第4回 宇田川 眞行 教授 (大学院総合科学研究科)

熱電変換性能の向上を目指して−高性能化への指針を解明−

宇田川眞行

大学院総合科学研究科 宇田川 眞行(うだがわ まさゆき)教授

に聞きました。(2008.6.20 学長室広報グループ)

      

研究の概要

物質が持つ様々な性質を解明する「固体物理学」が専門。特に、物質にレーザー光を照射したときに散乱する物質固有の光(ラマン光)を観測する『レーザーラマン散乱』により、物質の運動を原子のレベルで明らかにする研究が中心。

 

熱から電気を作る—エコでクリーンな熱電変換へ—

金属や半導体に温度差を与えると、温度差に比例した電圧が生じます。これは、「ゼーベック効果」とよばれる固体の熱電効果のひとつで、性質の異なる2種類の金属・半導体の両端の温度差を大きくすると電池のように振る舞い、発電します。物質の熱電効果を利用して熱エネルギーを電気エネルギーに変換することを熱電変換、熱電変換に用いる材料を熱電材料といいます。
熱電による発電は、ほぼ試料の寿命まで使用でき、可動部がない(例えば、火力発電におけるタービンがそれにあたる)ため故障が少なくメンテナンスも不要で、熱から電気に直接変換できるのでクリーンな発電が可能となるとか。このような特性を利用して、我が国でも自動車の排気ガスの廃熱からの発電を目指した研究開発が進んでいて、一番近い将来利用可能となると期待されています。逆に、この金属・半導体に電流を流すと、「ペルチェ効果」と呼ばれる冷却する性質が現れ、これは冷媒のない冷凍庫などに利用することができます。

実験キット

熱電発電(ゼーベック効果)の実験キット((株)イングスシナノ社製)

白い部分が熱電変換素子で、中央部にお湯を入れて温度差をつけると発電し、羽根が回ります。

 

熱電変換の鍵は、原子の“動き”

熱電変換性能(ZT)を向上させるためには、電気が金属のように流れ、かつ、ガラスのように熱を伝えにくいという、相容れない特性が要求されます。熱電材料では、熱を伝えにくく、電流が流れやすいことが必要とされています。物質中で熱を伝えているのは電子の移動と原子の振動ですが、半導体にすると電子による熱の移動を小さくすることができます。結果として、原子の振動で運ばれる熱を小さくする必要があると宇田川教授はいいます。

図1:熱電変換性能を与える式

図2:ラットリング運動

これまで「熱電変換材料の熱電変換性能向上のための指針」として、
1.ナノ構造にして熱伝導率を下げる
2.カゴ状構造をなす化合物中の原子(イオン)の運動を活発にして、熱伝導率を下げる
方法が提案されています。原子の活発な運動は「ラットリング運動」と呼ばれ、活発な運動ほど熱伝導率を大きく低下させることが知られていましたが、原子がラットリング運動をする原因は解明されていませんでした。

近年、次世代の熱電材料として原子や小さな分子を入れることができるようなカゴ状構造を有する物質がその特性を満たす物質として注目され、盛んに開発研究が行われています。赤ちゃんのおもちゃの“ガラガラ”のような原子でできたナノ・スケール(10-9mの大きさ)のカゴ状構造を持つ物質が発見されており、これらは熱が伝わりにくいことが知られています。つまり、カゴの中に閉じ込められた原子がカゴの中を自由に動き回って、伝わる熱を散乱することがその原因と考えられてきました。

   

実験成功までの道のり—光を使って、カゴの中の原子を探る—

今回、宇田川教授らは、この原因を、物質にレーザー光を照射したときに散乱する物質固有の光(ラマン光)を観測する『レーザーラマン散乱』を用いた実験で解明しました。
2006年、宇田川教授らは、カゴの中にある原子が中心にある場合と非中心にある場合の原子の運動が異なることをレーザーラマン散乱によるスペクトル変化により発見(太陽光と異なりレーザー光は単色です。にもかかわらず、光が物質の中の原子の運動状態を変化させて光自身の色が変わります。色の変化の大きさで原子の運動の速さも分かります)しています。「このときの発見は興奮しましたねー」と熱く語る宇田川教授ですが、今回の発見までには、非中心位置での原子の回転運動が熱伝導率を下げるとの仮説を立てて、更に2年の歳月を要しました。

研究対象としたカゴ状構造の化合物は、ガリウム(Ga)、シリコン(Si)、ゲルマニウム(Ge)の原子で構成され、カゴの中に、バリウム(Ba)またはストロンチウム(Sr)のイオンを閉じ込めたA8Ga16Si30-xGex(A=Ba、Sr)です。この化合物中、BaとSrイオンは、GaとGeが作るカゴの中に存在します。しかし、A8Ga16Si30に、原子サイズの大きなGe原子で置き換えてカゴのサイズを大きくすると、Baイオンはカゴの中心に位置するのに、Srイオンは中心から0.04 nmもずれた位置に移動し、しかも、4つの位置の間を、ぐるぐる運動する回転ラットリング運動をします(図2参照)。宇田川教授らは、この原因が、カゴのサイズがGe原子の置き換えによって一様に膨張するのではなく、方向によって膨張の度合いが大きく異なるためであることと、非中心での回転運動がラットリング運動であることを突きとめました。

