第42回 岡田 賢 講師(大学院医歯薬保健学研究院)

世界初!ヒトにおいてRORC遺伝子異常が原発性免疫不全症の原因になることを同定

大学院医歯薬保健学研究院統合健康科学部門 岡田 賢(おかだ さとし)講師

に聞きました(取材:広報グループ 2016.2.5)

はじめに

重症先天性好中球減少症を中心に、原発性免疫不全症について研究をしている岡田賢講師。米国ロックフェラー大学のジャン=ローラン・カサノヴァ教授らと共同研究を行い、慢性粘膜皮膚カンジダ感染とメンデル遺伝型マイコバクテリア感染が同時に起こる原発性免疫不全症の原因遺伝子を同定することに成功しました。この研究成果は、2015年7月に米国科学雑誌『Science』のオンライン版に発表されました。

※掲載論文はこちら

今回の発見は、先天性の遺伝子の障害により発症する原発性免疫不全症の病態や予後の解明とともに、治療法の確立につながると期待されます。責任遺伝子発見までの経緯や今後の展望について、岡田先生にお話を聞きました。

研究テーマは免疫

体内に侵入してきた細菌やカビ菌などと闘い、身体を守る役割の免疫。先生が研究している原発性免疫不全症は、生まれながらに免疫がうまく働かない病気です。免疫機能が正常でないと、感染症にかかりやすくなったり、感染症が重症化したりします。多くの先天的な免疫機能の異常は遺伝子の異常で起こると考えられており、先生は病気の原因となる遺伝子を発見し、病態を明らかにする研究に取り組んでいます。

「遺伝子異常の謎に迫ることが自分の研究」と話す岡田先生

 ヒトでは約2万2000個の遺伝子が存在することが知られており、これらの遺伝子は生命の設計図として働いています。遺伝子の障害と疾患の発症には深いつながりがあり、最近は「遺伝子診断」として、遺伝子解析が患者の診断にも応用されています。過去に遺伝子解析は、一つ一つの遺伝子を解析する形で行われてきました。一方で2009年頃より、DNA塩基配列を大量かつ高速に解読できる装置「次世代シークエンサー」が導入され、遺伝子変異の探索が以前に比べて容易に行われるようになりました。

きっかけは、偶然見つけたたんぱく質

次世代シークエンサーが解析したマイコバクテリア感染患者の変異遺伝子リストを眺めていた先生は、偶然目に飛び込んできた『RORC』という遺伝子に着目します。『RORC』はRORγTをコードする遺伝子です。RORγTは最近注目を浴びている分子の一つで、生体に入った細菌や皮膚粘膜表面に付着する真菌の排除に重要なTh17細胞が作られる際に働くタンパク質です。

「Th17細胞は、インターロイキン17を産生します。インターロイキン17が皮膚粘膜におけるカンジダ感染防御に重要であることは、これまでの研究である程度は解明されていました。そのため、RORγTに障害があるこの患者さんは、カンジダ感染症を起こしていると私は予想しました。しかし、重症マイコバクテリア感染を起こした患者のデータの解析でRORC遺伝子異常が見つかったので、当初は非常に驚きましたね。この患者さんを調べれば、RORC遺伝子、RORγT、およびTh17細胞の未知の機能解明につながるかもしれないと思いました」と先生は、研究が始まった当初のことを振り返りながら話しました。

世界で初めての2つの発見

解析の結果、患者で認めたRORC遺伝子の変異は、機能が障害された「機能欠失型変異」であることを先生は特定します。生まれながらにRORC遺伝子の機能が欠損した患者の同定は、世界で初めてのことでした。患者の同定により、末梢リンパ節の欠損、胸腺の低形成、Th17細胞の減少など、RORC遺伝子欠損マウスで認められる表現型(※)がヒトでも確認されました。

(※)表現型:遺伝子に規定されて生物に現われる形質のこと

患者で認めたRORC遺伝子の変異が機能欠失型変異であることを突き止めた先生。「RORC遺伝子の障害とマイコバクテリア感染との関係性は、これまでの研究では全くの謎でした」と補足します。さらなる研究により、RORC遺伝子の機能欠失型変異を持つ患者は、マイコバクテリア感染防御に必要な『インターフェロンγ』と呼ばれる物質の産生障害を起こしていることを明らかにしました。こうして、RORC遺伝子がカンジダ感染だけでなく、マイコバクテリア感染の防御に必須であることが世界で初めて解明されました。

「患者が、RORC遺伝子の役割を教えてくれた」と話す岡田先生

「あきらめかけた研究」に訪れた転機

米国へ留学する前、先生の胸の中には2つの目標がありました。「病気の原因となる新規の責任遺伝子を見つける」「その発見を論文にまとめ、『Science』誌などの“トップジャーナル”に掲載する」。これらが見事に達成されたのは前述のとおりですが、その道のりは順調なものではありませんでした。

試験管内で行う機能実験で、「RORC遺伝子の変異が病気の原因」と確信した岡田先生。「実験細胞に、正常(野生型)のRORγ、RORγT、患者で認めた変異を有する(変異型)RORγ、RORγTを、それぞれ強制的に発現させて、標的配列への結合能を測定しました。野生型蛋白は標的配列に結合(バンド)するのに対して、変異型蛋白は標的配列への結合が障害されていました。この結果をみて、私はRORC遺伝子の異常が疾患の原因であると確信しました」と当時の様子を語ります。

