第2回 三浦 道子 教授 (大学院先端物質科学研究科)

広大発、国際標準モデルに。半導体開発のための高い正確性を備えた次世代トランジスタモデルHiSIM-LDMOS

大学院先端物質科学研究科 半導体集積科学専攻 三浦 道子(みうら みちこ)教授

に聞きました。(取材:学長室広報グループ 2008.3.10 )

研究の概要

電化製品の進化は、集積回路の微細化・高速化が可能にしてきました。しかし機能や構造が複雑化するとともに、さらに正確性の高いトランジスタモデル(集積回路を設計するためにトランジスタの動きを推測する数式)が必要になります。
広島大学では、革新的なトランジスタモデルHiSIM(Hiroshima-university STARC IGFET Modelの略)を日本の半導体企業11社から成る半導体理工学研究センター(STARC)と共同開発してきました。2007年12月、これを高耐圧次世代トランジスタLDMOSに応用したものが世界標準化モデルに選定されました。これは産学連携によって生まれた回路設計用トランジスタモデルが世界の舞台で認められた日本初の快挙です。

 

LDMOSの正体がわかった瞬間

これまでなかなかLDMOSの正体が掴めないでいました。想定外の事象が発生する理由が明らかにできなくては、制御することもできず、トランジスタモデルも正しく構築できません。
不可解なトランジスタ動作を測定しシミュレーションを繰り返すなかで、次第にLDMOSの正体が解ってきました。つまり「トランジスタの高耐圧を実現する為に作られた高抵抗部分の非線形性がすべての原因である」ということが分かったのだそうです。それは、正確性の高いトランジスタモデルができると確信された瞬間でもありました。

LDMOSの正体を解明することになったシミュレーションと実測値のグラフ

半導体開発において、日本が得たアドバンテージは大きい

国際標準モデルを日本が獲得したことの意義は、なんといっても産学官の密な連携により、迅速なチェックバックが可能になったこと。またそのテスト結果もすべて自分たちの成果となっていくので、日本の半導体業界が国際競争力を高めていく効果が期待できます。
このことで日本の半導体業界の国際競争力を高め、さらなる低消費電力製品開発の可能性を開きました。

 

産学官の連携なくしては達成し得なかった

かつて携帯電話分野での国際標準モデル化で、日本は世界に大きく出遅れました。また、HiSIMの国際標準モデルへの挑戦は今回が初めてではなく、2005年12月に行われたノーマルMOS FETモデルの標準化では、最終投票で僅差でアメリカと欧州との連合チームの候補に破れた苦い経験があります。
技術的には優れているのに、戦略的な駆け引きで負けてしまった・・・ しかし、その失敗から学んだことは大きかったのです。

日本が国際標準モデルに到達するためには

・ 戦略
・ 言葉(議論できるだけのスキル)
・ 団結

この3つこそが欠かせない要素だと経済産業省の方が語られたそうです。
それを念頭におき、経済産業省・NEDO技術開発機構、(株)半導体理工学研究センターと連携し、まずは戦略を練ることから始められました。
「ひとつの目標に向かって団結し協力することで、一大学の一組織では解決し得ない力を持つことができましたし、海外の組織に向けて堂々と議論できるようにもなりました。HiSIMモデルの正確性に加え、チームとして力を発揮できたことが国際標準モデル化の原動力だったと思います」。

 

研究と戦略 世界で活躍できる人材を育てる

三浦教授は、大学の一番重要な義務は次世代を担っていく人材育成だと考えられています。
「これからは、いろいろなことがグローバルな協議によって決定されていく時代になっていくと思われます。これを支え、リードしていく力をもつ人材を育てていきたいと考えています。そのためには「井の中の蛙」になってしまってはだめで、広い世界を見てほしい。学生たちにも数ヶ月単位で海外の大学などで勉強する機会を提供しています。STARCとの共同研究も大きな刺激となっているようです。これからもしっかり議論でき、自らの考えをはっきり持ち、正しいと思うことを先導する力を持つ学生の育成に力を尽くしたいと思っています」。

研究室の学生たちと一緒に

あとがき

日本ではじめて「世界標準化モデル」に選定されるという快挙を成し遂げられたその大きな要因のひとつは、三浦先生の、人をとても大切にされる姿勢にあるのでははないかと感じました。
研究には長い長い時間を要します。その間、研究室で研究をともにする学生たちを厳しくも優しく指導され、「知性の伝達」をされているのだなあと、学生さんたちとにこやかに話される様子を拝見して思いました。(T)


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