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研究井戸端トーク#7 開催記録

研究井戸端トーク#7『「食べる」を考える』を開催しました

<日時>  2024年 2月 2日(金) 16:30~18:00
<場所>  広島大学ミライクリエ1F多目的スペース&オンライン(Zoom)ハイブリッド開催
<参加者> 約30名(大学教職員、大学院生、企業など)
<プログラム>
 話題提供者からの短い話題提供後、自由な対話
 司会:
  上野 聡 教授(広島大学大学院統合生命科学研究科、食品物理学)
 話題提供者:
  冨永 美穂子 准教授(広島大学大学院人間社会科学研究科、食生活学)
  田原 優 准教授(広島大学大学院医系科学研究科(医)、時間健康科学)
  石田 卓也 助教(広島大学大学院先進理工系科学研究科、農学・環境学)
<主催>広島大学 未来共創科学研究本部 研究戦略部 研究戦略推進部門(研究井戸端トーク担当)

研究者がざっくばらんに語る「研究井戸端トーク」。自由な雰囲気も好評で、2024年2月には7回目の開催を迎えました。今回のテーマは「『食べる』を考える」。食に関する研究に取り組む3人のスピーカーが、それぞれの視点で話題提供を行います。マイクを握るのは食生活学の冨永美穂子先生、時間健康科学の田原優先生、農学・環境学の石田卓也先生。司会は食品物理学を専門とする上野聡先生が務めました。「分子調理」「時間栄養学」「リン循環」などのトピックに、会場からもオンラインからも次々と質問が飛びました。参加者の知的好奇心を強く刺激したイベントをレポートします。

登壇者の先生方

熱心に聞く会場参加者

冨永美穂子准教授からの話題提供

分子調理の知見で、曖昧な「ヒト側のおいしさ」を科学的に数値化したい

トップバッターとなる冨永先生の話は「食いしん坊で日本酒が大好きです」という自己紹介からスタート。独立行政法人酒類総合研究所や長崎県立大学で研究をする中で、「分子調理」の分野にも出合ったと言います。これは物理や化学の原理に基づき、分子レベルの科学技術的アプローチで、新たな料理や調理技術の開発を目指すもの。物理学者と料理人のタッグによる「分子ガストロノミー」を発端に注目されています。このジャンルに興味を持ってインターネットで検索したとき、上位に表示される「分子調理研究会」のウェブサイト も、実は冨永先生も立ち上げにかかわっているそうです。

冨永先生は分子調理の基本技術として、食材や料理を「シート状」「泡状」「球状」にするなどの方法を挙げました。例えば、野菜の漬物を粉砕し、そこに熱ゲル化性の性質による加熱調理時の型崩れ防止作用をもつメチルセルロースを加えて、100~110℃程度のオーブンで1時間ぐらい焼成すると「漬物シート」ができます。また、「泡状」にするには食材(液状のものが多い)を専用ボトルに入れ、ゲル化剤とCO2 やN2O(亜酸化窒素)といったガスを注入。振って冷やしたり温めたりしたのちに、圧力をかけてムース状となった食材を絞り出します。こうしてできる「エスプーマ」は、かき氷やラーメンのスープにも取り入れられています。そしてアルギン酸ナトリウム溶液を乳酸カルシウム溶液に滴下することで、外膜がゲル化してできるのが「球状」調理。冨永先生は「分子キャビア」と説明しますが、身近なところでは人工いくらもこの技術を使った食材です。教え子には卒業研究で「めんつゆキャビア」に取り組んだ学生もいるそうで、聞いているだけでワクワクします。

しかし冨永先生が今向き合っているのは、この楽しい技術だけではない、客観化できないといわれる「おいしさの個人差」を、科学的見地から数値化しようという難題です。食品や料理のおいしさには主に二つの側面があります。一つは「食品側のおいしさ」で、アミノ酸や核酸、糖の組成、香気成分などがこれに当たります。もう一つは「ヒト側のおいしさ」で、難しいのはこちら。「食品側のおいしさ」では高得点となるプロの作ったコンソメスープが、「ヒト側」でも一番おいしいものとは限らないのです。「ヒト側のおいしさ」はこれまで官能評価で測られてきましたが、それだけでは客観的指標になりにくく、性格特性、嗜好タイプ、さらには脳波などを含めて検討する必要があるのではと言います。「個人差と言われればそれまでで困難なのですが…」としつつも、だからこそ「そこを何とか攻めていきたいと思っています」と熱く語る冨永先生でした。
 

