第32回 三浦 郁夫 准教授(大学院理学研究科)

日本海・佐渡島に新種のカエルを発見!-「サドガエル」と命名-

三浦 郁夫准教授

大学院理学研究科附属両生類研究施設 遺伝情報・環境影響研究グループ 三浦 郁夫(みうら いくお)准教授

         に聞きました。 (2013.2.27 広報グループ)

はじめに

大学院理学研究科の三浦准教授らの研究グループが、新潟県・佐渡島で新種のカエルを発見し、「サドガエル」と命名しました。本州では、1990年のナガレタゴガエル以来22年ぶりとなる新種のカエルの発見です。さらにサドガエルは、佐渡島の脊椎生物で初めて見つかった固有種なのです。このことは、2012年12月7日発行の分類学の学術英文雑誌『Zootaxa』のオンライン版で公開されました。

掲載記事はこちら(『Zootaxa』のサイトへ)

佐渡島の動物と言えば、鳥の「トキ」が有名ですが、今後はトキと並んで、佐渡島を象徴する動物になるかもしれないサドガエル。そんな貴重なカエルを発見した三浦准教授にインタビューしました。

 

サドガエルの原型はツチガエル。見た目は地味だけど、実はすごいカエル

三浦准教授の専門は遺伝学、特にツチガエルを研究しています。「ツチガエルは日本の至る所に生息しているカエル。背中は土色で、数ミリの縦長の突起(イボ)がたくさん並び、お世辞にも『美しい』とは言えません。また 『ギュー、ギュー』という鳴き声も、決して心地よい響きではありません。さらに手で触ると、鼻を突く特有の臭いがします。人に好まれそうな要素はほとんどありません」と三浦准教授。

見た目のためか、従来研究対象となることが少なかったツチガエル。三浦准教授はそこに目を付け、研究を始めました。その結果、ツチガエルは遺伝学的に非常に珍しい特徴を持っていることが分かったのです。

生物のオス・メスを決める染色体を「性染色体」と呼び、「性染色体」が性を決定する仕組みを「遺伝的性決定」といいます。例えば、人など哺乳類の大部分は 「XX/XY型」、鳥類の場合は「ZZ/ZW型」の遺伝的性決定を持っています。

ところが、ツチガエルの場合、同じ種の中 に「XX/XY型」と「ZZ/ZW型」の2種類の遺伝的性決定が存在していることが分かりました。通常、1種につき遺伝的性決定は1種類ですが、1種の内に異なる2種類の遺伝的性決定を持つ生物は、世界でツチガエルだけ。三浦准教授は、ツチガエルを「生物の遺伝的性決定がどのような進化をしてきたか、それを調べる上で、 重要な情報を提供してくれる貴重なカエル」とみています。

 

佐渡島で見つかった奇妙なカエル

今回の発見は、1999年に、当時新潟大学の教員であった関谷國男氏から「佐渡島で奇妙なカエルを見つけました。ツチガエルのようであるけれども、 そうでもないカエル。ツチガエルの専門家として、一度見てくれませんか」と送られてきた1枚の写真がそもそものきっかけ。写真を見たところ、奇妙なカエルは、背中の模様や色はツチガエルと似ていますが、お腹に大きな違いがありました。

「ツチガエルのお腹は薄褐色、加えて顎のところに薄黒い斑点があります。それに対して、写真のカエルは鮮やかな黄色でした」と三浦准教授。国内のツチガエルにはない特徴ですが、朝鮮半島に生息するツチガエルは同様の特徴を持っています。そのため、最初は、「朝鮮半島から人の手で持ち込まれたものでは?」と考えました。

 

奇妙なカエルはどこから来た?

