形成され、その後これらの鉱物へと変化したと考えるのが自然です。このことは、太陽系初期の小天体の内部では、もとの岩石に場所ごとの元素組成の違いがあっても、その違いが大きく失われることなく、さまざまな物質へと変化しながら水質変成が進んだ可能性を支持するものです。M-S-Hのこうした性質は「強く水と反応しているのにもかかわらず、太陽系初期の元素組成を保たれているのはなぜか」という宇宙化学の長年の謎を理解するための新たな手掛かりとなります。
今後の展開
今回の研究成果は、M-S-Hが水質変成の過程で、太陽系初期の元素組成を保持する上で中心的な役割を果たしたという仮説を提案しています。ただし、この仮説をさらに検証するためには、水質変成の過程で、マグネシウムやケイ素以外のさまざまな元素をM-S-Hがどの程度保持できたのかを明らかにする必要があります。M-S-Hのような低結晶性物質は、さまざまな元素を取り込みやすいと考えられています。また、非常に細かな物質であることから、表面への吸着を通じて微量元素の保持や分配にも影響を与える可能性があります。今後は水質変成が起きた水環境を実験室で再現し、M-S-Hがどの元素をどの程度取り込み、保持するのかを定量的に明らかにすることで、M-S-Hが太陽系初期の元素組成の保持に果たした役割を検証していきます。
研究助成
本研究は、JSPS科研費(JP22H04900, JP24H00268, JP26K22374, JP26H00438, JP26K21720)および JSPS地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(JPJS00420230006)の支援を受けて実施されました。
放射光実験は、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光共同利用実験課題(課題番号:2023S2-001, 2026S2-002)および高輝度光科学研究センター(SPring-8研究課題: 2023A1159, 2023B1212, 2024A1198)により実施しました。
参考資料
図1 従来考えられてきたリュウグウおよび水による強い変質を受けた炭素質隕石の鉱物学的描像と、本研究で得られた分光学的・物理化学的結果に基づくモデル。🄫Fukushi.,K. et al, Kanazawa University (2026)
図2 リュウグウおよび炭素質隕石(Ivuna, Orgueil, Tarda隕石)のマグネシウムK吸収端X線吸収端近傍構造(XANES)スペクトル(黒線)と、M-S-H、サポナイト、蛇紋石の標準スペクトルを用いたフィッティング(観測データと標準データを重ね合わせて比較する解析)結果。Okumura, R., et al. (2026)を基に一部改変🄫The Authors, CC-BY 4.0
掲載論文
雑誌名:Communications Earth & Environment
論文名: Pervasive poorly crystalline Mg-rich hydrous silicate material in C-type asteroid matrices
(C型小惑星の岩石には低結晶性マグネシウム含水ケイ酸塩が遍在する)
著者名:Reon Okumura, Haruki Oya, Kosuke Inoue, Takuma Fujiya, Keisuke Fukushi, Yoshio Takahashi, Ryoichi Nakada, Mizuho Koike, Takahiro Kawai, Tomohiro Ono, Shohei Yamashita, Yoko Kebukawa, and Tomoyuki Mizukami
(奥村玲音、大屋遥輝、井上皓介、藤弥巧磨、福士圭介、高橋嘉夫、中田亮一、小池みずほ、河合敬宏、大野智洋、山下翔平、癸生川陽子、水上知行)
掲載日時:2026年9月7日にオンライン版に掲載
DOI:10.1038/s43247-026-03958-2
用語解説
※1 炭素質隕石(炭素質コンドライト)
太陽系ができた初期に形成された始原的な隕石の一群。専門的には「炭素質コンドライト」と呼ばれます。炭素や水を含む鉱物を多く含み、太陽系が形成されたころの化学的情報を保存しています。炭素質コンドライトにはいくつかの種類があり、元素組成や水による変質の程度も異なります。その中でもCI型コンドライトは、太陽系初期の元素組成を特によく反映しており、最も始原的な物質の一つとされています。リュウグウの試料も、元素組成や鉱物学的な特徴がCI型コンドライトに近いことが明らかになっています。
※2 水質変成
太陽系初期の小惑星には、氷が含まれていました。この氷が、岩石に含まれる放射性アルミニウムなどの壊変するときに生じる熱によって融け、液体の水となります。その水が周囲の岩石や鉱物と反応することで、鉱物の種類や化学的な性質が変化します。この作用を水質変成作用と呼びます。
※3 マグネシウムケイ酸塩水和物(M-S-H)
マグネシウム、ケイ素、水を主成分とする低結晶性物質。「低結晶性」とは、原子の並び方が一般的な結晶性鉱物よりも規則正しくなかったり、原子の配列の周期が非常に短かったりする状態を指します。M-S-Hは、マグネシウムとケイ素をさまざまな割合で含むことができます。蛇紋石やサポナイトなどの結晶性の含水ケイ酸塩と似た化学組成をとることがありますが、その構造や物理化学的性質は異なります。地球上では、セメント系材料に関連する反応や変質の過程などで知られ、主に工学分野で研究されてきました。近年では地球科学分野でも、アルカリ性湖沼の堆積物などから、M-S-Hに似た低結晶性物質が見出されています。
※4 蛇紋石
マグネシウムに多く含む代表的な含水ケイ酸塩鉱物の一群で、層状の結晶構造を持ちます。地球上では一般に、地下の比較的高温な環境で、かんらん岩が熱水と反応することで生成します。
※5 サポナイト
マグネシウムに多く含む代表的な含水ケイ酸塩鉱物の一群で、層状の結晶構造を持ちます。地球上では、地表付近の比較的低温な水環境でも、岩石が水と反応して変質することで生成します。
【お問い合わせ先】
【本件に関するお問い合わせ先】
■研究内容に関すること
金沢大学環日本海域環境研究センター 教授
福士 圭介(ふくし けいすけ)
TEL:076-264-6520
E-mail:fukushi*staff.kanazawa-u.ac.jp
東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 教授
高橋 嘉夫(たかはし よしお)
TEL:03-5841-4517
E-mail:ytakaha*g.ecc.u-tokyo.ac.jp
海洋研究開発機構 物質地球科学研究部門
高知コア研究所 鉱物・地球化学研究グループ 主任研究員
中田 亮一(なかだ りょういち)
E-mail:nakadar*jamstec.go.jp
広島大学大学院先進理工系科学研究科 准教授
小池 みずほ(こいけ みずほ)
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