広島大学 大学院先進理工系科学研究科 化学プログラム
持続可能性に寄与するキラルノット超物質国際研究所
教授 井上 克也
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広島大学大学院先進理工系科学研究科・WPI-SKCM²(*2)の井上克也教授らの研究グループは、人の皮膚に含まれるコラーゲンをさまざまな分析手法で詳しく調べ、見た目にはほとんど変化がない段階でも、コラーゲンの内部ではごく小さな構造の変化が始まっていることを発見しました。
本研究では、複数の分析技術を組み合わせ、人の皮膚に含まれるコラーゲンの量や線維の並び方、内部の構造を同じ試料で詳しく調べました。その結果、コラーゲンの量が減ったり、繊維が切れたりするなどの目に見える変化が現れる前から、コラーゲンの内部ではごく小さな構造の変化が始まっていることを明らかにしました。
この成果により、これまで主にコラーゲンの量や繊維の形の変化から評価していた皮膚の状態を、内部の構造変化まで含めて詳しく評価できる新しい解析方法を示しました。今後は、皮膚の老化や病気の仕組みの解明に加え、傷の治癒や傷あとの形成、線維化など、コラーゲンが関連するさまざまな組織の構造変化の研究への応用が期待されます。
本研究は、広島大学、愛媛大学、九州大学、Max Planck Institute for Intelligent Systems(ドイツ)、Georgia Institute of Technology(米国)、University of Glasgow(英国)などに所属する研究者との共同研究として実施しました。
本研究成果は、国際学術雑誌「ACS Nano」に7月16日(木)13時(日本時間)に掲載されました。
動物や人の皮膚などの組織の分子レベルから組織レベルまでの構造は、老化、再生、修復などに非常に重要です。これまで皮膚などの組織構造は再生医療や発生生物学分野で研究されてきました。一方、生き物はアミノ酸や糖などのキラルな分子を選択的に利用していることが知られているため、キラル構造を定量化できる分光学や構造有機化学からのアプローチも重要です。
対象とした皮膚の真皮(*3)は、皮膚の深部に位置し、皮膚全体の強度や弾性を支える組織です。真皮の性質は、主成分であるコラーゲンに起因します。まず、コラーゲンはアミノ酸から成るため分子レベルのキラリティ(*4)を持ちます。さらに、コラーゲンは、三重らせん構造、線維束、線維ネットワークへと階層的な構造を形成します。
従来、皮膚やコラーゲン組織の構造変化は、線維の密度、太さ、配向、ネットワークの乱れといった顕微鏡で観察できる形態変化を中心に評価されてきました。一方で、こうした形態変化が明確に現れる前に、超分子キラリティ(*5)がどのように変化するのかは十分に明らかではありませんでした。
そこで本研究では、ヒト真皮コラーゲンを対象に、超分子キラリティと線維ネットワーク構造を同一試料内で相関的に評価することを目指しました。
本研究では、成人女性由来のヒト腹部皮膚試料を用い、同一試料内でコラーゲンの量、線維構造、超分子キラリティを多角的に解析しました。SHG(*6)/共焦点レーザー顕微鏡法によりコラーゲン線維の配向やネットワーク構造を評価し、SR-VUVCD(*7)およびMultiD-QCL-VCD(*8)により、コラーゲンの超分子キラリティを調べました。
SR-VUVCD測定では、コラーゲン三重らせんに由来する円二色性信号の強度や形状が、試料内の領域によって異なることが確認されました。また、MultiD-QCL-VCD測定では、赤外吸収から見たコラーゲン量が比較的保たれている領域でも、VCD信号が低下または変化している領域が確認されました。これは、コラーゲンが存在していても、超分子キラリティを反映する円二色性信号が低下または変化している可能性を示すものです。さらに、SHG/共焦点レーザー顕微鏡法(*9)による解析では、コラーゲン線維の配向やネットワーク構造の不均一性が確認されました。これらの結果を統合することで、コラーゲンの構造変化を、線維密度や形態だけでなく、超分子キラリティ、線維配向、線維間の連結性の変化として捉えることが可能になりました。
本研究は、限られたヒト皮膚試料を用いた原理実証研究であり、皮膚老化そのものを統計的に結論づけるものではありません。一方で、超分子キラリティを反映する円二色性が、従来の線維密度や形態観察だけでは捉えにくい初期構造変化の指標となる可能性を示しました。
