• ホームHome
  • 【研究成果】脳をつくる細胞を増やすヒト特有のRNAの働きが明らかに ~てんかん発症の仕組み解明につながる可能性~

【研究成果】脳をつくる細胞を増やすヒト特有のRNAの働きが明らかに ~てんかん発症の仕組み解明につながる可能性~

本研究成果のポイント

  • ヒト特有のRNA「pancEFHC1」(※1)がてんかん関連遺伝子EFHC1(※2)の働きを活性化して神経幹細胞(※3)の増殖を支えていることを発見し、てんかんの原因解明や新たな治療法開発につながる可能性を示した。

概要

 動物では再現が難しいヒトのてんかんの仕組みを解明するため、西田壮汰大学院生(研究当時 統合生命科学研究科博士課程前期2年)と大学院統合生命科学研究科 今村拓也教授らは、タンパク質を作らずに働く「ノンコーディングRNA(ncRNA)」(※4)に着目した。本研究では、ヒト特有のncRNA「pancEFHC1」が、てんかん関連遺伝子EFHC1の働きを活性化することを発見すると共に、EFHC1が神経幹細胞で細胞内ストレスや炎症を抑えながら増殖を促進していることを明らかにした。これらの結果から、ノンコーディングRNAやEFHC1の働きが低下すると神経幹細胞の増殖が低下することが分かり、てんかん発症との関連が示唆された。

今回の成果は、ヒト特有のRNAが脳の発達や疾患に関わる仕組みを明らかにしたもので、てんかんの原因解明や新たな治療法の開発への貢献が期待される。
 本研究成果は、2026年8月21日に国際学術誌「Stem Cell Reports」に掲載されました。 

論文情報

論文タイトル:A human-specific non-coding RNA for EFHC1, an epilepsy-associated gene, regulates neural stem cell proliferation for cortical development
雑誌名:Stem Cell Reports
掲載日:8月21日
著者:Sota NISHIDA, Boyang AN, Hayato UCHIDA, Shota ZENNO, Takumi NOJIMA, Arisa MAKIMURA, Fumihiro MORISHITA, Mizuki HONDA, Takuya IMAMURA* 
Stem Cell Rep, 21:103049 (2026)
DOI:10.1016/j.stemcr.2026.103049

背景

 小児期に発症する脳発達障害や精神疾患の理解は、国民の健康と生活の質に大きな影響を与える社会的課題であり、その発症機序の理解に立脚した治療法の確立が強く求められている。てんかんは、異常で過剰な神経活動によって引き起こされる反復性の脳疾患であり、世界では6,500万人、日本では約100万人が患っているとされる。なかでも、全てんかんの5-10%を占めているとされるJuvenile Myoclonic Epilepsy (JME)(※5)は、主に思春期頃に発症し、ミオクロニー発作、強直間代発作、欠神発作といった症状が見られるが、ヒトと同様にJMEを発症する動物としては、イヌでの報告が散見される程度であり、その他の動物においては発症報告が殆どない。即ち、JMEを含むてんかんはヒト特有の疾患であり、その発症にはヒトの発達期に特異的な分子メカニズムが広く関与することが想定できる。発達期からの種差を構成する素子の情報を機能同定して整備することで実験研究の基盤とし、また、これを還元することで、ヒト疾患治療に資する新たな動物モデルの開発・高度化が律速すると考えられる。

研究成果の内容

 遺伝子のスイッチを制御しうるncRNAは、遺伝子とは異なり、タンパク質をコードする必要がないため、種間多様度が高い。このことに着目し、我々は、ヒトと他の霊長類、あるいは実験動物として用いられるマウスとを比較することで、動物種特異的な現象を同定する研究を推進してきた(参考資料1)。今回は、ヒトとマウスとの比較から、プロモーターと呼ばれる遺伝子のスイッチを担うゲノム領域に進化的に獲得され、EFHC1(EF-hand domain-containing 1)遺伝子を制御するヒト特異的ncRNAとして、pancEFHC1(promoter-associated ncRNA for EFHC1)を発見した。EFHC1遺伝子に変異をきたすとJMEとなるケースがよく認められており、てんかんの主要な原因遺伝子の一つとしてよく知られている。
 本研究ではまず、このヒト特異的ncRNA獲得によりEFHC1遺伝子はヒト神経幹細胞で高発現するようになったことを明らかにした。一方、マウスの神経幹細胞ではncRNAが存在しないことで同じ遺伝子の発現が1/5以下に抑えられていた。ヒト神経幹細胞においては、pancEFHC1-EFHC1のセットが機能しなくなると(マウス化)、小胞体(※6)と呼ばれる細胞内小器官にてストレスが引き起こされること、また細胞内の炎症シグナルとして知られるp38MAPキナーゼシグナルが流れてしまうことが明らかとなった。さらに、EFHC1の遺伝子発現をマウス化した状態の細胞に、小胞体ストレス緩和剤やp38MAPキナーゼシグナル阻害剤を添加することで、元のヒト神経幹細胞の状態を回復することにも成功した。
 以上より、ヒト特異的pancEFHC1はEFHC1遺伝子のスイッチONに機能することで、ヒトに特徴的な神経幹細胞の継続的増殖を担っており、このメカニズムが破綻することでヒト疾患発症にも関与する可能性が浮かび上がってきた(図)。また、このメカニズムを標的とした治療の実現可能性を提示することができた。

