第36回 富永 依里子 助教(大学院先端物質研究科)

半導体結晶の新たな可能性を追求し、世界に挑む

富永 依里子

大学院先端物質科学研究科 量子物質科学専攻 量子光学物性研究室  富永 依里子(とみなが よりこ)助教

に聞きました。(取材:広報グループ 2014.1.8)

はじめに

半導体薄膜の結晶成長を専門に研究されている富永先生。学生時代の2010年には、光通信の大容量化に必要な半導体レーザー用新材料の可能性を示した功績が認められ、「ロレアル─ユネスコ女性科学者日本奨励賞」を受賞。また最近では、第7回広島大学女性研究者奨励賞(※)を受賞しました。

半導体分野で若くして活躍されている富永先生に、研究の醍醐味や大切にしている流儀を聞きました。

(※)女性研究者支援事業を一層推進し、女性研究者の研究意欲の一層の増進を図るため、本学で実施しているもの。
(http://www.hiroshima-u.ac.jp/news/show/id/18297)○研究課題名:「希釈ビスマス系III-V族半導体混晶のバンド構造の解析

 

現在は、「テラヘルツ波」に関する研究を中心に

「テラヘルツ波」とはあまり聞き慣れない言葉です。これはいったいどのようなものなのでしょうか。

「テラヘルツ波」とは、10の12乗=テラの周波数をもった電磁波のことです。電磁波の中でも、ラジオやテレビに使われている〝電波〟は低い周波数帯、可視光やX線などの〝光〟は高い周波数帯に当たり、古くから研究が行われていて、実用化が進んでいます。テラヘルツ波は、こうした〝電波〟と〝光〟の間の領域に位置しています。これまではテラヘルツ波の発生検出が技術的に難しく、長い間ほとんど使われてきませんでした。しかし、15~20年前からの電磁波を発生させるための半導体技術等の進展に伴い、世界中で盛んに研究されるようになりました。

一般的に、物質は化学結合しており、原子と原子の間には固有の振動が見られます。その固有の振動が顕著に現れる領域の一つがテラヘルツ帯であり、振動によって物質の中にどのような結合が含まれているのかを知ることができます。例えば、これまで物質の中にどのような成分が含まれているのかを調べるには、物質を粉末にするなどして破壊する必要がありましたが、テラヘルツ波を用いれば、物質を壊すことなく、非常に精度よく調べることができるのです。テラヘルツ波の研究が進むことによって、医薬品やDNA、タンパク質、がん細胞などの生体試料の診断、空港における麻薬などの禁止薬物の検出、絵画の年代推定・真贋判定、更には高速大容量通信の実現など、様々な分野への技術応用が期待されています。

富永先生は、テラヘルツ波を発生させたり、検出するための素子(=デバイス)を作る研究を進めています。

「テラヘルツ波を応用した技術は、普及する環境が徐々に整いつつある段階です。テラヘルツ波を発生させたり、検出したりするには、テラヘルツ波の発生素子にレーザー光を当てる必要があります。しかし、現在のレーザー発生装置は大型でスペースを取り、なおかつコストも高く、企業や空港などに導入するには課題が残ります。そこで、テラヘルツ分野では、コンパクトで低価格な『ファイバーレーザー』に光源を変えられないかという考えがあります。ファイバーレーザーは、従来のレーザーと光の波長が異なるため、新しい半導体デバイスをいかにテラヘルツ波に適応させることができるかが研究の課題となります」と先生。

研究概要について説明する富永助教

研究概要について説明する富永助教

テラヘルツ帯を示す資料

きっかけは、バンド構造の美しさ

先生が半導体分野に進もうと思った動機は何だったのでしょうか。大きなきっかけが2つあったそうです。

「もともと物理がすごく好きでした。高校時代の物理の先生から、〝超伝導〟という技術が実現すれば、砂漠の真ん中の太陽電池で作った電力を地球の裏側まで損失することなく運べるという話を聞き、『これはすごいことだ!』と驚き、興味を持ちました。その流れで、〝超伝導体や半導体〟のような電子材料について学びたいと少しずつ考えるようになりました」と最初のきっかけを話す先生。

さらに、半導体分野を研究したいと強く思うようになったのは、学部3年生のときに受けた授業だと言います。

「『半導体工学』という授業の中で、〝バンド構造〟についての話を聞き、『なんて美しいのだろう!』と感動しました。半導体結晶中では、結晶を構成している原子一つ一つが、電子に雲のように取り囲まれており、その電子雲がバンド(帯)を形成します。このバンド構造内の電子の動きを議論することによって、半導体の特性(人間でいう性別、性格、顔の形や肌の色などにあたる個性)が説明できることを授業で知り、半導体の美しさと奥深さを知りました」と2つ目のきっかけを話してくれました。

 

