第1回 杉山 政則 教授 (大学院医歯薬学総合研究科)

腸まで届く植物乳酸菌で「おいしく食べて健康」に

大学院医歯薬学総合研究科 創生医科学専攻 杉山 政則 (すぎやま まさのり) 教授

に聞きました。(2008.3.11)学長室広報グループ

 

医歯薬学総合研究科杉山政則教授らが、地上と国際宇宙ステーション(ISS)を利用して行った研究成果が、米国生化学・分子生物学会の学 術誌 Journal of Biological Chemistry(JBC) の本年1月8日号に掲載(昨年11月電子版で発表)されました。(2010.1.13)

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杉山教授と、中国醸造株式会社(代表取締役社長:白井浩一郎氏)との産学連携研究により、乳酸菌をはじめとする微生物の発酵パワーで、肌をケアしながら汚れを落とす洗顔料が誕生しました。(2010.11.9)

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研究活動の概要

研究領域は主として、微生物を材料とした構造生物学分野。タンパク質を構成するアミノ酸の配列情報は容易に知ることができますが、この情報からタンパク質の立体構造や機能を知ることは困難です。そこで、立体構造からタンパク質の機能を明らかにしようと、医薬や医療に有用なタンパク質(酵素)のX線結晶構造解析を推進しています。最近は、地域貢献研究ばかりがクローズアップされ、基礎研究をやめたのかと冗談まじりに言われることも多いそうですが、相乗効果により、構造生物学の手法を取り入れた基礎研究もきわめて順調ということです。

チロシナーゼ(ピンク)は、シミやソバカスの原因物質であるメラニン色素の合成を触媒する酵素です。放線菌由来のチロシナーゼと、チロシナーゼに銅イオン(ブルー)を運ぶ役割をもつキャディータンパク質(グレー)との複合体の三次元構造を世界で初めてX線結晶構造解析により決定したもの

メラニン生成酵素(チロシナーゼ)

きっかけは「酒粕」。そして、仮説から「ものがたり」は始まりました

平成14年の秋、杉山教授のもとを広島県のある酒造会社の役員が訪れ、「酒造りの技術者である杜氏の肌は、白くて健康的だと昔からいわれている。酒粕を有効活用したいので、酒粕のヘルスケア機能を科学的に調べて欲しい」と相談を受けました。
当時、杉山研究室では、遺伝子組換え技術を用いてメラニン色素を産生する大腸菌を創出していました。酒粕(会社から提供されたフリーズドライ製法でつくった酒粕パウダー)を加えて培養してみたところ、大腸菌は黒い色素をつくりませんでした。そこで、酒粕のなかには、メラニン色素を作る酵素であるチロシナーゼの働きを阻害する物質があるとの仮説を立て、その物質を特定しようと本格的な研究が始まり、阻害物質が特定されました。
また、更なる酒粕の有用性を探る中で、アトピー性皮膚炎にも有効かもしれないと考え、炎症を起こした動物の患部に酒粕入り軟膏を塗ってみました。皮膚炎の改善が見られ、有効物質の特定も行いました。

植物乳酸菌

「ひょうたんから駒」+「ネバー・ギブ・アップ」=夢

その話を聞きつけた文部科学省・知的クラスター創成事業(広島バイオクラスター)のコーディネーターから「広島の地場産業活性化のため、先生の研究成果を保健機能性製品開発に利用できないか」との要望があり、「杉山プロジェクト」として採択されました。

時を同じくして、広島県の各種技術センターの横断プロジェクトの一環として、地場企業も参加し「食品機能開発研究会」が発足。知的クラスターへの採択が縁で、理事に就任した杉山教授は、地元乳業メーカーの若い研究員から「私のところでも何かできないでしょうか?」と聞かれました。当時酒粕のヘルスケア機能性研究が進んでおり、かつ、酒粕パウダーをパスタにかけて食べてみたらコクが出ておいしかったので「ヨーグルトに酒粕を入れたら、ヘルスケア機能が付加された、独特の風味の製品ができるかも知れませんね」と、とっさにお話ししたところ、彼は翌日、研究室に酒粕パウダーを取りに来て、1週間後には試作品を持ってこられました。

少量の酒粕を添加すると、通常12時間かかるヨーグルトの発酵時間が4時間程度に短縮したという彼の報告から、これは、酒粕に乳酸菌の発酵を助ける因子があると考えた杉山教授は、次に植物乳酸菌で試作することを提案しました。ところが、ヨーグルト業界では植物乳酸菌は乳中での増殖が困難であることから、植物乳酸菌では固形ヨーグルトはできないというのが常識でした。渋る研究員に、ダメもとで酒粕の可能性に賭けてみたいと、杉山教授は乳に酒粕パウダーを微量添加することを提案。動物乳酸菌は胃酸や胆汁に弱く、生きて腸まで達しにくいのですが、植物乳酸菌は生菌として腸まで届くので、他製品との差別化が図られると考えたからです。酒粕独特のにおいの除去など難問はありましたが、教授が提供したニンジン、ナシ、桃、ぶどうを始めとする40種類以上の野菜や果物から分離した植物乳酸菌による数百回に及ぶ試作を重ねて、ついに市場に投入できる「植物乳酸菌による固形ヨーグルト」が誕生しました。その間1年半。決してあきらめない杉山教授と地方の小さなメーカーの開発担当者の地道な努力が実を結んだ瞬間でした。新たなヨーグルト製造技術として特許を共同申請。平成16年10月には製品の販売も開始されました。

