第15回 篠田 英朗 准教授(平和科学研究センター)

平和構築の最終形を目指して-自力で、自国の平和を維持するために-

篠田英朗准教授

平和科学研究センター 篠田 英朗 (しのだ ひであき) 准教授

に聞きました。(2009.5.20 社会連携・情報政策室 広報グループ)

研究の概要

世界に平和をもたらすために何をすればよいのか。文学や哲学・心理学といった人間の内面から考えてゆくやり方や、経済学・社会学など、多岐にわたる学問分野からのアプローチが世界中で行われています。篠田准教授は、その中でいかにして最大限の効果を得ることができるかという“戦略的視点”から、『平和構築と法の支配:国際平和活動の理論的・機能的分析』(創文社、2003年)によって、「法の支配アプローチ」を提唱しました。“平和に法の支配という新しい視点を導入した”ものとして高い評価を受け、2003年、第3回大佛次郎論壇賞(朝日新聞社主催)を受賞しました。

また、「平和構築人材育成センター(Hiroshima Peacebuilders Center 通称HPC)」では事務局長としてさまざまなレクチャーや国内外での実務研修の企画・実施に携わり、平和構築の現場で活躍する日本およびアジアの文民専門家の養成を支援しています。

 

紛争をなくすための方程式を見いだす

世界のさまざまな地域で現在も頻発する紛争は、その原因も状態もすべて個別的であり、その地域ごとに対処法も異なると考えられてきました。確かにその地域独特の事情もありますが、紛争が起こる原因にはなにか共通するものがあり、どのケースにも有効で妥当な解決法があるのではないかと篠田准教授は考えました。

篠田准教授は、学生時代から国際政治に興味を持ち、日本国内での難民支援団体でのボランティア活動がきっかけとなり、1991年には湾岸戦争後にイランに流出したクルド難民や、アフリカのジブチのソマリア難民やエチオピア難民、さらにザンビア内のアンゴラ難民のための活動などに従事しました。カンボジアではNGOのボランティアとして行った後、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)実施の選挙で投票所責任者として勤務しました。 そういった紛争の現場を目の当たりにして、
「なんで世の中こんな酷いことが起こるのか、多少なりとも世の中を良くしたい、そのためには腰を落ち着けて考えてみないといけない」との思いで研究者の道に進んだそうです。

研究者になってからは、ルワンダやバルカン半島などの紛争後地帯にも足を踏み入れました。

そこで実感した一番の問題は「政府の統治機構が脆弱であること」。

ずっとゲリラがいて内戦状態、独裁政権下では簡単にクーデターが起こる。そういうことを綿々と繰り返し、安定の歴史を知らない国家は常に紛争の原因を抱えているのです。

そこに平和を構築する手段として「統治機構を立て直すこと」、つまり「法の支配」という“文化”を注入することが有効なのではないかと考えたのです。

『平和構築と法の支配:国際平和活動の理論的・機能的分析』では「法の支配」の基本概念を明らかにし、和平合意・選挙活動・司法活動など問題領域ごとに各地の平和活動の実情を具体的に検討し、実践のための戦略的モデル「法の支配アプローチ」を提示し、平和構築活動に新しい視点と方法論をもたらしました。

○第3回大佛次郎論壇賞(朝日新聞社主催)受賞

様々な言語に翻訳されたこれまでの著作

さまざまな言語に翻訳されたこれまでの著作

研究者は、紛争という病気に患者や医師とともに立ち向かうコーディネーター

「人はどうしてもケンカをしてしまう。そこには必ず不利益を被る人が出る。その人々が報復という負のループにとらわれないためには、納得し、建設的に生きていく方策を探ることが必要です。自暴自棄にならず、泣き寝入りせず、希望を持って生きていくためには、何らかの規範が安定して存在することが不可欠なのです」。

「みんなが一つの規範を守ろう」と思える社会をつくること。それができれば、社会が安定し、平和の基盤を築くことができる。つまり、「法の支配」は人間の尊厳を基盤とする秩序の構築であり、「人の支配」を超えたものでなければならないのです。

「法の支配」を実現するには、立憲主義に加え、それを支える組織が必要です。行政、軍隊、警察、裁判所、コミュニティーなど、さまざまな組織が健全に機能しなくてはなりません。そのために国際社会による紛争国の人材教育や技術協力、選挙支援活動などが重要な役割を担います。