患者で認めたRORC遺伝子の変異が機能欠失型変異であることを突き止めた時の実験データ
 

しかし、先生はその後、手詰まりを迎えます。「原因が分かったときには、患者さんがすでに亡くなっていました。そのため、患者さんの血液を使って病気の原因を検証することができませんでした。試験管内で認められた現象が、実際の患者で認められるかを確かめることは、もはや不可能。『この研究はここまでかな…』と限界を感じていました」と当時を振り返る先生。

そして、RORC遺伝子異常の発見から約1年後、転機が訪れます。RORC遺伝子異常を持つ第2、第3の患者が見つかりました。最初の患者と同様、近親婚の家族歴を持つ患者でした。最初に見つかった患者家族も併せて、3家系7名のRORC遺伝子変異を有する患者に巡り会い、解析に着手した先生。患者の血液を用いた検証が可能となり、研究プロジェクトが再び動き出しました。

“頼り頼られる関係”を築く

3年半に渡る留学を終え広島大学に戻った先生は、ロックフェラー大学の感染遺伝学研究室との共同研究を継続しました。広島大学とロックフェラー大学以外にも、世界中の研究者が携わることになった研究プロジェクト。ときには『この研究にはあなたが持つ解析技術が必要です!』と共同研究を要請し、多くの研究者の協力の下に研究を進めました。

研究は「協力なくして成功なし」と語る先生。他の研究者からの実験依頼に対して、簡単に「NO」とは言わない姿勢を貫き、“頼り頼られる関係”を作ります。このスタンスは、留学中に確立したそうです。「留学先のロックフェラー大学感染遺伝学研究室には、現地の研究者の他に、中国、フランス、ドイツ、コロンビア、イランなど、さまざまな国の研究者が集まっていました。競争はもちろんありましたが、互いに足を引っ張るような関係ではなく、むしろ『みんなで伸びよう、向上しよう!』という雰囲気があり、とてもチームワークの良い環境でした」と先生。互いに助け合うことで研究が加速し、病気の原因解明へ近づきました。

「きれい」な実験の重要性

先生は実験を行うとき、意識していることがあります。それは「きれい」な実験をすること。実験を行う前に、条件や手順をまずしっかりと考えてから、一つ一つの実験を組み立てるそうです。研究について考えをめぐらせ、ゴールまでの道筋を構築してから、実験を進めます。「思考をきれいに整理して実験をしないと、きれいな数値や実験データが出ない」と先生。きれいな結果が出せるように正確な実験を行う、この高いスキルが先生の強みです。留学中、英語は得意ではなかったと笑う先生ですが、「実験スキルは高く評価されていた」と胸を張ります。「『サトシの実験データはいつもきれいだ』と上司であるカサノヴァ教授に褒められていました。この経験が自信につながっており、指導する学生にもきれいな実験をするよう、いつも伝えています」と話します。

もう一つ先生が心がけている点は、実験をする時のコントロールと呼ばれる比較対照の重要性です。実験では、必ず陽性対照と陰性対照の両方を設定するように心がけています。「実験データを評価するには、どちらか一つのコントロールだけでは不十分です。具体的に説明するため酵素活性の測定を例にして話をします。健常人の酵素活性(陽性対照)が100、患者の酵素活性が60であった。たしかに100と比べると、60は少ないので『酵素が壊れている』とも評価できます。一方で、実際に酵素が欠損していることが示されている罹患者(陰性対照)がいて、その酵素活性が10であったとしたら、患者で認めた酵素活性60の評価は全く変わってしまいます。実験結果をきちんと評価できるように、常に陽性対照、陰性対照を設定して実験を行うことが重要と考えています」と先生は続けます。

大学院生の実験を指導する岡田先生

「真実」を求めて

どんなに丁寧に実験しても、論文に使えるデータは全体のたった1割ほど。技術的な面で実験がうまくいかないなど、さまざまな理由で9割のデータは論文には使えないそうです。「納得がいく実験結果が出ない時はつらい。でも、自分の仮説にあった結果に拘るのは、正しいこととは思いません。『真実』が見えてくるように、条件を工夫したり、実験結果の解釈に思いを巡らせたりしながら、何度も実験を行います。論文に使えるデータが得られたときは、本当に嬉しいですよ」と微笑む先生。「世の中にまだ知られていないことが、自分の手で明らかになっていく。新しいことが分かる過程が面白いし、分かった瞬間は本当に嬉しい。知的興味心が満たされた時に、研究のやりがいを感じます。新しいことが分かる喜びを、多くの方に味わってほしいですね」。

今後の展望

いまだ責任遺伝子が不明の原発性免疫不全症患者は多数存在します。「新しい遺伝子の発見の可能性はまだまだあります。病気の解明につながる発見をして、医学と患者さんに貢献したいです」と今後の意気込みを語る岡田先生。次の「新しい発見」のニュースを耳にするのは、そんなに遠くないかもしれません。

あとがき

難しい専門用語を分かりやすい言葉に変えて説明してくれた岡田先生。“小児科医”の優しい顔が垣間見えた一方で、「患者さんのためになる発見をしたい!」と研究者としての熱意が話の端々から伝わってきました。論文をまとめる時に使えるデータは全体のたった1割とのことで、その数字に衝撃を受けました。大変な苦労と努力を想像しますが、「研究は楽しいこと、面白いことがたくさんありますよ!」と生き生き語る先生の表情が印象的でした。インタビュー終了後、実験室を少しのぞかせてもらいましたが、先生と大学院生の皆さんが気さくに会話をして、楽しそうに実験が行われていました。研究室の雰囲気の良さが、研究をより楽しくさせているのかもしれませんね。新しい遺伝子が発見され、病気の原因が一つでも多く解明されていくことを期待しています。(F)


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