第13回 木村 昭夫 准教授 (大学院理学研究科)

定説を覆した現象を発見 -電子のスピンが直立する-

木村昭夫准教授

大学院理学研究科 物理科学専攻 木村 昭夫(きむら あきお)准教授

に聞きました。 (2009.3.19 学長室広報グループ )

研究の概要

木村准教授の専門は、固体物理学です。その中でも特にライフワークであると言うほど、研究の中心は「光電子分光」です。電子と光の性質を利用した光電子分光の実験では、いろいろな固体中の電子の状態を知ることができます。この光電子分光の実験には本学の放射光科学研究センターを利用しています。放射光科学研究センターでは、ナノスケール(1ナノメートル=1/10億メートル)で物質創設・観察・評価を行えるさまざまな装置が稼働しています。この放射光を利用した光電子分光実験により、物質のサイズを原子単位まで小さくして電子の状態を調べ、原子単位の構成の解明に迫っています。

※木村准教授は、千葉大学大学院融合科学研究科の坂本一之准教授、金沢大学理工学研究域の小田竜樹准教授との共同研究で、スピントロニクスに技術革新を起こす半導体の電子スピンの現象を世界で初めて観測しました。この研究成果は、米科学誌「Physical Review Letters」(2009.3.6発行)に掲載されました。

 
光電子分光により物質中の電子の動きを解明したい

物質の形態は、固体、液体、気体のいずれかですが、この物質をどんどん小さくしていくと「原子」という単位になります。原子は、中心にある原子核とその周りを回っている電子で構成されています。
固体に光(あるエネルギーを持った光)を照射すると、その光のエネルギーをもらって固体中の電子が飛び出します。これが「光電効果」です。「この飛び出した電子(光電子)の個数をそのエネルギーの関数として測定することが光電子分光です。これによって物質中の電子の状態を知ることが可能となります。光電子分光は、身近なところでは、元素分析(例えば、鉄がどれだけ含まれているか)などに利用しています。未だ解明されていない超伝導の仕組み(なぜ超伝導になるのか)にも迫ることができる」と木村准教授は熱く語ります。
光の種類の中に「真空紫外線」と「軟X線」があります。この2つの特殊な光は、大気に吸収されてしまうため、地球上では得られない光です。木村准教授の研究室では、この身近にはない特殊な光である放射光を利用して、光電子分光の実験を行っています。     放射光科学研究センター内の実験装置。

放射光科学研究センター内の実験装置

放射光科学研究センター内の実験装置。

スピン

原子核の周りを回っている電子は一つの軸を中心にコマが回るように自転しています。これを「電子スピン」といいます。自転には右回りと左回りがありますが、スピン(軸)の方向は上向き・下向き・横向き・斜めといろいろで、通常は外からかける「磁場」によりその方向をコントロールすることができます、と木村准教授は説明します。
固体の結晶の中には、無数の電子が存在しています。磁石では、すべてのスピンの方向が同一の方向を向くことにより強い磁気が発生しています。しかし、非磁性物質では、スピンの方向はばらばらで全体として磁気を発生しません。

 

対称性の破れ

固体では、規則正しく3次元的に原子が並んでいます。これを物理の用語では「並進対称性をもつ」といいます。
結晶の内部ではそうでも、半分に切断した時の切り口の表面では何が起こっているのでしょうか。半分に切断した表面では、結晶の片側がなくなってしまったため、原子配列の規則性がなくなってしまいます。このように結晶では存在していた対称性がなくなることを「対称性が破れる」と呼びます。

「切り取った表面では、原子は2次元的な周期性しか持たないため電子の運動が2次元面内に制限されます。2次元的構造となる表面の電子では、スピンの向きはばらばらです。この状態に面直方向に電位勾配を与えるとスピン偏極電子が生じて、スピンは同じ方向を指します。しかも磁性体物質のみでなく非磁性体物質であってもスピン偏極が起こります。これが「ラシュバ効果」と呼ばれるものです」と木村准教授は説明し、「ここからが今回の発見の内容です」と木村准教授は続けます。

結晶構造模型。この規則正しい構造が縦・横・上・下に続く

結晶構造模型。この規則正しい構造が縦・横・上・下に続く。

切断した結晶の模型。「対称性の破れ」を示す

切断した結晶の模型。「対称性の破れ」を示す。

電子スピンが突然直立した

今回の実験では、半導体デバイスによく使われているシリコン表面にタリウムを吸着させた表面での電子のエネルギーバンド構造とその電子スピンを調べました。
表面での電子の状態を観測する方法として、光電効果を用いた光電子分光による測定実験を行いました。ある波長の光を照射し、放出される電子の個数をその運動エネルギーの関数として測定します。
「今までの実験観測では、左右方向の電子スピンの検出器のみで行うのが通常でしたが、今回の実験では上下方向の検出器も使用してみました。そうすると、今まで観測されたことない「スピンが垂直に起立する」状態が観測できたのです」と木村准教授は目を輝かせて話します。
「スピンが垂直起立する表面構造の条件は、切断表面が特殊な構造を持っていることです。表面の一つの原子を中心に120度づつ回転させても同じ配列構造を持ちます。これを「3回対称性」があるといいます。これが2次元結晶の対称性です。ところが、この方向に沿って鏡を置くと、左右対称ではなくなります。実は、この鏡の対称性を持たないという構造が、スピンが垂直起立する原因である、とこの実験でわかりました」と説明します。

切断面の表面を120度回転させて、3回対称性を説明する木村准教授。

切断面の表面を120度回転させて、3回対称性を説明する木村准教授。

たった一つの電子で情報伝達ができる

「今回の実験結果で観測できた垂直起立のスピンにより、情報伝達効率を飛 躍的に高めることができ、デバイスの高速化・多機能化・低エネルギー消費化を実現することができます。極端にいえば、直立する電子が一つあれば情報伝達で きることになります」と木村准教授は、次世代半導体デバイスへの期待を熱く語ります。

 

磁石は好きですか?

「物理学はおもしろいものです」と木村准教授。
「一 つの現象について、なぜそうなるのかを追求していくことが大切です。研究だけでなく身近な現象についても物理は関係しています。例えば、最近のHDDに 「垂直磁気記録採用」と言ううたい文句の機器がありますが、「なぜ垂直なの?」と身近な物理科学に興味を持って欲しい」と木村准教授は話します。

ゼミ風景

ゼミ風景

研究者や学生と。センター内にて

研究者や学生と。センター内にて。

「広島大学には、放射光科学研究センターがあります。このセンターがキャンパス内にあることで、学生にとっても利用しやすく実験室の感覚で放射光の実験ができます」とセンターを利用して放射光の実験ができる恵まれた環境であると話します。
世界各国の研究者が利用する「HiSOR(広島大学放射光科学研究センター)」で第一線の研究を肌で感じ、自分もその研究に関わっていたことを社会に出て生かして欲しいと、放射光に夢中の学生を激励します。

あとがき

「夜中に実験データが出たりするとエキサイティングです。誰も見ていない現象が見られるんですから。でも見逃すこともあります。だから見逃さないようにすることが非常に重要です。時として本当に辛いこともあります。でも、興味があるからその辛さにも耐えられます」ときっぱり言い切られた言葉に深く感動しました。
取材終了後には、放射光科学研究センター内を案内していただきました。センターの中には大勢の学生さんの姿がありました。夢中で実験機器に向かう「若い研究者」たちの姿が印象的でした。(W)


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