一方、ニンジンから分離した植物乳酸菌を、広島産温州みかんの果汁に少量のグルタミン酸を添加して培養すると、GABA(血圧降下作用や抗ストレス作用があるアミノ酸の一種)が大量にできることがわかりました。その技術を利用したGABA入りヨーグルトも誕生。他の地元食品企業から、漬物、梅酒、フルーツゼリーなど、新たな機能性食品が誕生しています。食品に利用するので植物乳酸菌の安全性も確認しているとのことです。

植物乳酸菌は、県内の多くの企業との共同研究契約へ、更には海外企業(韓国大手乳業会社)との国際産学連携契約(特許技術供与)へと繋がり、事業化が進んでいます。今後は、韓国に続き、台湾を含む東アジアやヨーロッパへも広島大学発植物乳酸菌発酵技術の国際展開が推進される予定です。

この事業からできた製品を全国に向けて販売するにあたり、ブランド「ビオ・ユニブ広島」を立ち上げ、ロゴ・マークもデザインしました。商品には「Bio Univ Hiroshima」のマークが入ります。このマークは、広島大学が商標登録したもので、広島大学が技術提供しているという目印になります。杉山教授は、マークをつけた製品の売上の一部を、大学の研究資金に還元したり、若い研究者へ賞を授与できるようになればうれしいと話しています。

製品化されたヨーグルト

Bio Univ Hiroshimaロゴ・マーク

目標は人の役に立つ研究

例えば、機能性食品の開発に成功したとき、その製品がトクホ(特定保健機能食品)に認定されれば、厚生労働省から健康にいいというお墨付きを得たことになります。しかし、認定を得るための試験費用は、通常、数千万円から1億円程度かかるため、中小企業にとってはハードルの高いものとなります。安い費用で試験ができるシステム作りなど行政の役割も重要ですし、大学には技術開発を担う役割を果たすことが期待されていると話す杉山教授ですが、大学が研究シーズを提供、企業と一緒に技術開発、それを特許化、そして事業化する際に大学にライセンス料が入り、一部が教員にも還元される形が良いと考えています。自分自身で事業をするよりは中小企業の支援に徹したいと、これまで考えてきたそうですが、最近、大学発ベンチャー企業設立も視野に入れなさいとアドバイスしてくださる方も多いそうです。

平成19年4月には、杉山教授が奮闘して、当時の碓井研究科長、弓削副学長、浅原病院長の協力のもと、広島大学大学院医歯薬学総合研究科に、寄附講座「臨床評価・分子栄養科学講座」が設置されました。これは食品や医薬品関連の地元企業等の16社と広島大学卒業生有志の資金面でのご協力により実現したものです。この講座では、大学病院の医師の協力を得て、食品の保健機能性を検証するための「ヒト臨床試験」を実施しています。機能性食品の臨床評価を広島大学で行うことにより、広島地域の食品製造企業は勿論のこと、「特定保健用食品」の申請を予定する国内企業にも広く貢献することができると期待されています。

最近、ピロリ菌の増殖を効率よく阻害する物質を産生する植物乳酸菌を見つけ、それにかかわる特許申請をしたそうです。夢の抗ピロリ菌機能性食品の誕生が待たれるところです。

植物乳酸菌培養

抗菌物質をつくる植物乳酸菌の取得に成功!

ある細菌を全面に塗った寒天培地に、植物乳酸菌の培養液を染みこませた白い濾紙を置き、37℃で一晩培養します。もしも、その乳酸菌培養液に抗菌物質が含まれていると、濾紙の周囲には細菌の発育阻止円(この写真で黒く見える部分)が観察されます。

杉山プロジェクトのロゴ・マーク

あとがき

後日、平成20年度科学技術分野の文部科学大臣表彰(科学技術賞・技術部門)を受賞されるという嬉しいニュースが届きました。先生、おめでとうございます。
科学技術賞(技術部門) 16件
授賞理由 醸造副産物と植物乳酸菌を利用した新規ヨーグルトの開発
授賞式 平成20年4月15日(火) 虎ノ門パストラル
受賞者等決定の文部科学省Web頁
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/286184/www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/03/08030609.htm

植物乳酸菌はどこにいるかわからないので、一種の昆虫採集のようなもの。今も、乳酸菌を求めて植物公園にも出かけていますとの言葉が印象的でした。「人の役に立つ人間になるように」とのお母様の言葉を胸に、今日も植物乳酸菌の採取に駆け回っておられるのでしょうか。最近はそんな時間すらないように見えましたので、きっと、時間のプレゼントを差し上げたら感謝されるだろうな〜と、取材中、そんなことを考えていました。
4月1日には、(財)ひろしま産業振興機構内に、広島大学と広島県との共同運営組織である「ひろしま技術移転センター」が設立され、センター長に就任。忙しさに益々拍車がかかりそうです。(O)


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