第6回 升島 努 教授 (大学院医歯薬学総合研究科)

細胞一つ一つを直接分子分析する最先端の技術を開発

升島 努 教授

大学院医歯薬学総合研究科 創生医科学専攻 升島 努(ますじま つとむ)教授

に聞きました。 (2008.9.30 学長室広報グループ)

研究の概要

升島教授の研究は、主に分析化学、薬学分野での分析法開発が中心です。教授は常に新しい視点から研究に取り組み、最近「質量分析(※1)」を用いた細胞分析において、新しい方法(※2)を確立しました。

新分析法によって教授が可能にしたのは、わずか1pl(※3)にも満たない1個の細胞の動きをビデオで観察し、変化の瞬間、その中にひそむ数千種類の分子を直接一斉に分析し、うごめいた分子が何であるかを、より速くより的確に特定すること。このことは、ライフサイエンスや医療の加速に大きく貢献するものと評価され、今年9月、日本分析化学会の2008年・学会賞に選ばれました。

(※1)分子の重さを量って、その分子が何であるかを特定すること。2002年にノーベル賞を受賞した島津製作所の田中耕一さんの研究で注目された。
(※2)「Live Single-Cell Mass Spectrometry」Nature誌Editorがつけた名前。ライブで生きたまま、1ヶの細胞の動きと物質を同時に分析する手法。「見える細胞分子分析」。
(※3)1picoリッター=10のマイナス12乗

 

手作りの装置が導いた発見 −教授の研究史から−

物質が光を吸収すると熱が発生します。熱が発生するときに空気が膨張し音が出ます。1980年代、教授は、顕微鏡に仕込んだマイクロフォンでこの音を拾い、それを信号化して解析するという「顕微光音響分光法」を研究していましたが、当時の研究者たちが、レーザーなどで分析を進めるなか、教授はつくばの放射光施設で、X線を用いても分析できることを発見(1985年)したのです。「X線を当てた後、信号が目で確認できたときは、皆でわーっと喜びました。信じて真摯に向かえば、自然は必ず応えてくれる、と強く思いました。このときの喜びが今も心の支えになっています」と教授。先駆的な発見でした。

X線光音響効果を発見したときの信号

X線光音響効果を発見したときの信号

手作りの検出器の数々

手作りの検出器の数々

実はこのとき使用した分析装置は、教授が一から手作りしたものでした。試行錯誤を重ね製作した自前の装置だったからこそ、「感度が良いものができた」のだとか。「ものづくり」が趣味の升島教授。教授室の前にある工作実験室では、今も日々、研究のための「ものづくり」が行われています。

 

見える分析法の展開へ

X線音響効果を発見した後、教授の挑戦は「見える分析法」へとシフトしていきました。それまでグラフでしかとらえることができなかった物質の反応を、ビデオカメラを使って、「動き」そのものを観察しようとしたのです。そうして、世界で初めて、細胞がアレルギーに反応する瞬間の可視化などに(1996年当時、教授の指導する助教授たちの頑張りで)成功。他の研究者たちにインパクトを与えました。

アレルギーを起こす細胞内の顆粒がはじける瞬間

細胞にも個性がある

ビデオカメラによって細胞の反応をまじまじ見ていると、教授に、また新たな発見がありました。
顕微鏡の視野の中の細胞をビデオ撮影し、その差を画像化したとき、同じ条件の細胞なのに「はじける(反応する)時間や動きに違いがある」ことに気づいたのです。「細胞にも個性がある」そう思った教授は、「細胞の変化と分子の変化を1個で同時にリアルタイムで捉えたい。細胞変化の分子機構が早く分かれば、病気の原因解明や診断、新薬の開発がはるかに速くなる」と考えるようになったのだとか。

左図は細胞内の顆粒がはじける瞬間。右図は細胞別にはじけた数と時間の違いを示したデータ

左図は細胞内の顆粒がはじける瞬間。
右図は細胞別にはじけた数と時間の違いを示したデータ

自作の機器と世界最先端の装置の融合

教授の新たな挑戦は、自作の機器と世界最先端の装置を融合することで実現していきました。教授が設立した大学発ベンチャー「株式会社 HUMANIX」(2004年設立)で製造する「ナノスプレーチップ」は、わずか1マイクロメートル(※)の先端で、細胞の中の超微量の液体を吸い取ることができ、細胞1個中のわずかな分子たちが網羅的に検出(ナノ質量分析)できることを発見しました。またメーカーの協力もあり世界最先端のオービトラップ型質量分析装置を導入し、精密な測定結果から分子が何かをすぐに決められるようになりました。その結果、これまで細胞内の分子の特定に1週間かかっていたところを最短3時間で済んでしまうこともあるのだとか。

(※)1マイクロメートル=10のマイナス6乗メートル

(株)HUMANIXのナノスプレーチップ(左)を用いて、分化した細胞1個から成分を取り出す瞬間(右)

(株)HUMANIXのナノスプレーチップ(左)を用いて、分化した細胞1個から成分を取り出す瞬間(右)

オービトラップ型質量分析装置。今年遂に、念願の装置を設置。

夢を持つ人間に

学生たちには「夢を持つ人間になってほしい」と語る升島教授。自身も常に夢を追いかけています。教授の研究フィールドは、ライフサイエンスの分野にとどまりません。現在建設中の、広島市民球場に代わる新球場に「超低コスト開閉式ドーム」を設置することを目指して、県内4社と共同開発(特許取得済み)していることもその一つ。「分析化学の先生がなぜドーム?」との質問に「装置を開発して新しい可能性を拓くという自分流のアプローチは基本的に変わりません。私は物理畑出身なので、原理原則がわかれば、分析装置だろうがドームだろうが同じなんですよ」と升島教授。その柔軟性、行動力に圧倒されました。

開発中の膜開閉式ドーム屋根

開発中の膜開閉式ドーム屋根

升島教授は、学生に「本質を見ろ!」と常に言っているそうです。「私はオペレーターを育てているわけではありません。例えば、機械が出したデータを見て、なぜそのデータが出たのかという“なぜ”の部分を考えること。人に説明するときに『簡単に言えばこういうこと』と言えること。これは物事の本質を見ていないとできません」と升島教授。
「考えることのできる学生、チャレンジしてくれる学生をこれからも育てていきたいですね。でも、最近はいい意味で「悪さ」をしてくれる学生が少なくなって寂しいんです」とも。学生たちは身を持って実践している教授の背中を見て育っていくことでしょう。

本質を見てほしい

本質を見てほしい

あとがき

インタビューをさせていただくまでは、どちらかというとクールなイメージだった升島先生。インタビューを経て、その印象はがらっと変わりました。
人がやっていることをやっていてはだめ。人がやれないことをやるんだ。そんな強い意志を持ち、日々絶え間ない努力を重ねていらっしゃる先生。今年の9月には、この1細胞高速分子分析で世界を先導したいと「国際セロミクスセンター」を広島大学霞キャンパス内に開設し、センター長に就任されました。
プライベートでは日本画を描かれることもあるのだとか。公私ともに精力的に活動されている先生に、ただただ尊敬するばかり!先生の興味と挑戦がこれからどんな方向に向かっていくのかを想像すると、なんだか私までわくわくしてきてしまいました。(M)

国際セロミクスセンターの開所式(一番左が升島教授)

国際セロミクスセンターの開所式(一番左が升島教授)


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