第34回 太田 伸二 教授(大学院生物圏科学研究科)

生物間の相互作用を解明し、生活向上につなげていきたい

太田 伸二 教授

大学院生物圏科学研究科 分子生命開発学講座 太田 伸二(おおた しんじ)教授

  に聞きました(取材:広報グループ 2013.9.12 )

はじめに

2013年3月、大学院生物圏科学研究科の太田伸二教授らの研究グループは、昆虫の一種が、強い抗酸化作用を示す脂質を体内で作り出していることを発見しました。この脂質は、世界で初めて確認された物質であり、アンチエイジング(老化予防)効果を持つ化粧品などへの応用が期待されます。発見の経緯や今後の展望について、太田教授にインタビューしました。
 
研究内容の詳細等は、天然物化学研究室ウェブサイトをご覧ください。

 

世界初!昆虫から、抗酸化作用を持つ新たな物質を発見

先生は、「サイカチ」という木の種子が持つ成分の研究と、その種子の中で成長する、「サイカチマメゾウムシ」という昆虫との共生関係について調べています。

今回の発見の経緯を聞くと、

「この虫は、サイカチのさやの中に産卵し、卵からかえった幼虫は、固い種皮に穴をあけて中に進入し、豆の成分だけを栄養源として成長、繁殖します。
サイカチの豆には、成長に必要な糖類やたんぱく質が含まれていますが、『アルカロイド』という新しい物質も持っていることが分かりました。
私は、豆を食べた虫が、アルカロイドを体外へ排出しているのか、それとも体内で使っているのか、それを知りたかったんです。その関係で、虫がどのような化学成分を持っているのか調べたところ、非常に強い抗酸化能を有する脂質成分を持っていることが分かり、『ドルサミンA』と命名しました」と、説明してくれました。

サイカチマメゾウムシの成虫(左:体長約6 mm)

サイカチマメゾウムシの成虫(左:体長約6 mm)

幼虫(右:体長約6 mm)

幼虫(右:体長約6 mm)

サイカチ種子(長さ約8 mm)を摂食中の 幼虫

サイカチ種子(長さ約8 mm)を摂食中の幼虫

厳しい環境に適応した、サイカチマメゾウムシ

なぜ、サイカチマメゾウムシがそのような成分を持っているのでしょうか。

「豆自体は水分が乏しく、また硬い種皮に包まれているため、外からも水が入ってきません。でも、サイカチマメゾウムシは、豆の成分だけを食べて成虫まで成長するので、酸化ストレスという点では、厳しい状況に置かれています。呼吸する中で発生する有害な活性酸素から身を守るには、抗酸化物質が必要です。マメゾウムシの幼虫が体内に持つ『ドルサミンA』は、これまでにない、デヒドロアミノ酸を結合させた脂質で、その強い抗酸化能力によって、マメゾウムシの幼虫の体を活性酸素から保護していると考えられます」と、先生。

 

和漢薬として使われるサイカチの豆にも、新たな物質が!

サイカチの木は、広島ではあまり見かけませんが、日本各地で昔から活用されてきたそうです。

「サイカチは高さが15mくらいにもなるマメ科の樹木で、『昔、聖徳太子が病気で困っている人のところに行っては、種を植えた』という言い伝えがあり、『薬の木』と呼ばれ、大事にされています。木自体も特別天然記念物になっているものもあり、琵琶湖の東岸などにはたくさん植えられています。
夏になると、木には長さ30センチくらいの豆果がなり、9~10月頃にかけて、その中で豆が少しずつ成熟していきます。サイカチ豆の成分は腫れ物に効くと言われ、和漢薬としても売られています。しかし、成分自体については、これまであまり分かっていませんでした。研究を進める中で、サイカチの豆には、新しい物質が含まれることがわかり、『サイカチノシドA』という名前をつけました。この物質は、神経系に作用するのではないかと思われ、研究にとりかかったばかりです」と、先生。

サイカチの豆果

サイカチの豆果

サイカチの豆。サイカチマメゾウムシの成虫が活発に動いていました

サイカチの豆。サイカチマメゾウムシの成虫が活発に動いていました。

医薬品に応用される新物質は、ほんの一握り

新物質を発見するまでは、「苦労の連続」と先生は言います。

「発見した新物質は、微量な成分であることが多く、取り出すだけでも大変です。加えて、失敗するとすぐになくなってしまう。そのため、貴重なサンプルで構造が決定したとき、しかも、それが今まで知られていない物質だと分かったときは、『やっとできた』という達成感がありますね。たいていは、100個の成分を調べてもそのうちの99個はすでに知られている物質。残り1個が新物質であったとしても、そのうちのわずかなものしか医薬品になる可能性はありません。新しい物質を見つけるだけでも大変ですが、薬になる可能性が出てきたときは、一番うれしいですね」

 

失敗体験を糧に成長し、夢を実現させてもらいたい

指導する学生たちには、ある程度基本を教えた後は、「自分で工夫しながらやりなさい」と言っているそうです。

「小さな成功体験でいいから味わってもらい、それを次のモチベーションにして、だんだんと大きな成果を上げるように導いていきたいと思っています。『そう簡単にはいかない方が、君たちにとっての喜びが大きくなる』と、常に言って、夢を持ってもらうようにしています。あとは、できるだけほめること。失敗の連続ですから、うまくいくことは少ないんです。でも、できるだけ励まして、失敗体験を糧に、最後には夢を実現させてもらいたいと思っています」と、先生。

 

有用な新物質を発見し、人間の生活向上につなげていきたい   

最後に、研究者としての今後の目標を聞くと、

「今までにない天然由来の化学物質を見つけて、人間の病気に対する医薬品など、有用な応用につながるような開発をしたいと思っています。植物や微生物は、お互いの共生関係を含めて、互いに影響を及ぼし、バランスをとりながら生態系が成り立っています。そういった生物同士の関係から、人間の生活向上にもつながっていければと思っています。

今回、サイカチマメゾウムシから発見した『ドルサミンA』は、強い抗酸化作用を示すだけでなく、紫外線のUV-Bを遮断する働きを持っています。UV-B は、地上までふりそそいで、肌の染みなどの原因になるので、紫外線防止効果も併せ持つ抗酸化剤として、アンチエイジング化粧品などに応用できないかと考えています」

と、熱く語ってくれました。

今後の目標を語ってくれた太田教授
今後の目標を語ってくれた太田教授

あとがき

サイカチ豆とサイカチマメゾウムシのように、共生関係にある生物間では、互いにテリトリーを広げようと、盛んにすさまじい物質を作り出しているそうです。その駆け引きの中で生みだされた物質が、「人間の病気を治す特効薬になる可能性を秘めている」と聞き、人間も、植物や昆虫を含む、大きな生態系の一部なのだとあらためて思いました。「お互いに影響を及ぼしながらバランスを保っている生態系を尊重しつつ、人間の生活向上につなげていきたい」という、先生の言葉が印象的でした。(K2)


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