別紙:第18回ペスタロッチー教育賞 受賞者紹介

第18回ペスタロッチー教育賞受賞者紹介

学校法人光の村学園 理事長・学園長 西谷 英雄(にしたに ひでお)

 

西谷英雄氏は、大正15年高知県に生まれた。生来病弱であった氏は、若い母親の手に負えず、隠居家の祖母に育てられた。近所に二つ年上で、学校ではバカとうわさされながら、釣りは名人級のシゲちゃんがいた。氏は、「シゲちゃんは本当にバカやろか」と問うたことがある。「なんでも一つちゃんとできたら、バカじゃない」という祖母の答えは、氏の生き方に関わる確信となった。氏は生涯をかけて、知的障害児の成長の可能性を信じ、障害者が自立して行く姿を社会に示すことで、偏見に挑み続けた。

少年時代の西谷氏は、病気を繰り返し中学退学を余儀なくされながらも、昭和18年、希望して海軍省の気象技術者養成所に入所する。着任したサイパン島で現地の子どもと仲良くなり、それまで人と関わることが苦手であった氏が、帰国して教職に就くことになる。

昭和23年、山村の小学校に赴任し、校内を徘徊する児童と出会う。この子に金槌を持たせ、木造校舎のあちこちで頭を出した釘の打ち込みを依頼したところ、徘徊は修繕見回りに意味を変え、やがて教室の机について学習できるまでに変化した。昭和26年には転勤先の小学校で特殊学級を受け持った。貧困の中にあって夕食もままならぬ子どもらと調理し食した「朝飯学級」、日記や版画などの表現活動、これらを通して見えてきたのは、ひたむきに生きる彼らの姿であり、彼らの賢さであった。

西谷氏は、知的障害児の能力を引き出す特殊学級が、中学校にも必要であると強く感じるようになっていた。役所にいくら訴えても、らちが明かない。氏は、丸ノコ盤、カンナ盤、旋盤を備えた木工室を設置し、卒業生の居場所としたいと考えた。氏は、公務を終えては行商に回り、機材購入の資金を捻出する。氏の努力は小・中の校長を動かし、特殊学級の児童が卒業しても、そのまま氏の学級に通うことを許された。昭和32年には、この「もぐりの中学部」が、高知県内初めての中学特殊学級として正式に認められた。

昭和33年、送り出した中学卒業生の中に、就職できない者がいた。氏は、中学部の上に高等部補習科を設置したいと考えた。障害者が自立を果たすためには、就業を支える堅実な生活が必要である。知的障害者の職業教育には、技術教育とともに、起居を共にして生活面での完全自立を目指す生活教育が伴わねばならない。補習科には紙箱工場が併設され、紙箱販売による収益を運営費としつつ、技術の習得が目指された。しかし、民間企業を脅かすとの反感を招き、補習科は財団法人「光の村職業補導所」として独立することとなった。ここに、生活と技術の教育を中心に置く「光の村」教育が始まる。

昭和38年に高知市立養護学校が設立され、教頭として迎えられる。しかし、氏の願いであった高等部は、財政上の問題から併設されなかった。ならば、自分で創るしかない。氏は、市立養護学校を退職し、知的障害者のための私立高校創設を決意する。多くの賛同者の力添えにより、昭和41年に社会福祉法人、昭和44年には学校法人を立ち上げることができた。その後の「光の村」は、障害児・者の自立を目指す私立の総合施設として大きく展開して行く。現在は、青年全期に対応した養護学校、就学や就職の基盤である寮やグループホーム、就職を支援する各種工場(紙箱、製菓、木工など)を備え、活動は土佐市を中心に、関東や関西にまで広がっている。

日本が貧しかった頃の知的障害児は、ひもじさを満たすために非行に走ることがあったが、彼らはひたむきに生きていた。しかし、社会が豊かになると甘やかされて育てられ、本来伸びるはずの力すら未発達の入学者が目立つようになる。「光の村」教育は、①暮らしの質を変える生活指導、②体の質を変える体育、③手の質を変える作業教育、④ことばと生活の質を変える教科教育、を柱として、この新しい時代の困難に挑戦してきた。入学当時は依存することしか知らなかった子どもが、生活を立て直し、発育の止まってしまった体を改善し、仕事のできる手と頭を獲得する。生徒らは、寮生活を通して身の回りのことを自分でできるようになり、やがて50キロメールを完歩し、フルマラソンに挑み、スポーツ大会で入賞するまでになる。知的障害者の就職率が10%台であるのに対し、本専攻科卒業生の就職率は50%を超えている。知的障害者を無能とみなす偏見はまだ根強いが、氏によって興された「光の村」教育は多くの実績によって、少しずつ偏見を打ち砕いてきたのである。

ペスタロッチーは、教育の機会を与えられていなかった孤児や貧困家庭の子どもを対象に、「頭と心と手」の教育の重要性を唱え、自ら学校を開いてその有効性を世に示した。知的障害児の可能性を信じ、彼らの自立に生涯をかけて取り組んできた西谷氏の歩みは、このペスタロッチーの姿と重なる。氏の長年の功績に対し、第18回ペスタロッチー教育賞を贈呈し、高く顕彰したい。


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