第21回 東 幸仁 准教授(大学院医歯薬学総合研究科)

骨髄細胞移植で、足の切断を回避!―健康なからだは、正常な血管から―

大学院医歯薬学総合研究科 創生医科学専攻 探索医科学講座 東 幸 仁(ひがし ゆきひと)准教授

に聞きました。 (2010.1.4 社会連携・情報政策室 広報グループ)

プロフィール

中学生の頃から昆虫や動物が大好きだった東少年は、高校生になっても、生物や生命科学への興味が尽きることはなく、その魅力にどっぷり嵌っていました。高校2年生のとき、文系か理系かの進路選択を迫られた東少年、生物の先生から、医学部だったら生命についてより深く学ぶことができると聞き、生命科学の道へ進もうと、医学部への進学を決意します。広島大学医学部を卒業。医師国家試験合格後は、循環器内科を目指したいとの思いから、内科を配属先に選びます。2年間の間に内科の4診療科(当時の第一内科、第二内科、第三内科、血液内科)をローテーションでまわる研修を終了後、3年間の民間病院を経て、本学循環器内科(旧第一内科)へ着任。高血圧グループに所属して、一貫して血管と関わることになります。

 

血管内皮機能の研究へ

現在日本には、高血圧患者は約3000万人いるといわれています。食生活の欧米化などにより今後も増加すると予想されます。高血圧の治療には、薬を飲む(降圧薬や高コレステロール薬など)、食事の改善(減塩など)、ダイエットや有酸素運動などによる生活習慣病の改善が有効だと東准教授はいいます。

血管内皮は、テニスコート6面に匹敵する総面積を持ち、総重量は肝臓ほどもある人体最大の内分泌器官なのだそうです。初めて聞く事実に、何だかすごいということは理解できても、実はどういうことを意味するのか良く解らない筆者ですが、この血管内皮に何事かが起こると大変なことになるぞというのは、素人ながら直感で分かります。近年、何らかの要因が血管内皮細胞に障害を引き起こし、さらに動脈硬化を引き起こすことが明らかになってきました。1990年に米国国立衛生研究所(NIH)のパンザ博士が高血圧の患者さんに、血管内皮障害が起こっていることを突き止めます。血管内皮障害の原因のひとつは酸化ストレスです。人で、酸化ストレスが内皮障害、動脈硬化を引き起こすことを2002年、東准教授のグループが初めて証明しました。

東准教授は93年、日本循環器学会でひとつの研究発表と出会います。内皮細胞が、まず血管の機能障害(傷害)を発症させ、さらに進行して動脈硬化を引き起こす。その内皮障害を引き起こす因子である一酸化チッ素「NO」に関する研究発表でした。面白そうだ!と、これを契機に、ますます血管内皮機能の研究にのめり込むことになります。

血管内皮は当初、血液が流れる内腔と血管壁を隔てるバリアのようなものと考えられていましたが、1980年代に入って、内皮がいろいろな物質を産生・分泌していることが明らかになりました。90年、血管を拡張させる役割を果たしている重要な物質の正体が一酸化チッ素(NO)であることも分かりました。90年~95年にかけて関連する大きな発見が相次ぎ、後に、それが代謝されていく過程を見つけた研究者(ムラッド博士)が、98年、前述の発見(血管内皮がいろいろな物質を産生している。その正体はNOである)をした2人の研究者(ファーチゴット博士とイグナロ博士)と「循環器系における情報伝達物質としての一酸化窒素に関する発見」でノーベル生理学・医学賞を共同受賞します。

心筋梗塞などを引き起こさないような生活の質(QOL)の改善を最終的な目標としていた東准教授でしたが、薬物療法やカテーテル法による血管拡張術を行っても症状が改善せず、QOLを向上できない、糖尿病による慢性合併症などで悩む多くの患者さんを診察してきた結果、足で悩む患者さんに行き当たります。90年代後半くらいからは、動脈閉塞、血管内皮が修復できない状態を何とかしたい!と悩むようになります。

合併症で足を切断するケースも

糖尿病などの生活習慣病によって血管が細くなり、末梢血管が詰まる閉塞性動脈硬化症が進むと、指先が壊死します。感染症などの危険が高くなるため、壊死した指だけでなく、足の場合には、健康な血管がある太ももやふくらはぎから切断しなければならないケースがあるといいます。毎年、全国で約1万人(広島県でも250人~300人と推定)の人が、内科的治療も外科的治療も奏功せず、足を切断しておられるのだそうです。

1997年頃から、血管の中をパトロールしながら、傷ができたり、がん細胞を見つけたりすると、まず血管再生が起こり、組織再生を起こす(傷を治す)血管のもとになる細胞(前駆細胞)が、身体の中に存在することが発見されます。
それが正しいのであれば、その細胞を取り出して植え付けることができれば、血管再生が起こり、組織再生が起こるのではと考えた東准教授らのグループは、他大学(関西医科大学、久留米大学、自治医科大学)と連携しながら、本当にそのような細胞があるのか、植え付けたら本当に血管再生が起こるのか、を動物実験(ウサギ)で確認します。

 

自家骨骨髄細胞移植で足の切断を回避できた!