今後の研究では、より多くのヒト試料や異なる皮膚部位を対象に、超分子キラリティを反映する円二色性が、真皮コラーゲンの構造変化に先立つ一般的な指標となり得るかを検証する必要があります。また、本研究で示した解析枠組みは、皮膚だけでなく、創傷治癒、瘢痕形成、線維化、結合組織のリモデリングなど、コラーゲンが関与するさまざまな生体組織の構造変化の理解にも応用できる可能性があります。
将来的には、コラーゲンを単なる構造的な足場としてではなく、超分子キラリティから線維ネットワークまでが連結した階層的な生体材料として捉えることで、コラーゲンベースの生体材料や人工組織の設計にも新たな指針を与えることが期待されます。
図1:本研究で用いた多角的解析の概要
ヒト皮膚試料を用い、MultiD-QCL-VCD、SHG/共焦点レーザー顕微鏡法、SR-VUVCDを組み合わせることで、コラーゲンの線維構造、密度、超分子キラリティを同一試料内で評価した。
(*1) コラーゲン:皮膚や骨、腱などに多く含まれるたんぱく質。皮膚のハリや弾力を保つ役割がある。
(*2) WPI-SKCM²:広島大学 持続可能性に寄与するキラルノット超物質国際研究所(International Institute for Sustainability with Knotted Chiral Meta Matter)。令和4年度文部科学省「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」に採択され設立。結び目やキラリティを持つ物質・構造に着目し、生命・材料・数理などを横断して研究を進める国際研究拠点。
(*3) 真皮(しんぴ):皮膚の表面(表皮)の下にある組織で、コラーゲンを多く含み、皮膚の強さや弾力を支えている。
(*4) キラリティ:キラリティとは、左手と右手のように、鏡に映した形と元の形を重ね合わせることができない性質。例えば、左手を鏡に映すと右手と同じ形になる。
(*5) 超分子キラリティ:単一の分子ではなく、複数の分子が集合してできる構造に現れるキラルな秩序を指す。本研究では、コラーゲン分子が集合して線維やネットワークを形成した際の、キラルな構造秩序に着目した。
(*6) SHG:第二高調波発生。コラーゲン線維のような規則的な構造を、無染色で観察する非線形光学法。
(*7) SR-VUVCD:放射光真空紫外円二色性分光法。真空紫外領域の円二色性を、試料上の位置ごとに測定することで、無染色でコラーゲン三重らせん構造や超分子キラリティを高感度に評価した。
(*8) MultiD-QCL-VCD:量子カスケードレーザーを用いた多次元振動円二色性分光法。赤外領域のうち、主にコラーゲンのアミドⅠ帯(1650cm⁻¹周辺)に由来するシグナルを試料上でマッピング測定することで、無染色でコラーゲンの分子構造や超分子キラリティを空間的に評価した。
(*9) 共焦点レーザー顕微鏡法:試料水平方向への回折限界を超える高い解像度と、深さ方向への空間分解能を兼ね備えたイメージング手法。コラーゲン線維の分布、配向、ネットワーク構造の解析に用いた。
掲載雑誌名:ACS Nano(アメリカ化学会)
掲載日:2026年7月16日(木)13時(日本時間)
論文タイトル:Correlative Multimodal Framework Reveals Supramolecular Chirality Loss Preceding Fibrillar Rarefaction in Dermal Collagen
著者:Ali Haider, Yusuke Kochi, Andrew K. Schulz, Kuya Aoyama, Aiko Sada, Hisako Sato, Elisabetta Matsumoto, Malcolm Kadodwala, Koichi Matsuo, Katsuya Inoue
DOI:10.1021/acsnano.6c06602
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掲載日 : 2026年08月07日
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