第40回 嶋本 顕 准教授(大学院医歯薬保健学研究院)

治療法に道!早老症ウェルナー症候群の細胞からiPS細胞の樹立に成功

大学院医歯薬保健学研究院 基礎生命科学部門 細胞分子生物学研究室 嶋本 顕(しまもと あきら)准教授

に聞きました(取材:広報グループ 2015.2.13)

はじめに

2014年11月、嶋本顕准教授らの研究グループは、日本人に症例が多い早老症ウェルナー症候群患者の線維芽細胞からiPS細胞(人工多能性幹細胞)を樹立することに成功しました。同研究成果は、米国のオンライン科学雑誌『PLOS ONE(プロスワン)』に掲載されています。

※掲載論文はこちら

患者の細胞からiPS細胞を作製できるようになったことで、今後はそれをもとに、患部の細胞を作り、さまざまな化合物の効き目を確かめて新薬の開発を進めることが期待できます。また、患者の細胞の突然変異遺伝子を正常な遺伝子に修正して移植するという再生医療の可能性も見えてきました。

「老化と再生」をテーマに、「分子生物学」「細胞生物学」のフィールドから、ウェルナー症候群の研究を進めている嶋本先生にお話を聞きました。

 
ウェルナー症候群とは

ウェルナー症候群は、「早老症」のひとつです。患者の皮膚や髪の毛など見た目が実年齢に比べて、老けて見えるだけでなく、加齢の加速による体の機能低下が健常者に比べて大きく、高血圧、糖尿病、がんにかかりやすくなります。

「多くの場合、症状が現れるのは20歳を過ぎてから。白髪が増えたり、髪が抜けたりしても、患者さんはそれを病気だとはなかなか思いません。普通は45歳以上の中年期に発症することが多い白内障になったときに、『若いのになぜ白内障になるのだろう?』と疑問を抱き、医師の診断を受けてようやくウェルナー症候群だと判明することも多いのです」

また、全世界で報告された患者の約8割が日本人であり、日本での発症頻度が非常に高い点も見逃せないと先生は指摘します。日本人の100~200人に1人が、発症原因である老化抑制遺伝子とされる「WRN遺伝子」に突然変異を持つ保因者で、4万人に1人程度の割合で発症する可能性があるそうです。

 

いち早くiPS細胞に着目!

難病のウェルナー症候群に先生が取り組み始めたのは、約20年前、博士課程の後に移籍した官民共同プロジェクトのエイジーン研究所でウェルナー症候群という病気に出会ったことがきっかけでした。

「当時、ウェルナー症候群の原因遺伝子はまだ見つかっていなかったので、早く遺伝子を見つけて治療法に対する何らかの糸口を見つけたいという気持ちで研究に没頭しました。そして、原因遺伝子が見つかると、どうやら染色体維持機構の破綻が、老化を始めとするさまざまな疾患に関与しているということがわかってきました」と当時を振り返ります。

そして、京都大学の山中伸弥教授らのグループがiPS細胞の樹立に成功したという論文を読んだ後、嶋本先生にはある仮説がひらめきます。

「iPS細胞を使えば、ウェルナー症候群の患者さんの細胞の異常が克服できるかもしれない」

研究成果について話す嶋本先生

老化しないiPS細胞が異常を克服

ウェルナー症候群患者の細胞を培養すると、さまざまな老化関連遺伝子が最初の段階から現れ、細胞が早く老化します。また、患者の細胞では、染色体末端を保護する役目を果たすテロメアに異常が起こり、テロメア自体も早く短くなってしまうため、染色体異常が高頻度で起こります。

一方、iPS細胞は、人の皮膚由来の体細胞に山中教授らが発見した4種類の遺伝子を導入することで、未分化な状態に初期化されると同時に無限に増殖(分裂)する細胞です。言い換えると「老化しない細胞」。体細胞がiPS細胞になる過程で起きる初期化という現象により、老化に関わる遺伝子はシャットアウトされ、発現しなくなります。また、嶋本先生は、もう一つの重要なポイントとして「細胞分裂に関係するテロメアを維持する酵素テロメラーゼの活性化」があると指摘します。

「患者さんの細胞にテロメアを延ばす酵素テロメラーゼを導入すると、患者さんが早く老けてしまう要因である細胞の早期分裂停止が回避され、寿命が延長されることは、これまでの実験でわかっていました。iPS細胞になる過程の『初期化』という現象の一つに、いろいろな細胞に分化する能力である『細胞の未分化・多能性』の獲得があり、その際、テロメラーゼが活性化します。同じように患者さんの細胞にも四つの遺伝子を入れれば、テロメラーゼが活性化し、細胞の分裂回数を延ばすことができ、細胞分裂が早く停止してしまうという問題を克服できるのではないかと考えました」

 
仮説を見事に実証!