田原優准教授からの話題提供

毎日の何気ない食事も、時間を意識すれば効果がアップする「時間栄養学」

私たちの体内時計は24時間より少し長くできているので、朝日を浴びたり規則的な食事を取ったりして日々整える必要があります。このとき大切なのが、田原優先生が会場に示した「いつ、何をたべるかの栄養学」の考え方。公衆衛生学の観点から「時間栄養学」の研究を続ける田原先生は、食事の内容だけでなく「いつ食べるか」が健康に関わっていると説明します。例えば、体内時計を整えるインスリン機能を高めるには、魚に含まれるDHAやEPA、野菜や海藻の食物繊維などをとるのが効果的。こう聞くと、洋食バイキングよりも和定食などのほうがよさそうだと想像できます。実際、朝食にパンを食べる人に比べ、ご飯派の人のほうが朝型だというデータもあるそうです。ほかにもこんな面白い研究が。

「高齢者は1日に20グラムのたんぱく質を摂取すると、筋合成の効率を最大にできるとされています。しかし多くの日本人は夕食のボリュームが多いので、朝は足りず夜は摂り過ぎている。これを均せば1日を通して筋合成を高められるのではないか。何気ない食べ方を変えるだけで、サルコペニア(※)の予防にもつながるかもしれません」こうした例にも疫学データのエビデンスがあり、握力の強い人は、朝にたんぱく質を多くとる傾向があるとのこと。田原先生は会場に「みなさんは時間を意識して食を楽しんでいますか?」と問いかけました。

また、未来の食事がどうなっていくかという問題提起と共に、田原先生が自身の課題として挙げたことがあります。それは時間栄養学の概念をもっと広めて、一人ひとりが活用できるようにすること。その一環として、コンビニ最大手のセブン-イレブンと一緒に「サイクルミー」シリーズにも取り組んでいます。パッケージには7時、3時、10時を指す時計のイラストが描かれていて、朝にはたんぱく質、夜には睡眠の質を上げるL-テアニンなど、時間に応じた栄養素を含むドリンクやチョコレートなどが展開されています。しかしここに立ちはだかる「課題」が。

「パッケージの時計のマークは『なんちゃって』というか――購入する人は、何時に食べてねというメッセージにあまり気づいていないと思います」それは薬機法の制限で、薬ではない食べ物について、摂取すべき時間をうたうことができないから。こうした状況を変えるには、国民一人ひとりの意識向上が欠かせません。人気のダイエットアプリ「あすけん」との共同研究も行う田原先生は、「スマートウォッチやアプリで個人が健康状態をモニターできるようになったことは、行動変容の大きなきっかけになるはず」と期待を寄せます。

※加齢や疾患などで筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下すること
 

石田卓也助教からの話題提供

食べ続けるためにはリサイクルも欠かせない、賢く正しい「リン循環」

石田卓也先生の研究分野はリンの循環。日本だけでなく、ラオスなど世界のフィールドで水や土を採取し、そこに含まれる栄養分を調べています。地球温暖化などが取りざたされる今、社会は炭素循環に大きな関心を寄せています。しかし石田先生は、「私たちが食べ続けるためには、リンの循環も非常に重要」だと提起します。

リンは化学肥料の主成分として使われている栄養元素です。なぜ主成分たり得るかというと、リンは窒素と共に生物にとって最も不足しやすい栄養元素であり、これをどれだけ利用できるかが生長に大きく関わっているからです。私たちは農地にリンを与えることで作物の生産量を増加させ、人口増加にも対応してきました。世界の自然生態圏では、中緯度から低緯度地域で土壌の粘土率が高いほど土地に含まれる植物に利用できるリンが少なく、日本もリン資源が取れない国に含まれます。多くのリンは鉱石の採掘によって供給されており、とくに西サハラやモロッコに偏在しているとのこと。石田先生は地図と共に説明しますが、これはつまり、輸出国の戦略次第では、日本のような国の農業にリンが使えなくなるおそれもあるということです。