図:本研究のまとめ。ヒトの進化の過程で獲得したpancEFHC1は、神経幹細胞においてEFHC1遺伝子を狙い撃ちにして活性化し、これにより、細胞内ストレスがおこりにくくしている。一方で、この分子を失うと、神経幹細胞の増殖が低下し、病態発症を引き起こしうる。

今後の展開

 従来の生命科学は生き物の共通性に注目し、動物種を超えて保存されていることが機能的に重要と捉えることで、さまざまなモデル動物を活用した理解が進んできた。
 本研究では、この既存の概念から脱却し、数多の動物種特異的ncRNAがどのように表現型多型をもたらしたのかを解明できたのではないか、と考えている。このような取り組み例を増やしていくことは、特にヒト脳機能の解明に向けて、その複雑性と高寿命性を獲得した生命アルゴリズムの実体を明らかにすることにもつながる。さらに、獲得したばかりのRNAネットワーク進化が内包する脆弱性に着目し、その機能解明を通して、超高齢化社会における脳疾患の原因究明や、是正を指向した次世代医療の基盤創出を目指すことができると考えている。特に、今回発見したpancEFHC1以外にも多数のpancRNAが存在していることを発見していることから、これらの機能解明が重要である。
 また今後は、本研究で明らかになったpancEFHC1とEFHC1の仕組みを活用し、てんかんなどの脳疾患に対する新たな治療候補薬の探索を進めるため、病気の状態を再現できる研究モデルの開発を行う予定である。具体的には、①ゲノム編集技術を用いて、てんかんの発症に関わる脳の領域をヒトに近い状態へ改変したモデルマウスの開発②ヒトiPS細胞から作製した脳オルガノイド(ミニブレイン)(※7)を用いた病態モデルの構築の2つのアプローチを進める。これにより、ヒトの脳に近い環境で病気の仕組みを詳しく調べるとともに、新たな治療候補薬の評価や探索につなげることが期待される。

参考資料

1. 広島大学プレスリリース
【研究成果】ボノボ(大型類人猿)とテナガザル(小型類人猿)のiPS細胞と₋脚腕の元になる細胞の作製に成功 —霊長類発生進化学・生物多様性保全・動物園獣医学の統合推進に貢献 —(2026年2月20日:https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/95883)

用語解説

※1 pancEFHC1:本研究で注目したヒト特有のノンコーディングRNA。てんかん関連遺伝子EFHC1の働きを活性化し、神経幹細胞の増殖を支える役割を持つ。

※2 EFHC1:若年性ミオクロニーてんかん(JME)の原因遺伝子の一つとして知られる遺伝子。本研究では、脳のもととなる神経幹細胞の増殖を支える働きがあることが示された。

※3 神経幹細胞:脳や神経をつくる細胞のもとになる細胞。増殖しながら、将来さまざまな神経系細胞へと分化する。

※4 ノンコーディングRNA(ncRNA):タンパク質を作らず、RNAのまま働く分子。遺伝子の働きを調節するなど、さまざまな役割を持つ。

※5 若年性ミオクロニーてんかん(JME):主に思春期頃に発症するてんかんの一種。全てんかん患者の約5-10%を占め、手足が急にピクッと動く発作などが特徴とされる。

※6 小胞体:細胞の中にある構造の一つで、タンパク質の合成や品質管理を担う。機能が低下すると細胞にストレスが生じる。

※7 脳オルガノイド(ミニブレイン):iPS細胞などから人工的に作製した小さな脳組織。病気の仕組みの解明や薬の評価に利用される。

【お問い合わせ先】

■研究に関するお問い合わせ先
広島大学大学院統合生命科学研究科
教授 今村 拓也
TEL:082-424-7438
E-mail:timamura*hiroshima-u.ac.jp

■報道に関するお問い合わせ先
広島大学 広報グループ
TEL:082-424-4383
E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp
 

(*は半角@に置き換えてください)


up