N極とS極が8個ある「磁気八極子」を、世界で初めて観測

平成21年7月31日

超伝導現象の解明や、より高度なエレクトロニクスデバイスへの応用の道を拓く研究成果
N極とS極が8個ある「磁気八極子」を、世界で初めて観測

研究成果のポイント

  1. 共鳴X線回折」に磁場反転を組み合わせる、新たな実験手法で観測したこと。
  2. 「磁場をかけると磁気八極子が発生する」現象を、初めて実際に観測したこと。
  3. 物質の磁気的性質に関する基礎的・微視的な理解が進展し、新機能物質の開発などが期待できること。

全体概要

広島大学大学院先端物質科学研究科・松村武准教授らの研究グループは、理論的に存在が予測されている「磁気八極子」と呼ばれる物質の磁化状態を、「共鳴X 線回折」に磁場反転を組み合わせる新たな実験手法を用いて観測した結果、世界で初めて、その磁荷分布が発生している現象を捉えることに成功しました。

普通、物質に磁場をかけると、その磁場の方向にS極とN極が一対になった磁化が生じます。これを「磁気双極子が誘起された」と言います。通常、磁気テープや永久磁石として使われる磁性材料等で利用しているのは、この磁気双極子の性質です。原子1個1個が持っている磁気双極子が、磁場によって同じ方向にそろえられるわけです。この様子を表したのが図1です。原子の磁気双極子を、+の磁荷(N極、黒の部分)と-の磁荷(S極、白の部分)として表しています。普通は、これを白から黒へ向かう一本の矢印で表します。

ところが、物質の中には、磁場をかけても磁気双極子ではない奇妙な形をした磁荷分布が現れているらしい物質もあることが知られていました。CeB6(セリウム六ホウ化物、図3のような結晶構造)は、その典型物質です。図2に、その磁荷分布の様子を示します。これが「磁気八極子」です(NとS極が8個ある)。「磁気八極子が発生している」と考えなければ、磁化や比熱、相転移温度などの振る舞いが説明できないと言われています。しかし、このような形の磁化が発生していることを観測した実験は、これまでありませんでした。直接観測できる可能性のある手法が、中性子回折とX線回折だけとされており、しかも、双極子と比べて、八極子は非常に観測にかかりにくいという困難が予想されていたからです。

今回、松村准教授のグループは、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構・物質構造科学研究所・構造物性研究センター(村上洋一センター長)との共同で、共鳴X線回折により、この磁気八極子が磁場中で誘起されてくる様子を、直接、実験で捉えることに成功しました。図4がその実験結果で、横軸はX線のエネルギー(波長に反比例)を表しています。5.72keV付近で共鳴が起こり、Ceイオンの歪んだ電荷分布が規則的に配列していることによる信号や、図2のような、八極子の規則的配列による信号が現れます。

今回の測定のポイントは、磁場を反転させても強度が一致しない部分(図の5.718keVのところ)だけを取り出すことで、磁気八極子だけの信号を抜き出すことに成功した点にあります。磁気八極子が確かに発生していることを観測できた意義は大きく、現在、盛んに行われている多極子の研究の重要な基礎となり、物質が示す磁性についての微視的な理解がいっそう進むものと期待されます。

この研究内容は、2009年7月3日付けのアメリカの物理系学術誌「Physical Review Letters(フィジカル・レビュー・レターズ)」に掲載されました。
論文タイトル:"Magnetic Field Induced 4f Octupole in CeB6 Probed by Resonant X-Ray Diffraction"
日本語訳「共鳴X線回折によるCeB6における磁場誘起磁気八極子の観測」
http://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevLett.103.017203
参考ウェブサイト:http://home.hiroshima-u.ac.jp/scep/CeB6RXS.html

本研究を始めた社会的背景や経緯

磁気双極子だけでなく、電気四極子(電荷分布の歪み)や磁気八極子(図2のような磁荷分布)といった状態も、磁化や比熱などの物理的性質や相転移現象に重要な影響を及ぼしており、これらを現在の研究者は多極子効果と呼んでいます。日本は伝統的に磁性研究が盛んで、100年以上の歴史を持っていますが、この磁気八極子が注目され始めたのはわずか10年ほど前です。それも日本の研究者の指摘によるもので、この多極子研究では日本が世界をリードしています。

■最近の関係プロジェクト:
「充填スクッテルダイト」http://www2.kobe-u.ac.jp/~hh/skutterud/index.html
「重い電子系の秩序化」http://www.heavy-electrons.jp/

