第28回 藤原 章正 教授(大学院国際協力研究科)

聴覚障がい者にスマートフォンで支援!全国初のソフト開発で移動のバリアフリーを目指す

藤原章正

大学院国際協力研究科 開発科学専攻 開発技術講座 藤原 章正(ふじわら あきまさ)教授

に聞きました。 (2011.2.8 社会連携・情報政策室 広報グループ)

 

研究の概要

交通工学を専門とする藤原教授は、人々の移動を支える総合的な交通基盤をつくる研究を行っています。今回の研究NOWでは、藤原教授が取り組んでいる事業のうち、公共交通機関を利用する聴覚障がい者の移動をサポートする、多機能携帯電話(スマートフォン)向けのソフト開発について紹介します。

地図や乗り換え案内といった移動支援ソフトは、世の中にさまざまありますが、移動に不安を抱える障がい者の方々が安心して利用できるようなサービスは、まだまだ開発途上です。そこで、藤原教授は、代表的な公共交通機関のうち、音声案内を主とするバスに着目し、バス利用に不安を抱えている聴覚障がい者の方々のための支援ソフトを開発することにしました。

聴覚障がい者の方々は、余暇としての外出機会が大変少ないという現状があります。買い物をしたくても家族に付き添ってもらう必要があるため、自分ひとりでぶらっと出かけるということは難しいのです。「来たバスが目的のものか分からない」とか「乗車中、降りるバス停が近づいているのか分からない」といった不安を抱え、一人で出かける機会を避けるようになっています。藤原教授はこれまで、移動に関するさまざまな社会実験を行う中で、そういった現状があることを知り、聴覚障がい者の方々でも気軽に出かけられるように支援したいと数年前から強く思うようになりました。そんな中、国土交通省の委託事業の公募があることを知り、自ら応募したのだそうです。そして、委託事業費400万円を受けて、昨年10月から開発を始め、年度内の完成を目指しています。スマートフォンの拡張性・汎用性の高さを活かし、障がい者の方々の目線に立った移動支援ソフトを開発するという取り組みは、全国で初めてのことです。

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この支援ソフトの開発について、平成23年6月6日(月)の朝日新聞に掲載されました。

 

スマートフォンを使った支援ソフト

開発しているソフトは、主に聴覚障がい者の方々がバスで使うことを想定しています。携帯画面に降車のタイミングなどを表示する仕組みをつくり、車内放送が聞こえないといった不安を軽減する目的があります。

まず目的地のバス停を、スマートフォンの画面上で選択しバスに乗車します。目的地までの乗車中は、「現在○○(最寄りバス停名)付近です。到着まで○○分です」(図3)と表示されます。降車するバス停が近づくとバイブレーションがあり「まもなく○○です。降車準備をお願いします」(図4)と表示があります。併せてバス料金も表示され、降りる前に慌ててお金を準備しなくてもいいように配慮しました。

図1 画面表示は、読みやすいように工夫されています。

図2 行き先設定

図3 中間地点での通知

図4 降車の通知

バスの位置は、携帯電話の衛星利用測位システム(GPS)で把握します。位置情報を踏まえてサーバーから文字情報が自動的にスマートフォンに送信されます(図5)。

システム設計の際、藤原教授は主に4つの点に注意しました。

1つ目は、画面表示のデザインです。高齢者の方でも見やすいよう に、文字の大きさは 18ptを標準にし、読みやすいようにしました。
2つ目は、操作性です。スマートフォンは汎用性が高く画面も大きいのが特徴です。誰もが使いやすいようなソ フトになるよう工夫しました。
3つ目は、表示される運行情報の内容です。バス利用者が最も知りたい情報が何なのかを考えました。
最後は、通知のタイミングです。降 りるバス停と1つ手前のバス停の中間地点と降りるバス停直前の2回、バイブレーションによる通知があります。自分が今どこにいて、降車まで時間がどれほど あるのかといった不安が軽減されるようにタイミングを計りました。

図5 スマートフォンに文字情報が表示される仕組み

観光地・広島県呉市でモニター調査を実施

以上のようなチェックポイントを実証しようと、藤原教授は、バス利用が盛んな観光地・呉市でモニター調査を実施しました。今年1月16日、広島市内在住の11人の聴覚障がい者の方々に協力いただき、呉市内で実際にバスに乗って開発したソフトを使ってもらいました。6班に別れて、配布したスマートフォンを1人 1台持って、呉探訪ループバス「くれたん」で、「大和ミュージアム」や「入船山記念館」など市内の観光地を自由にまわっていただきました。

調査後のアンケートでは、大変よい評価をいただきました。文字も見やすく、使い勝手もよい。何より自分の現在地や料金などが乗車中に分かるのはとても助かるのだそうです。

呉探訪ループバス「くれたん」

バス停でスマートフォンを操作する利用者たち

聴覚障がい者の方々の多くは、家族や支援者が随伴しないとレジャーとして出かけることは少ないのです。今回の11人の中で も、広島県に住みながら呉市に観光に行ったことのある人はいませんでした。それほど、必要時にしか外出をする機会がなく、気兼ねのない一人旅ができないのです。調査結果は、そのような方々にも気軽に外で余暇を楽しんでほしい、そのための移動を支援したいという本事業の目的にかなったものとなりました。