研究成果から期待されること

この研究成果は、熱電変換物質を探索する上で、大きな指針を示したことになり、地球温暖化防止など、様々な分野における熱電発電の技術開発の促進が期待できます。実用化には効率とコストパフォーマンスの向上も大きな鍵となります。
また、カゴの中の原子の運動状態が、物質がもつ多様な機能の出現にも関与する可能性もあり、従来考えられなかった新たな機能を持つ物質の開発につながる可能性を秘めています。

   

次のフェーズへ—広島大学発の高効率熱電変換物質の発見を目指して—

広島大学は、非接触で、絶縁体から金属まで測定可能な「ラマン散乱装置」があるだけでなく、低温・高温、高圧下、磁場中、顕微鏡下で測定できる試料条件を有しています。世界的に見てもこれほど広範囲に試料の条件を変えられる研究グループはありません。本学大学院先端物質科学研究科高畠敏郎教授らの研究グループによる試料提供なくして、今回の成果もありませんでした。
今回指針を示したことで、エネルギーの約2/3を占める廃熱を利用できる熱電変換物質の探索が推進されることになると、宇田川教授は予想します。社会的に大きく貢献したと思いますが、今後も引き続き、得られた指針を基に、製品の均一化も視野に入れた、広島大学発の高効率熱電変換物質の発見に向けて探索を行っていくと決意を語ります。

 

若き研究者たちへ

本学先進機能物質研究センターとの連携、COE形成プログラム「すきまの科学」、文部科学省科学研究費補助金特定領域「スクッテルダイト」の多大な支援により、世界有数の研究環境が整いました。
若き研究者たちが、広島大学から世界へ羽ばたくことを想定し、4年生の研究室配属時から最先端研究テーマを選択させ、しっかりした目的意識を持って実験等にあたるよう指導しています。博士課程に進学する院生には修士課程在籍中に英文の論文になる成果を挙げて欲しいと思っています。博士課程では、国際学会での発表を視野に外書購読にも力を入れています。教授自身、英語による論文作成能力と共に、議論する力やプレゼンテーションする能力の必要性を痛感することも多く、学生には、基礎となる部分で劣等感を持って欲しくないとエールを送ります。
 

高畠教授プロフィール(研究者総覧)
http://seeds.office.hiroshima-u.ac.jp/profile/ja.f8db35c39cac1d1a520e17560c007669.html

   

ちょっとこーひーぶれいく

『ゼーベック効果とペルチェ効果』
1821年、ドイツの物理学者であり医者でもあるトーマス・ゼーベックは、2種類の半導体を繋いで回路をつくり、片方に熱を加えると回路に電気が流れることを発見しました。これは、発見者にちなんで「ゼーベック効果」と呼ばれています。
1834年、フランスの物理学者であるジャン=シャルル・ペルチェは、2つの異なった金属に電圧をかけて電流を流すと、片方の接点は冷やされ(吸熱)、もう一方は温められ(発熱)る。電流を逆転させると、その関係が反転すると発見しました。これを「ペルチェ効果」と呼んでいます。

『日常の光散乱(空はなぜ青いか? 夕焼けはなぜ赤いか?)』
いろいろな波長の光が混ざっている太陽の光が地上に達するまでに、大気中の分子と衝突して光があちこちにまき散らされます。これを散乱といいます。波長の短い光ほど散乱されやすいので、波長の短い青が対流圏で散乱するために空が青く見えるのです。一方、太陽が西に傾くと、太陽光が大気の層を通過する距離が長くなり、波長の短い光が散乱するので波長の長い赤や橙が残って、夕焼けは赤く見えるのです。

あとがき

「原子が中心より大きくずれていたため、今回たまたま発見できました」と宇田川先生は謙遜しますが、大学院生の頃からこつこつと積み上げてきた地道な努力に対して、科学の女神が一瞬微笑んでくれたのでしょう。そして、もう少しがんばれ!!と。宇田川先生が発表された指針が研究の加速を促し、広大オリジナルの夢の物質誕生、そして地球温暖化防止に繋がることに期待したいと強く感じました。ところで、ナノ・スケールのそのカゴは、どれくらいの大きさのものなのかとお聞きしたところ、リンゴと地球を比べた場合、カゴがリンゴでリンゴが地球にあたると思ってくださいとのこと。理解の範囲を遙かに超えていました。(O)


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