上達後も繰り返し練習することで運動スキルを保持する能力も高くなる

平成27年9月10日

上達後も繰り返し練習することで運動スキルを保持する能力も高くなる
~新しい運動スキルの学習とその保持に大脳皮質運動野が関与していることを解明~

研究成果のポイント

  1. 新しい運動スキルを学習する際、スキル上達後すぐに練習を止めてしまうのではなく、上達してからも反復して練習することによって大脳皮質運動野の興奮性は増大し(図A)、その後の運動スキル保持能力も高くなること(図B)を明らかにしました。
  2. 今回の成果を基に、今後さらに運動スキル学習に関わる脳機能の解明を進めていくことで、運動を苦手とする子供たちへの学習指導や教材開発、既に運動スキルを修得した熟練者に対する効果的なトレーニング法の提供が期待できます。

概要

広島大学大学院総合科学研究科の船瀬広三教授らの研究グループは、非侵襲的脳刺激法である経頭蓋磁気刺激(TMS)(*1)を用いたヒトの研究において、 誤差修正が必要な視覚追従動作課題による運動スキル習得後の練習回数(後期学習段階)が、大脳皮質運動野興奮性と運動学習保持能力に強く関わっていること を明らかにしました。
実施した視覚追従動作課題は、画面上に表示された図形ライン上に、被験者の足関節角度を示す移動ポイントをできるだけ重ね合わせるというもので、このよう な誤差修正を繰り返す運動スキル学習においては、その動作課題の学習成立によって正しい動作パターンが成立します。その動作パターンを生み出す大脳皮質運 動野ニューロンの活動パターンの繰り返しが興奮性増大を伴う機能的変化を誘引し、その後の運動保持能力を高めることにも強く関わっていることを示しました。
本研究成果は、平成27年7月17日(日本時間)発行の科学誌「Brain Stimulation」(オンライン版)に公開されました。

実験風景

発表論文

論文タイトル
Interactions among learning stage, retention, and primary motor cortex excitability in motor skill learning
著 者
Masato Hirano, Shinji Kubota, Shigeo Tanabe, Yoshiki Koizume, Kozo Funase*
*Corresponding author(責任著者)
掲載雑誌
Brain Stimulation(Elsevier)
DOI
doi:10.1016/j.brs.2015.07.025

背景

未経験かつ未修得の運動スキル学習において、反復練習が効果的であることは経験的に知られています。骨格筋への運動指令を発する大脳皮質運動野は、随意収 縮力の制御や随意動作パターンの符号化などに重要な役割を果たしていることが知られていますが、運動スキル学習やその保持にいかなる機能を担っているかは 十分に解明されていません。
そこで本研究では、画面上に表示されたターゲットラインを足関節動作角度によって追従する動作課題を用いて、運動スキル学習を定量的に分析し、運動スキル学習の学習段階およびその保持と大脳皮質運動野の興奮性変化の相互関連性について調べました。

研究成果の内容

船瀬教授らの研究グループは、31人の健常成人を被験者として、右実験模式図に示すように、視覚追従動作課題におけるターゲットラインと足関節動作角度を 示す移動ポイント軌跡との差分(誤差)と大脳皮質運動野へのTMSによって足関節動作の主働筋である前脛骨筋から記録される運動誘発電位(MEP)(※ 2)の振幅変化との関連性を調べました。
その結果、誤差修正を繰り返すことで修得される運動スキル学習能力が高い者ほど大脳皮質運動野興奮性が増大することを明らかにしました。また、スキルが上 達した直後とさらにそこから練習を反復した後に大脳皮質運動野の興奮性を評価したところ、上達直後では興奮性の増大は見られず、上達後の反復回数に応じて 興奮性が増大することを明らかにしました(図A)。以上から、新たな運動スキルの学習においては、練習によって得られた動作パターン、その動作パターンを 生み出す大脳皮質運動野ニューロンの活動パターンの繰り返しによって、活動頻度に依存した可塑性が誘引されることを示しました。さらに、可塑性がより強く 誘引された者ほど翌日になっても学習効果が残存していることが明らかとなり、学習した運動スキルの保持に大脳皮質運動野が深く関与していることが示されました(図B)。

実験模式図

今後の展開

運動スキル学習前後における小脳-大脳皮質運動野抑制回路の活動性変化や大脳皮質運動野に運動スキルがどのように蓄えられるか検討し、運動スキル学習に関わる脳機能の解明を進めていきます。これらの研究によって得られる成果は、アスリートや楽器演奏者に見られる巧みな運動スキルの学習能力の背景にある脳内メカニズムの解明に寄与するだけでなく、運動スキル学習を苦手とする子供たちへの運動学習指導や教材開発、既に運動スキルを修得した熟練者に対しても効果的なトレーニング法に関する知見の提供が期待できます。

参考資料

図A: 後期学習段階練習ブロック数(横軸)とMEP振幅増加率(縦軸)の関係、図B: MEP振幅増加率(横軸)と学習保持率(縦軸)の関係

図A: 後期学習段階練習ブロック数(横軸)とMEP振幅増加率(縦軸)の関係
後期学習段階練習ブロック数は運動スキル習得後の練習回数を示しており、大脳皮質運動野の興奮性を示すMEP振幅増加率と正の相関を示している。
図B: MEP振幅増加率(横軸)と学習保持率(縦軸)の関係
学習保持率は、実験1日目における成績に対する実験2日目の成績の割合のことで、この値が低いほど、学習した効果(記憶)を忘れず次の日も同じパフォーマンスを発揮できる(学習保持能力が高い)ことを示しており、MEP振幅増加率と負の相関を示している。

用語解説

※1)経頭蓋磁気刺激(transcranial magnetic stimulation:TMS)
大脳皮質運動野相当部位の頭蓋上に配置したコイルに瞬間的に通電し、コイル周りの空間に電磁誘導による渦電流を発生させることで、無侵襲かつ無痛で大脳皮質運動野ニューロンを興奮させることができる。主に、ヒトの運動系を対象とした脳科学や臨床神経生理学、ニューロリハビリテーション分野で広く使用されて いる非侵襲的脳刺激法である。
(※2)運動誘発電位(motor evoked potential:MEP)
TMSによって刺激された大脳皮質運動野ニューロンから発する電位は、皮質脊髄路を下行して骨格筋に達し、運動誘発電位を生じさせる。その振幅値は運動誘発電位が記録される骨格筋を支配する大脳皮質運動野の興奮性指標となる。

経頭蓋磁気刺激と前脛骨筋から記録した運動誘発電位の波形例

経頭蓋磁気刺激と前脛骨筋から記録した運動誘発電位の波形例

お問い合わせ先

広島大学大学院総合科学研究科身体運動科学研究領域
教授 船瀬 広三(ふなせ こうぞう)
Tel & FAX:082-424-6590
E-mail:funase*hiroshima-u.ac.jp(注:*は@に置き換えてください)
HP:http://home.hiroshima-u.ac.jp/funase/index1.htm


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