本研究で取り上げたCeB6も、日本で生まれ育った物質と言っても過言ではなく、およそ30年にわたる研究の歴史を持っています。それくらい長く、また、多くの研究者の興味を引き続けてきた物質だと言えます。なぜ興味を引くかというと、この物質が我々の物質観を広げてくれるからなのでしょう。物質中での電荷分布は球状ではなく、ときに歪んだ形を持ち、また磁化も、単なる双極子ではなく、八極子のようないびつな形を持つことがあり、しかも、それらが物性に影響を及ぼすというのです。たとえば、永久磁石は磁気双極子が平行に揃った「強磁性」状態で、それは磁気双極子が互いに同じ向きを向こうと力を及ぼし合った結果なのですが、磁気八極子が力を及ぼし合って図2のように互いに反対向きを向くと、磁気双極子間の相互作用がなくても永久磁石と同じ強磁性状態が現れたりします。そのような現象も研究中です。これらの微視的メカニズムをきちんと理解することで、我々の物質観が育ち、やがては教科書となって多くの人々に広まってゆくわけですから、多くの研究者の興味の対象である物質CeB6で、予想されていた磁気八極子を実験的に捉えることは、関係者の長年の願いでもありました。

研究内容・手法

実験は、高エネルギー加速器研究機構・放射光科学研究施設のビームライン3Aで行いました。X線回折計に最高磁場8テスラの超伝導マグネットを搭載し、磁場によって磁気八極子が誘起される秩序相の温度2.5ケルビンで測定を行いました。共鳴X線回折は、X線のエネルギー(波長)を自由に変えることのできる放射光施設でなければできません。また、図3の信号強度は、通常の結晶格子による回折強度(これは大学等の実験室にあるX線回折装置で測定可能)と比べて、数十万分の一程度という微弱なもので、高輝度のX線ビームが利用できる放射光施設でなければ検出不可能なものです。ここで使用した共鳴X線回折という手法の強みは、原理的に、電気十六極子までの多極子が観測可能である点にあります。さらに、今回、磁気八極子の信号だけを分離できたように、磁気双極子の信号と重なってしまう中性子回折と比べても、多極子研究には共鳴X線回折が非常に有効であると考えています。

■関連ウェブサイト
高エネルギー加速器研究機構 http://www.kek.jp/ja/index.html
放射光科学研究施設 http://pfwww.kek.jp/indexj.html
ビームライン3A http://research.kek.jp/people/hironori/beamlines/bl-3a/

本研究成果が社会に与える影響

理科の教科書には、物質の磁化の説明として、N極とS極の絵が描かれた図があり、多くの人は磁化とはそのようなものだと考えているかもしれません。ほとんどの場合、それで間違ってはいません。しかし、現実の物質の磁化とは、必ずしもそのように単純なものではなく、今回のCeB6のように、沢山のN極とS極が発生するような場合もあります。そのような認識が広まれば、新しい機能をもった物質の開発や超伝導現象の解明につながる可能性も出てきます。

現代の世界は多極化の時代と言われています。かつてのような東西に分けた二極的な見方では現実を見誤ります。物質でも、多極子が現象を支配しているのに、観測しやすい双極子ばかり見ていても本質を捉えることはできません。多極子の動きは複雑で捕らえにくいため、物理の世界では「隠れた自由度」とさえ呼ばれています。社会現象とも共通しており、多極子の研究は、社会現象の理解にも役立つと思われます。

今後の展開

本研究で見出した、磁場中共鳴X線回折に磁場反転を組み合わせる手法は、多極子が物性を支配する他の物質の研究にも広く応用できると考えており、多極子自由度に関する理解がいっそう深まっていくものと期待しています。

用語解説

■共鳴X線回折:
原子のエネルギー準位差にちょうど一致するエネルギーのX線を使って回折実験を行うと、高いほうのエネルギー準位の電子軌道の情 報を選択的に高精度で引き出すことができる。ここでは、Ceの2p軌道と5d軌道、および2p軌道と4f軌道のエネルギー差、約5.72keVに相当する エネルギーのX線を使用した。図5にそのイメージ図を示す。内側の軌道が2p軌道、外側が5d軌道や磁気八極子が発生する4f軌道である。

図1:外部磁場で磁気双極子が誘起される様子

図1:外部磁場で磁気双極子が誘起される様子

図2:外部磁場で磁気八極子が誘起される様子

図2:外部磁場で磁気八極子が誘起される様子

図3:CeB6の結晶構造

図3:CeB6の結晶構造

図4:共鳴X線回折の実験結果

図4:共鳴X線回折の実験結果

図5:共鳴X線回折のイメージ図

図5:共鳴X線回折のイメージ図

お問い合わせ先

広島大学大学院先端物質科学研究科 准教授 松村 武
Tel: 082-424-7021、Fax:082-424-7024
E-mail: tmatsu@hiroshima-u.ac.jp
(@は半角@に置き換えた上、送信してください。)


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