第14回 堀内 浩幸 助教(大学院生物圏科学研究科)

日本人の健康を守る!広島大学発の新しい卵づくり

掘内浩幸助教

大学院生物圏科学研究科 生物機能開発学専攻 堀内 浩幸(ほりうち ひろゆき) 助教

に聞きました。 (2009.5.29 社会連携・情報政策室広報グループ )

ダイジェスト

ニワトリ1羽が1年間に産む卵は約300個。特に日本は、養鶏産業が盛んで、卵の自給率は90%以上、消費量も世界トップクラスです。卵は日本人の食生活にとって、欠かせない食物と言えます。しかし一方で、日本人の食物アレルギーの最大の原因となっているのも、卵。特に0歳~19歳の若年齢層で、卵アレルギーは多く発症しています。

卵アレルギーの最大の原因は、卵白に含まれる「オボムコイド」というタンパク質です。堀内助教は、行政や企業と連携して、オボムコイドを含まない、低アレルギー性の鶏卵を開発する技術を確立しました。将来、食品や医薬品への応用が可能になれば、卵アレルギーの人も安心して食べられる加工食品や、安全に接種できるインフルエンザワクチンなどが製造できると期待されています。

 

始まりは偶然の発見

低アレルギー性の鶏卵の技術開発は、これまで培ってきた研究のノウハウをもとに実現しました。堀内助教の専門は免疫生物学。動物の免疫機能を明らかにするために、ニワトリを実験モデルに研究を行っています。堀内助教は、1996年頃から、ニワトリのサイトカインを研究していました。サイトカインとは、動物の体内で免疫反応などが起こったときに、細胞から分泌されるタンパク質のことです。標的とする細胞に結合して、抗ウイルス活性や抗体を増産させるなどの生理作用を起こします。この性質に着目した堀内助教は、ニワトリのサイトカインの解析から、ヒトにとって有用な抗体が増産できるのではないかと考え、サイトカインの遺伝子情報を調べていました。そして、数年に渡る調査の過程で、LIF(※)という遺伝子を偶然に発見したのです。

※Leukemia Inhibitory Factor(白血病阻止因子)。ES細胞の分化を抑制する因子。

掘内助教。インタビューの様子。

遺伝子情報は膨大で、それを調べるのはとても 大変。
その作業が夢にまで出てくるほど、のめり 込んでいたのだとか。

遺伝子組み換え技術へ加速

ニワトリLIFの発見は世界で初めて(※1)のことでした。LIFは、ES細胞(※2)の分化を抑制するタンパク質です。LIFを使って、ES細胞を培養すると、細胞の能力を保ったまま、同じ状態で増やすことができます。これにより、堀内助教らは、ニワトリLIFを使ったニワトリES細胞の培養に成功したのです。

ニワトリのES細胞は、受精卵の一部の細胞から得られます。取り出したES細胞の遺伝子を組み換え、再び受精卵に戻すと、遺伝子組み換えニワトリを作り出すことができます。これを応用すると、遺伝子組み換えニワトリが産む卵の中に、有用なタンパク質を作らせたり、卵の成分を変化させることができるのです。こうして、堀内助教らは、低アレルギー性の鶏卵を開発する技術(※3)を生み出しました。

※1 報道発表「ニワトリ白血病阻止因子(LIF)遺伝子の発見」(2001年7月6日記者会見実施)の内容はこちら
※2 Embryonic stem cells(胚性幹細胞)。胚の発生途中の細胞から得られる。さまざまな組織に分化する能力を持ち、個体を作り出せることから「万能細胞」と呼ばれる。
※3 広島大学、広島県、(株)広島バイオメディカル、(株)ファーマフーズの産学官連携プロジェクト(研究期間H20.7~H23.3)。同研究グループで、「ニワトリ抗体生産プロジェクト」も進めている(研究期間H20.4~H22.9)。

 

標的はオボムコイド

卵の中で、最もアレルギー性の強い成分がオボムコイドです。オボムコイドは、熱や酵素を加えても除去できません。そのため、重い卵アレルギーの人 は、加工食品中のオボムコイドにアレルギー反応を起こすことがあります。また、インフルエンザワクチンは卵から製造されますが、オボムコイドがわずかに 残っているためか、重い卵アレルギーの人は、接種を避けることが望ましいとされています。堀内助教らは、このオボムコイドに着眼しました。

堀内助教らは、遺伝子組み換え技術を使って、遺伝子レベルでオボムコイドを除去し、オボムコイドを含まない卵を開発する方法を考えました。ニワトリの受精 卵の一部からES細胞を取り出し、オボムコイドの遺伝子を組み換え(※)た後、もう一度卵に戻します。卵からかえったヒナがニワトリに成長し、卵を産め ば、オボムコイドを含まない低アレルギー性の鶏卵ができあがるという仕組みです。すでに、この方法を施した卵を準備しており、8月~9月じゅうに第1世代 のヒナが誕生する予 定です。

※オボムコイドをつぶしたり(ノックアウト)、アレルギー性の強い部分を改変するなど。

学生実験の様子

ラボでの学生たちの実験の様子。
遺伝子組み換えを行ったES細胞を受精卵に注入した後、殻に戻します。

遺伝子組み換えニワトリは、他と区別するため、黒毛にします

遺伝子組み換えニワトリは、他と区別するため、黒毛にします。
このヒヨコたちにも、ちょっぴり黒毛が。

遺伝子組み換え卵

遺伝子組み換え卵。ここで、孵化(ふか)を待ちます。

安心で安全な技術を

堀内助教は、低アレルギー性の鶏卵を利用して、加工食品やインフルエンザワクチンなどの医薬品への実用化を目指しています。さらに、技術開発と平行して、遺伝子組み換えニワトリの産んだ卵の安全性を評価するプロジェクトにも取り組んでいます。「産学官で連携して、広大発、広島発のバイオ技術を生み出していきたい」。堀内助教の挑戦は続きます。

掘内助教。インタビューの様子。

堀内助教の3歳のご長男も卵アレルギー。
同じような悩みを抱える親子のためにも、実用化に力がはいります。

掘内助教が現在取り組んでいる研究

あとがき

「ニワトリって、とーっても貴重な動物なんですよ」と堀内先生。貴重??そのへんにいる普通の鳥だと思うのですが・・・?今いちピンときていない私に、先生はニワトリの存在価値を教えてくれました。大きく2つあります。
1つは、生産性の高さ。ウシやヒツジよりも、ニワトリは、低コストでたくさん飼育することができます。それに、年間たくさんの卵を産みます。(その数、約300個。ほぼ毎日!)つまり、ニワトリを経由して、有用物質を大量に生産できるようになるのです。低アレルギー性の鶏卵も、ワクチンに応用できれば、卵アレルギーの人でも接種できるワクチンが大量に生産できることになります。
もう1つは、発生生物学や免疫学への貢献度。はるか昔、脊椎動物の進化の過程で、鳥類は、ほ乳類と異なる進化の道をたどってきたそうです。それなのに、鳥類の免疫能力は、ほ乳類に劣ることなく、特にニワトリは、免疫能力が優れているのだとか。
「まだまだニワトリで研究してみたいことがたくさんあるんです」と堀内先生。マウスではなく、ニワトリで勝負したい!先生の探究心をくすぐるニワトリ。先生が「貴重」とおっしゃる意味が、少しわかった気がしました。(M)


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