2000年から、関西医科大学でヒトへの臨床応用が始まりました。倫理委員会の承認が遅れた本学病院でも、1年半後の2002年4月、中四国地方初となる治療を開始。

患者本人の骨盤から骨髄液を採取して、血管の基になる骨髄細胞(単核球)を分離、患部周辺の筋肉に注射(単核球を注入)します。

手術の様子

4週間程度で患部周辺に新たな血管が新生し、足には暖かさが戻りました。しびれや痛みも軽減しました。動脈硬化の症状を緩和することで、壊死した足の切断を回避できることがヒトでも可能となった瞬間です。温存する再生医療の症例は、2002年4月の開始から2009年12月末現在60症例に達しました。

レーザードップラー血流計による血流測定(移植前、移植4週後)

 新たな研究成果-分化から動員へ-

当初、注入した単核球が血管前駆細胞となり、血管へと再生(分化)すると思われていましたが、最近では、単核球は移植直後には殆ど死んでしまい、その単核球が死滅する時に、血管再生を促す別の前駆細胞を、骨髄の中から呼び出す(動員)ということが明らかになってきました。

「分化」ではなく「動員」だったんです

移植を実施できる医療機関が多くなり、新たな研究成果が治療に生かされる環境が整ってきました。毎週木曜日の午後、血管機能再生外来を訪れる患者さんは、バージャー病や閉塞性動脈硬化症を患う約100人。そして、毎週3~4人の新患が新たに増加しています。2008年6月広島大学病院においても、細胞移植術(足の再生に関してのみ)実施が通常の保険診療と併用可能な先進医療実施機関に指定され、これを受け、大学病院内に「再生医療部」が設立されています。

 

今後の目標

足における細胞移植治療はかなり確立してきたことから「今後、皮膚や肝細胞、心臓などへの応用が進むだろうが、残念ながら、約3割の人には治療が効かない。この人たちを何とかしたい」と、東准教授は新たな治療方法を探ります。

「多くの病気に酸化ストレスが原因で血管内皮障害が起こるとすれば、今後ますます将来に備えて、骨髄バンクに自分の骨髄液を登録しておきたいと思う人が増えるでしょう。足以外のさまざまな組織の再生が可能になる日が、近い将来訪れるかもしれません。心筋や毛髪までも。骨髄バンクセンターの設立と共に、広島の地で医療に従事する者として、緊急被ばくに対する再生医療を担っていきたいと思っています」と、東准教授は明確な今後の目標を語ります。

あとがき

まったく関係ない話で恐縮ながら、今年のお正月は、宇宙飛行士の野口聡一さんが、国際宇宙ステーション(ISS)から新年の挨拶をされている様子が、新聞やTVなどで報道されていました。2006年5月に本学東広島天文台(宇宙科学センター)完成の記念式典で講演をしていただいたりしたので、われわれ広島大学人にもおなじみの顔で、なんだか懐かしいな~と思って正月休みをぼーっと過ごしていた(野口さんは国際NGOワールド・ビジョン・ジャパンの活動に参加されていて、チャイルド・スポンサーにもなっておられます。つい応援したくなって紹介してしまったけど、よかったのかな?)。が、なぜだか野口さんから、正月明けてすぐに「研究NOW」の取材があることを連想してしまったのです。一挙に正月気分が吹っ飛んでしまった。と言う訳で、例年になくしゃきっとした正月を過ごし、4日には、まるで休みがなかったかのようにしゃきっと取材ができたのです。

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ワールド・ビジョンの回し者ではありません。で、日本ユニセフ協会のことも。
2005年10月にアグネス・チャンさんが、この年の「ペスタロッチー教育賞」を受賞され、本学で講演をされました。その後、広島県でのユニセフ活動のネットワークを広げていくための活動拠点として、(財)日本ユニセフ協会に正式に承認され、2006年3月に(財)日本ユニセフ協会広島県支部が設立されました。会長は、本学の浅原学長です。

(財)日本ユニセフ協会広島県支部のWEB頁はこちら

東先生のお話を伺って、毎年1万人もの方が足を切断している現状を知り、正直その数に驚きました。写真や画像も見せていただきましたが、そこにはとてもWEB上に公開できないような悲惨な状況がありました。足の切断を回避して自分の足で歩けるようになる人がいる一方で、まだ3割の人に効果がないというその境目は、一体何なんでしょうね。メタボ街道まっしぐらの筆者が糖尿病になるまでには、ぜひとも解決しておいてくださいね、先生!(O)


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