 

モニター調査で見つかった改善点

調査では、ソフトの完成に向けて2つの改善点が見つかりました。

1つ目は、バイブレーションの強さです。今回のモニター調査で利用した機種(iPhone)は、仕様として通常の携帯電話よりバイブレーションが弱く、通知されていることが分かりにくいという意見がありました。11人の聴覚障がい者の方々は、障がい者等級の1級が6人、2級が4人、3級が1人でした。2級のレベルは、両耳の聴覚レベルが100db以上となります。100dbというのは、電車の高架下の雑音と同じくらいのレベルなので、ほとんど音が聞こえません。このような人々はバイブレーションが何より通知の手助けになるため、今後はその強さを調整する必要があります。

2つ目は、バスの運行状況も知らせる必要があるということです。バスの運行は、天候や道路事情などに影響を受けます。「自分の乗ったバスは、定刻どおりなのか?それとも遅延が発生しているのか?」「約束の時間に間に合うのか?」そういった運行状況も把握できないと不安につながる、というモニターの声があったのでした。これを改善するため、バスロケーションシステム(※)との連動が必要であると気づかされたことも、今回の調査の収穫でした。

(※)無線通信やGPSなどを利用してバスの位置情報を収集することにより、バスの定時運行の調整等に役立てるシステムのこと。

バス内で通知を見る調査対象者

実用化に向けて-シームレスな移動支援を

将来的な実用化に向けて、自治体やバス会社、鉄道会社などの協力が必要不可欠であると、藤原教授は考えています。

実際のバス移動は、今回のような観光地のループバスだけではなく、複雑にたくさんのバスが行き来する市街地なども考えられます。また、バスだけでなく、路面電車を使ったり、電車を乗り継いだりすることもあります。

そのためには、自治体が持っているバス停の場所を示すID番号や、バス会社や鉄道会社が持っている時刻表や料金表などが必要になります。それらを本システムで使えるようにすることで、自宅から目的地まで移動するのに、より包括的でシームレス(※)な支援が実現できると藤原教授は思っています。

(※)「継ぎ目のない」こと。公共交通分野におけるシームレス化とは、乗継ぎ等の交通機関間の「継ぎ目」や交通ターミナル内の歩行や乗降に際しての「継ぎ目」をハード・ソフト両面にわたって解消することにより、出発地から目的地までの移動を全体として円滑かつ利便性の高いものとすること。具体的には、バリアフリー対策、同一ホームによる乗り換え、相互直通運転化、接続ダイヤの設定、乗継運賃割引の拡大、共通乗車船券の設定等。(国土交通省のHPから引用)

先にも紹介しましたが、藤原教授の専門は交通工学です。学生時代、土木交通を専攻していて、瀬戸大橋のような大きな構造物を作りたいといった夢もあったのだそうです。それが、勉強を進めるうちに、現場で設計することよりも、その前段階として「その計画が社会的ニーズにあっているかどうか」といったような体系的な交通基盤の整備事業に興味を持つようになったのでした。現在は国際協力研究科に所属し、日本だけでなくアジア圏を中心に、国際的な公共交通の研究をしています。例えばバングラデシュはまだ発展途上国として貧困の問題を抱えていますが、それでも人々の多くは携帯電話を持っています。今回開発したソフトによる移動支援の仕組みも、そういった人々のニーズに応えられるかもしれないと、教授は今後のさらなる可能性を示唆します。

 

徹底的なバリアフリーを

藤原教授は、シームレスな交通基盤整備を目指しています。それは、人々の移動の妨げとなる物理的・精神的障壁が取り除かれた、徹底的なバリアフリー社会です。今回の事業は聴覚障がい者の方々が対象でしたが、見知らぬ土地で、自由に移動できない観光客や外国人、高齢者も同じです。その方々への対応も、今後の課題として教授は捉えています。皆が安心してスムーズに移動できるような交通基盤を作り、誰もが気兼ねなく外出でき余暇を楽しむことができる、社会的排除のない社会の実現のために、藤原教授はこれからも研究を続けていきます。

徹底的にバリアフリーを追究したい、と藤原教授

あとがき

インフラ(交通基盤)というのは、いまは当然に充実しているものと思っていましたが、利用者の視点が変わると、まだまだ改善の余地があるのですね。この事業は、他大学から共同研究をしないかとお誘いがあったり、ユーザーからの問い合わせがあったりと、世間からの注目も大きいそうです。今回のソフト開発は、社会に貢献したいという強い思いから始まった、とおっしゃる藤原先生。社会のニーズにこたえようと粉骨砕身尽力されている先生のお姿に、困っている人々に向けた優しいまなざしを感じました(教育学部4年・林 良輔)


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