三浦准教授は、写真のカエルがツチガエルなのか、または新種であるのかを調べるため、佐渡島から奇妙なカエルを取り寄せ、まずは染色体を調べました。日本にいるツチガエルは、少し前で触れた「遺伝的性決定」に加えて、ある染色体の形の違いから、5つのグループに分類することができます。この5つのグループおよび朝鮮半島のツチガエルと、佐渡島の奇妙なカエルの染色体を比較したところ、佐渡島のものは佐渡島対岸の新潟近辺に生息するツチガエルのものとは異なり、関東地方に住むグループや朝鮮半島に生息するツチガエルと同一でした。そこでミトコンドリアの遺伝子を調べたところ、配列が朝鮮半島のものとは異なり、関東地方に生息するものに近いことが分かりました。さらに約4%の違いがあることも判明しました。「約4%」というと、わずかな違いに感じますが、生物学の世界では「別種」と見なされるそうです。

遺伝子の他、形態(姿)にも異なる点がありました(図1、2)。佐渡島で見つかったカエルには、前述の「黄色い、薄黒い斑点がないお腹」以外にも、「全体的にすべすべ」「オスが鳴くときに鳴き声を大きくするために膨らませる『鳴(めい)のう』がない」など、ツチガエルにはない特徴がありました。また鳴き声も、ツチガエルより小さく、ささやくような声で鳴きます。

三浦准教授たちの研究グループは、遺伝子および形態の違いから、「佐渡島で見つかったカエルは、人の手によって島に持ち込まれた既存のツチガエルではなく、新種のカエル」と考え、より本格的な調査に乗り出しました。

図1:サドガエルとツチガエルの比較写真
サドガエル

サドガエル

ツチガエル

ツチガエル

サドガエル(左)とツチガエル(右)

サドガエル(左)とツチガエル(右)

図2:サドガエルとツチガエルとの違い
  お腹の色 背中 顎の模様 鳴き声
サドガエル 黄色 すべすべ ほとんどない オスに鳴のうがなく、小さくささやくような声
ツチガエル 薄褐色 ごつごつ 薄黒い斑点 ギュー、ギューと高い声

(三浦准教授提供の資料を基に作成)

「サドガエル」が、新種として認められるまでの長い道のり

現在、生物学における種の定義として主流となっている考え方は、「『種』とは、お互いは交配が可能であるが、他とは交配ができない個体群の集まり」というものです。そのため、佐渡島で見つかったカエルとツチガエルについて、

    (1)繁殖期(時期)が同時期であるかどうか
    (2)生息場所は同じかどうか
    (3)交配後、繁殖が可能かどうか

といった点を詳しく調べる必要がありました。(1)~(2)については、観察することで結果を得られますが、(3)交配後、繁殖が可能かどうかについては、一世代限りで結果が出せるものではなく、数世代にわたって交配を続ける必要があります。実験に10年以上の歳月を費やし、分かったのは「交配して生まれた雑種はほとんどオスで、メスはほんのわずか」ということでした。しかも、オスの精子は極端に少なく、メスの卵巣(生殖腺)は退化的。雑種オスをツチガエルと交配させても、 オタマジャクシはごくわずかしか生まれず、そのほとんどがカエルまで成長しませんでした。つまり、「ツチガエルと佐渡島で見つかったカエルを交配しても、繁殖は不可能」ということが分かったのです。

この結果から、三浦准教授たちの研究グループは、「佐渡島で見つかったカエルは、ツチガエルとは異なる新種のカエル」と判断。「サドガエル」と命名し、発表したのです。

 

広島大学でしか出せなかった研究成果

サドガエルの交配実験は、数百匹単位のカエルを卵から育て、数世代にわたり10年以上も観察し続ける必要がありました。特に苦労したのは、カエルの餌だといいます。「カエルの餌は、施設で餌用に飼育しているコオロギを使いますが、カエルの成長に合わせて、食べられる大きさのコオロギを常に提供してやらなければならないのです」と三浦准教授。

このような大規模かつ長期にわたる野生ガエルの交配実験を行う技術と設備は、世界でただ一カ所、広島大学にある「理学研究科附属両生類研究施設」にしかありません。まさにオンリーワンなのです。

 

「サドガエル」の保護を!