続いて石田先生が示した「リン循環のかく乱が起こす環境問題」はかなり深刻です。河川や海、湖に流出したリンは水中の栄養素が急激に改善される人為的富栄養化を起こして赤潮や青潮の原因になり、生態系を破壊します。「リンの化学肥料は、かなり賢く使わなくちゃいけないもの」と石田先生は指摘しますが、その矛先が向いたのは――。

「冒頭で話したラオスなどは、もともと土壌にほとんどリンがない国。化学肥料も潤沢ではない中、何とか稲作をしている状況です。一方、日本は世界で最もぜいたくにリンを使って農業をしている国なのです」
休耕田を含む日本の農地土壌には、長きにわたって散布されたリンが蓄積しています。そしてそのリンが、土壌からさらに地下水へ溶出しているらしいこともわかってきました。みかんやレモンなどを栽培する果樹園で地下水の調査をした際には、石田先生も驚くほどの高いリン濃度を示したそうです。

私たちが今後も食べ続けるためには、輸入の依存度を下げ、リサイクルを達成する必要があると説明する石田先生。なすべき策として次の三つを挙げました。「農地へのリンを土壌栄養状態に合わせて制御する」「蓄積しているリンの利用効率を上げる」「廃棄されるリンや環境中のリンを回収・再利用する」。これらの対策には、グローバルな視点はもちろん、国ごとの違いを考慮したローカルな視点も欠かせません。
 

参加者も含む自由な対話

それぞれの先生の研究分野について話を聞いたあとは、会場とオンラインでの参加者からの質問タイムに。会場を盛り上げたいくつかの質問と回答を紹介します。

冨永先生への質問

――球体やシートの食品は宇宙食になる可能性がありますか?

冨永:できるかもしれませんが、私自身としてはあまり考えたことがありません。エスプーマなどは介護食への応用のほうが多くなされていますね。でもシート状にすると薄くなるので、宇宙へ行くときの持ち運びにはいいかもしれません。

――ヒトが感じるおいしさの変数って無限大ではないかと思います。どうやって研究のターゲットを絞るのでしょうか?

冨永:昔は単に官能評価でおいしさを決めていました。しかし今は、出身地、年代、男女差などの個人属性や個人特性も含めて、何か傾向が出てこないかなと考えています。タイプ分けもできればしたいのですが、手伝ってくれる院生やポスドクがいなくて苦労しています(笑)。

――では「絞る」というより、探索的に調べていくということでしょうか。

冨永:大きく捉えながら詰めていく、という感じでしょうか。嗜好タイプなども注目されそうですが、やはりそこには年代の影響などもあると思うので、調査を進めて数値化していきたいと考えています。

――分子調理には3Dプリンタの応用も可能ですか?

冨永:昨年度の学会でも3Dプリンタを用いた発表があり、注目を集めているところです。ただそちらは工学の専門分野になるので、こちらからはおいしさについてアプローチとしつつ、一緒に研究できたらいいなと思っています。
 

田原先生への質問

――私は「あすけん」アプリを使っているのですが、共同研究をされていて何か感じることはありますか?

田原:利用者の95%が痩せたい人です。その中で私たちは、時間的要素によって痩せる人を探しているわけです。早起きする人はやはり健康的だとか、朝型の人ほどカリウムを多く摂っていることなどもわかっています。ちなみに日本人は塩分摂取量が多いのに寿命が長いのは、このカリウムのおかげではないかという見方もあります。
また、「あすけん」には妊婦さん向けのコースも作られています。これには日本の妊婦さんが痩せていることを何とかしなければ、という狙いがあります。推奨されている量を食べていないのではないかと予想されていますが、そうしたデータも収集できるので、いろいろな役割があるなと感じています。

――時間栄養学の理論は、どの生き物も同じ傾向で適用できるのでしょうか。

田原:体内時計と一口にいっても、私たちにはいろいろな時計があります。心臓は休まず拍動しているし、体温なら20分ごとに上下している。私が研究している24時間の時計についていえば、例えば夜行性と昼行性についてもよくわかっていないのです。ネズミは夜行性ですが、しかし冬になると昼間にも結構動くようになります。このとき脳内で何が起きているのかは不明です。つまり、どの生き物も同じかどうかはわかっていません。

――約50年前は「一律で油は身体に悪い」と信じられていましたが、今はそうではなくなりました。食品に関する知識が更新され続けていますが、何を信じたらいいですか?

