田原 優 准教授 インタビュー
2020年度 創発的研究支援事業(JST) 採択者
食事・運動・睡眠と体内時計との関係性を調べ、
オーダーメイドの健康提案を実現したい
食べるタイミングで体内時計を調節する「時間栄養学」
私たちは、時計を見なくても夜になると自然に眠くなり、朝になると目覚めますよね。このように、生き物の体内には1日のリズムを刻む仕組みが備わっています。これを「体内時計」といいます。生き物が健康に過ごすには、この体内時計と現実との時間を一致させることが必要です。たとえば、現代人を悩ます不眠や生活習慣病も、体内時計の乱れと深く関わっていると考えられています。
世界では多くの研究者が体内時計の研究に取り組んでいます。私もそんな一人で、中でも専門にしているのが、食物の摂取タイミングと体内時計との関係を明らかにする「時間栄養学」です。「何を」「どれだけ」食べるかを研究する従来の栄養学に、「いつ」食べるかを追加した学問です。これまで私は食事のタイミングによって体内時計がどう変化するのか、主にマウスを使って研究してきました。最近は人を対象にした研究もはじめており、日常生活への応用を考えるフェーズに入っています。
「時間健康科学」でオーダーメイドの健康提案を
体内時計を調節するのは、食事だけではありません。現在、取り組んでいる研究では、「食事」に加えて「睡眠」「運動」の視点も取り入れこれら3つが体内時計に与える影響を総合的に解明しようとしています。得られた知見を元に、人々に対してより良い生活習慣を提案するのが目標です。私たちは、この分野を「時間健康科学」と名付けました。今回は、この研究が創発的研究支援事業(JST)に採択されました。
研究では、最初に企業に協力してもらい、人の食事・睡眠・運動に関するデータを大量に収集します。それから、データサイエンスを活用してこのビッグデータを解析し、健康に関わる面白い現象を探します。「こういった食べ方・行動をする人は痩せやすい」などですね。その後は、発見した現象を元に、より適切な食べ方や行動を検討したり、動物実験で現象のメカニズムを再度調べたりします。この各ステップを回しながら、体内時計を正常にする生活習慣を探究し、その知見を協力企業と共有して、人々への健康提案につなげるのです。
ただし、体内時計には個人差があるため、全ての人に適した生活習慣というものはありません。そこで私たちは、各人に最適化したオーダーメイドの健康提案を目指しています。
さらに、最近は研究成果の社会実装も積極的に進めています。食品会社と協力して時間栄養学を取り入れた食品や飲料などの開発を進めています。今後は、健康管理アプリの開発や、ヘルステック分野への応用などにも取り組みたいですね。
機能性食品成分探索用の細胞を培養している様子
基礎と臨床をつなぐ研究者として、現場に寄り添った研究がしたい
今でこそ人を対象とした研究を重視している私ですが、以前は動物実験にしか取り組んでいませんでした。動物から人に視点を移すきっかけとなったのは、米国留学中のとある出来事です。
当時、私はハンチントン病と呼ばれる神経変性疾患の研究をしていました。ハンチントン病のマウスにいつ食事を与えれば体内時計が整い、ハンチントン病の症状の進行を予防できるのか調べていました。研究の結果、夜の絶食時間を毎日確保すればよいことが分かったため、ハンチントン病患者さんにもこの治療法を使ってほしいと掛け合いました。しかし、ハンチントン病が発症すると非常に痩せてしまい、食べない時間を作る食事療法などとても無理でした。そのとき、臨床現場を全く知らずに研究していたと気づいたのです。
今は、広島大学医学部の先生方から患者さんの治療事例を聞く機会も豊富にあり、人への応用を見据えた研究ができています。実際の治療には、社会学や心理学などがからむことも分かりました。これらの知識を活かし、基礎と臨床の両方が分かる研究者として、現場に寄り添った研究を続けたいと思います。
田原先生とともに研究に取り組む医系科学研究科公衆衛生学のメンバー
時間を何気なく意識できる社会をつくる
臨床現場を見ると、人の生活習慣を変えるのは難しいと感じます。健康管理アプリを導入したとしても、データ入力が面倒で飽きる人も多いでしょう。将来的には、「健康データをさりげなく測定して、無理なく行動変化を促す仕組み」が必要だと思います。例えば、座ると自動で体重を測定してくれる椅子や、のぞき込むと体調に応じてアドバイスをくれる鏡などですね。住環境に仕組みを組み込むため、住宅メーカーとの共同研究も必要です。
また、2022年4月に広島大学に来てから他分野とのつながりが増えたので、今後は睡眠や運動、情報など、さまざまな分野の先生方とチームを組みたいですね。基礎・応用・臨床を横断しながら体内時計の研究を進め、時間を何気なく意識できる社会をつくり、人々の健康や幸福に貢献できたらと思っています。