サドガエルの学名は「Rugosa susurra」。ラテン語で「ささやくカエル」を意味します。鳴き声を響き渡らせる他のカエルと違い、サドガエルは小さく、ささやくような声で鳴くことから名付けられました。「鳴き声が小さいため、今まで見つからなかったのでは」という意見もあります。さらに三浦准教授は、「見た目が美しいアオガエルなどと比べると、サドガエルやツチガエルは見た目が地味なため、関心を引きにくいカエル。これも発見が遅れた理由です」と語ります。そんな見た目が地味なサドガエルも、直面している問題は他のカエルと同じです。

カエルが生息するためには、陸と水が必要ですが、日本全国で土地開発が行われた結果、カエルを取り巻く環境は悪化し、カエルは数を減らしています。サドガエルは新種として認められたばかりなので、生息数などの調査は未実施ですが、生息地が開発の進む佐渡島中央部と限られていることもあり、他のカエルと同じように数が減少している可能性があります。

ただサドガエルに関しては、他のカエルと違い、有利な点があります。佐渡島では、トキの餌場として水田環境の保全が行われています。その水田がサドガエルの生息地となっているのです。もちろん、トキによるサドガエルの捕食はありますが、結果的には、サドガエルの生息地保護につながっているとのこと。

「『サドガエル』と命名したのには、単に『佐渡島に生息しているカエル』という意味だけではなく、『佐渡島の人たちに島の脊椎動物で唯一の固有種であるサドガエルに関心を寄せてもらい、これからも保護活動を続けてもらいたい』という思いが込められています」と三浦准教授は語ります。

 

「サドガエル」に関する研究のこれから

佐渡島の脊椎動物は、本州のものとほとんど差異が認められず、今回発見されたサドガエルが、現在唯一の固有種です。どうして他の固有種がいないのでしょう?

三浦准教授は、「佐渡島は20~80万年前に本州から分離後、地殻変動などにより島の大部分が何度か海水に漬かったことがあったのではないでしょうか。ツチガエルは、平地と高地、どちらでも生息できるので、高地に逃げれば、生き延びることができます。またツチガエルは国産のカエルの中では、オタマジャクシのまま越冬できる唯一の種。他の動物が死滅してしまうような環境も、オタマジャクシでいることで乗り越えることができたのでしょう」と推測しています。

そうして生き残ったツチガエルが長い時間をかけて、サドガエルに進化したと考えられます。「サドガエルの研究が進めば、佐渡島のみならず、日本列島の地質学的な歴史について新たな発見があるかもしれません」と三浦准教授は期待を寄せています。

新種として確認されたばかりのため、サドガエル自体についても、「お腹の色は、なぜツチガエルの薄褐色から黄色に変化したのか?」「どのくらいの数のサドガエルが生息しているのか?」「遺伝的性決定は、ZZ/ZW型、それともXX/XY型?」など、多くの謎が残されています。

「サドガエルに関しては、まだまだ分からないことばかり。詳しく調査し、謎を解明していきたい」と三浦准教授は今後の研究に対する意気込みを語りました。

 

「『サドガエル』の謎を解明していきたい」と語る三浦准教授

「『サドガエル』の謎を解明していきたい」と語る三浦准教授

あとがき

佐渡島で見つかった新種のカエル・サドガエル。お腹が黄色い理由、生息数など、まだまだ分からないことが多いカエルですが、体長4~5センチの小さい背中は、佐渡島のみならず、日本列島の移り変わりを背負っているのかもしれません。ただ三浦准教授が強調するように、カエルは環境の影響を受けやすいため、開発が進んだ日本全体で数を減らしつつあります。佐渡島に関しては、トキを保護するために活用されている水田が島内に多くあり、そこがサドガエルにも生息場所を提供する形になっています。しかし、実際の状況は、他のカエルと同じかもしれません。今回の発見を通して、佐渡島をはじめ日本全国の人たちに、カエルとその生息環境を守るための取り組みに興味を持ってもらいたいです(N)


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