田原:これは難しい問題ですね。「ヘルスリテラシー」という言葉もありますが、公衆衛生学ではよく話題になることです。研究者の立場なら「しっかり論文を読んで」と言うところですが(笑)、一般の方に関して言えば、おそらく国が発表しているガイドラインなどはある程度信じることができると思います。エビデンスのしっかりした論文がもとになっているはずだからです。
 

石田先生への質問

――食べ物にはリンが多く含まれるものもあるイメージですが、なぜ土壌には少ないのですか?

石田:土壌のリンの含有量は、大地(岩石)の風化度合いによって異なります。日本は火山活動でできた比較的新しい土壌ですが、ラオスなど東南アジアの一部の土壌は古くて風化がより進んでおり、熱帯で雨も多いのでリンが流れ出ているのです。食べ物に含まれるリンは、例えばキャベツなら土壌からこれぐらいの量を吸収するという上限がだいたい決まっています。加工食品に含まれるリンについては、添加物である可能性もあると思います。

――古代の植物や動物は、リンが豊富にあったから大きくなったのでしょうか?

石田:斬新な質問をありがとうございます、それは考えたことがなかったですね(笑)。確かに昔のほうが、新鮮な岩石は多かったと思います。しかしそれによって恐竜が大きくなれたかどうかはそれこそビッグな謎です。ただ一つ言えるのは、リンがあろうがなかろうが、まずDNAが規定するような身体の構成を超えられないのは確実かなと思います。

――なぜ日本はリンの使用効率が悪いのでしょう? 土地が大食いなのか、それとも流出してしまう部分が大きいのでしょうか? また、リンを効率的に利用できるよう、作物の遺伝子を組み換えることはできるでしょうか。

石田:土壌に含まれるリンの大半は作物にとって利用しにくい形なのですが、この形に合わせて植物のほうを改善するなど、遺伝子組み換えの観点での研究もすでに行われています。あるいはリンを植物が利用しやすい形に変えてくれる微生物をまくという方法も議論されています。
日本の土は火山灰の影響を受けていて粘土質が多く、リンを植物が利用しにくい形に変える力が強いという特徴があります。しかし、今は長く土壌にリンを与え過ぎたため、植物が利用しやすい形のままで存在しています。これに気づかずさらに施肥し続けることで、リンが土壌を素通りして川へ流れている、というのが現状だと思います。

――なるほど、よくわかりました。リサイクルが大切とのことですが、回収や再利用はどのようにするのでしょうか?

例えばリンをたくさん吸収する植物を植えて、刈り取って堆肥にするという方法があります。あるいはため池を作ってそこからリンを含む土砂を回収するとか、私たちの排泄物など汚泥からも回収しようとか、さまざまな動きがあります。
 

研究井戸端トークを終えて

おいしさと健康は切っても切れないもの、ぜひ興味を持ち続けて

上野 聡 教授

研究井戸端トークに参加して、まず感じたことは、3名の先生方からの話題提供に関して、先生方は、熱っぽくしっかりと語られていました。この調子に合わせて、聴衆からも多数の質問が寄せられていました。もともと「食」に関心を持っている人ばかり集まったとはいえ、聴衆は、3名の先生方の熱っぽい話題提供に、いわば、その場の雰囲気に「乗せられて」質問していると思いました。やはり話題提供者と聴衆が向かい合って対峙し、ひざ詰めで話し合うというのは良いですね。普段行っている授業では味わえない緊張感と会場の一体感を久しぶりに感じることができました。ただ、さらにもっと聴衆と話題提供者との距離が近ければなお一層盛り上がったのではないかと思います。できれば普段の授業でもこのような緊張感や一体感を感じることができれば良いのだがなあと思ってしまいました。ともかく皆様、本当にご苦労様でした、そしてありがとうございました。

参加者の皆さんと記念撮影... お疲れ様でした!

【お問い合わせ先】
未来共創科学研究本部 研究戦略部 研究戦略推進部門
研究井戸端トーク担当
ura■office.hiroshima-u.ac.jp (■を@に変更してください)


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