研究は地味で大変、でも成果は世界が認めてくれる

日々の研究は、「本当に地味で、苦労の連続だ」という富永先生。先生の研究では、サンプル1つを作るだけでも最低6時間、長いものでは12時間以上かかります。そして、論文や学会発表に使うのに十分なデータを採取しようとすると、軽く3か月はかかってしまいます。いい加減なことをしてしまうと、2週間、1か月かけてやってきたことが全て無駄になってしまうという恐ろしさがあります。しかし、成果が出たときは、そんな苦労が吹き飛んでしまうくらい嬉しいそうです。

「不可能と考えられていたことが、私の目の前で測定できた!その瞬間は、全身の血が沸騰するくらい興奮します。この感覚は一度味わったら、やめられませんね」と先生。

学生時代には、半導体分野では扱うのが難しいとされていたGaAsBi(ガリウムヒ素ビスマス)からのレーザー光を初めて確認した研究成果が認められ、サンフランシスコで開催された国際会議に招かれました。そのときに、研究の〝やりがい〟を感じたと言います。

「論文審査員の方に『GaAsBiでこんなことができるなんて思いもしなかった!』とコメントをもらえたことはとても嬉しくて、今でも覚えています。学生だから・・・ということは一切抜きにして、海外の人が私の成果を評価してくれた、認めてもらえたと実感しました。普段は地味だけれども、世界で誰も見たことのない景色を初めて自分が見ることができるかもしれないという期待感と、成果を積み重ねれば必ず人は認めてくれると強く信じる心。これらが私の気持ちを研究へ突き動かす原動力となっています」

装置のメンテナンス作業も大変と話す富永助教

装置のメンテナンス作業も大変と話す富永助教

テラヘルツ波発生・検出測定系

テラヘルツ波発生・検出測定系

学生には、「なぜ?なぜ?なぜ?」と、もっと考えてほしい

主に学部3年生が受講する「レーザーと光通信」という実験の授業を担当している、富永先生。授業をしていて、気になっていることがあると言います。

「学生がすぐに答えを欲しがるのです。確かに、学生実験では、普段の研究とは違って答えがちゃんと用意されているものもあります。私が学生に答えをすぐに教えてしまうことは簡単なことですが、結果が出るまでの過程を『なぜ?なぜ?なぜ?』と追求し、考えることこそが実験の肝であり、面白さだと私は思っています」と先生。

また、学部生の学生実験は、卒業研究や大学院での研究の初期段階にあたると考えています。

「学部生の授業だからといって、レポートを書いて単位を取るだけの授業にするのではなく、〝研究の仕方〟をしっかり身につける授業にしたいと思っています。一人でも多くの学生に実験の面白さを実感してもらいたいですね」

学生とディスカッションする富永助教

学生とディスカッションする富永助教

学生とディスカッションする富永助教

〝悪い結晶〟の可能性を追求

先生の今後の研究では、〝悪い結晶〟が鍵になるそうです。これまで半導体分野では、汚い物質が入っていない高品質な〝良い結晶〟をいかに作れるかということに重きを置いてきました。〝良い結晶〟では、原子が規則正しく配列されているのに対し、〝悪い結晶〟は原子の配列が非常に不規則です。テラヘルツ波を効率よく発生させたり検出したりするためには、この〝悪い結晶〟をいかにテラヘルツ波の発生検出に適した形にコントロールするかが鍵となります。

〝良い結晶〟は比較的高温で生成されるのに対して、〝悪い結晶〟は低温で生成されます。今後は、世の中の人がこれまであまり目を向けてこなかった低温生成結晶の可能性を明らかにし、その成果を広島大学から世界へ発信していきたいそうです。

 

教科書に載る研究をしたい!

研究を進めるうえで今まで大切にしてきた信念を、今後も貫いていきたいと話す先生。

「高校生の時に本で読んで知った『教科書に載る研究をしなさい』という言葉を大切にしてきました。『教科書に載る研究』というのは、本質的で成果が多くの人に活用してもらえる研究ということです。すぐに結果の出る研究ももちろん必要ですが、結果がなかなか出ない研究でも、10年、20年と長いスパンを視野に入れて研究を行い、様々な分野で使っていただける成果が出せるよう頑張っていきたいです!

研究室の学生との集合写真

研究室の学生との集合写真

あとがき

「テラヘルツ波」「バンド構造」など、私には難解な用語もスライドを用いて優しく丁寧な説明をしてくれた先生。研究装置の写真を撮影するときも、「学生といつもチームで研究をしているので、学生といっしょに写ってもいいですか?」という言葉に先生の温かい人柄を感じました。一方で、これまでの功績に満足することなく、「低温生成結晶の技術で世界に挑戦したい」というメッセージに研究者としての強い意志を感じました。先生の研究成果が教科書に載る日を心待ちにしたいと思います。(i)


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