仮説を立てると、嶋本先生はエイジーン研究所時代にお世話になった大学の先生方にお願いして、患者の細胞を入手しました。

「大学の病院でウェルナー症候群の患者さんの診断をしている医師の方々に、iPS細胞を作製するため、患者さんの細胞を提供してもらえないかとお願いしたところ、患者さんから同意をいただき、細胞を入手することができました」と、いち早くiPS細胞の作製に成功した一つの要因を語ります。

先生らの研究グループは、iPS細胞の作製に使われる4種類の遺伝子をウェルナー症候群患者の皮膚からとった線維芽細胞に入れることで、患者由来のiPS細胞の作製に成功。続いて、作製したiPS細胞の継代培養を2年以上繰り返しました。そして、健康な人から作られたiPS細胞と患者からのものとを比較したところ、「同様に未分化性と多能性を持つ」、そして「無限の分裂能を獲得」と仮説通りの結果を得ることができました。

「iPS細胞では、健常者の体細胞でも活性化していない『テロメア延長酵素(テロメラーゼ)』が働くことでテロメアの機能が活発になり、その結果、患者さんの細胞の分裂寿命の回復につながり、未分化性と多能性が維持されたと考えています」

また、ウェルナー症候群患者の細胞に特徴的な老化関連遺伝子の発現が健常者iPS細胞と同程度に抑えられ、患者細胞を初期化することで老化が進んだ細胞が若返ったことがわかりました。加えてウェルナー症候群患者のiPS細胞は、120回以上継代培養を繰り返しても、染色体異常の出現頻度は元の線維芽細胞と比べて非常に低く抑えられていました。「このメカニズムを解明することで、ウェルナー症候群だけでなく、人が避けられない『老化』の予防策の確立にもつながるのでは」と期待が高まっています。

研究データを確認する嶋本先生

一番の問題は「皮膚の弱さ」

ウェルナー症候群の患者さんの平均寿命は、年々延びているそうです。

「私が研究を始めた20年前の平均寿命は45~50歳でした。現在は、ウェルナー症候群の患者さんがかかりやすい糖尿病や高血圧などの薬が発達したおかげで、平均寿命が延び、64歳まで生きられた方もいます」

しかし、長く生きられることに伴う課題もあります。

「患者さんにとって一番の問題は、『皮膚の弱さ』です。50歳近くなると、何かの衝撃を受けたときに、皮膚が割れたような状態になり、なかなか治りません」

この症状を「皮膚潰瘍(かいよう)」といい、足のかかとなど皮下脂肪が薄いところで起きやすく、激しい痛みを伴うそうです。

「最初のうちは、鎮痛薬で、ある程度の痛みは抑えることができますが、症状が進行すると、薬がだんだん効かなくなります。皮膚潰瘍を放置すれば感染症のリスクも出てきます。そこで、最終的な選択肢として足の膝から下を切断することがあります。そうすれば、激しい痛みからは開放されます。とはいえ、患者さんにとっては難しい選択。患者さんの中には、痛みに耐えながらこの病気と闘っている方もいらっしゃいます」と厳しい現実を話します。

 
優先すべきは、皮膚潰瘍の治療法の確立

足を切断すれば、患者さんの生活の質(QOL)は下がってしまいます。

「まず優先すべきは、皮膚潰瘍で苦しむ患者さんのQOLを高めることです」と力を込めます。

現在、ゲノム編集を専門とする山本卓教授(広島大学大学院理学研究科)と共同で、患者iPS細胞の突然変異遺伝子を修正し、正常な遺伝子を持つ細胞から皮膚を作り、皮膚潰瘍の部分に移植する再生医療の実現に向けて研究を進めています。

「実現までの道のりは長いかもしれませんが、皮膚潰瘍の治療法を確立し、少しでも患者さんの負担を軽減したいと思います」と今後の意気込みを語ります。

 
不思議に思う力を身に付ける

 科学者として心掛けていることは、「とにかく不思議に思うこと」だと言います。

「不思議に思うことから解決するべき課題が見え、研究は進み出します。学生にも科学に触れる中で、『どんなことでも不思議に思う』習慣を身につけてほしいと考えています」

そう話す先生が学生指導の際に大切にしていることは、「発想力」を伸ばすこと。

「次にどうすればいいと思う?」「このデータから考えられることは何か?」といった疑問の言葉を投げかけ、学生の自発的な発想を促します。そうして学生が持つ能力をできるだけ引き出すように心掛けているそうです。

「実験のささいな成功であっても、学生と共に喜びを分かちあう」と語る先生に、研究者としてだけでなく、教育者としても熱い一面が垣間見えました。

あとがき

「研究者にとって、科学者にとって、とにかく不思議に思うことが大切」という嶋本先生の言葉。またそこから課題を見つけ、前途にさまざまな困難があろうと、それを乗り越え、解決していく姿勢。どちらも「科学」だけでなく、他の分野でも大切なことです。「実現までの道のりはまだ長い」と答えられましたが、先生の研究に対する熱意は難病である早老症ウェルナー症候群の治療法確立につながると感じました。(N)


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