「紛争解決は、紛争という病気に立ち向かうことに近いかもしれません。たとえば、国連安保理が主治医だとして、患者との信頼関係が欠かせないし、病気を抱えた患者自身、健康になりたいという思いと病気の原因となる悪癖を絶てない弱さがある。そんな時には心の中のプロセスを整えるカウンセラーも必要だし、最新の医療技術を開発する研究者も必要。私たちはその研究者でもあり、みんなの間を取り持つよきコーディネーターでもあるべきだと思っています」。

アフガニスタンにて

アフガニスタンにて

コソボの警察学校

コソボの警察学校(平和構築の一環として新しい職業意識と
能力を持った警察官を国際機関の支援で育成している)前にて

理論と現場を融合する”実践する研究者”

篠田准教授は「法の支配アプローチ」実践のため、様々な活動をしています。

地域研究者と協力して紛争地に赴き、現地の人々の声を聞き全体的な姿を調査。そこで得られた評価と分析をもとに、効果的な方法を現地の人々に働きかけ、社会に還元しています。

また、平成18年麻生外務大臣(当時)の政策演説「平和構築者の『寺子屋』を作ります」により平和平和構築の担い手を養成することを目的として外務省が立ち上げた「平和構築分野の人材育成のためのパイロット事業」を広島大学が受託、「平和構築人材育成センター(Hiroshima Peacebuilders Center 通称HPC)」が設立されました。2008年6月からその事務局長として様々なレクチャーや国内外での実務研修の企画・実施に携わっています。2009年3月31日に一旦事業は終了しましたが、パイロット事業成功を受けて、第3期目となる本年度からは、外務省の平成21年度「平和構築人材育成事業」として展開される予定です。

「紛争地域の人々と話す時、広島の果たす役割の大きさを改めて思います。被爆し焼け野原になったところから地を這うような復興を成し遂げてきた広島の事例は、成功した先輩として大きな共感を抱かれるようです」。

ここ広島の地にあるHPCで学んだ人材は、国連機関や国際機関、国内外の政府機関やNGOなど広く国際社会の財産として平和構築への貢献が期待されています。

広島平和構築人材育成センターWebページ
外務省平成21年度「平和構築人材育成事業」

HPC授業風景

HPC授業風景

ヒロシマはどのように復興を遂げたのかを検証

ヒロシマはどのように復興を遂げたのかを検証

紛争地の人々の立場に立った平和構築を目指す

2003年に「法の支配アプローチ」を発表して以来、国連などでもその考え方は発展し、研究も飛躍的に進みました。科学的研究と違い「最先端」という概念は当てはまりにくいのですが、篠田准教授は今まであまり重要視されていなかった視点の中に重要性の高い研究があるのではないかと考え、未踏の研究最前線を走り始めています。その一つが「現地社会でのオーナーシップ」についての研究です。

「法の支配アプローチ」や、紛争地域の武装解除・動員解除・元兵士の社会復帰支援(DDR)といった従来のアプローチが見落としがちだったのが、現地社会の“オーナーシップ=所有感覚”、つまり人ごとではない当事者意識でした。

平和構築が目指す最終形は、誰の手も借りず自国で平和を維持していくことです。支援する人々に「やってもらう」感覚ではいつまでたっても自立できない。どうしたら自力で解決できるようになるのか、そのために必要な支援はなんなのか、それを現地の人々の視点で探っていこうという研究です。

現在、シエラレオネで市民社会組織メンバーの能力強化などの支援を通じ、新しい視点の研究に取り組んでいます。

シエラレオネ市民社会組織メンバーへのヒアリング調査

シエラレオネ市民社会組織メンバーへのヒアリング調査

シエラレオネ大学の学生たちとともに(2008.1.15広島大学とシエラレオネ大学の間で国際交流協定を締結)

シエラレオネ大学の学生たちとともに
(2008.1.15広島大学とシエラレオネ大学の間で国際交流協定を締結)

【追記】
6月19日、平成21年度外務省委託「平和構築人材育成事業」は、外務省における所定の契約締結手続きを終了し、過去2年間 のパイロット事業に引き続き、「本格化」した今年度の平和構築人材育成事業も、「広島平和構築人材育成センター(Hiroshima Peacebuilders Center: HPC) 」が実施することになりました。

あとがき

「祈っているだけでは平和にならない」とよくいわれます。ではどうすればいいのか。
篠田先生の研究は、平和を具体的に実践していくための学問だと感じました。紛争には必ず原因があり、その原因を探り解決することで平和はつくることができる。それは大きな希望です。先生ご自身も研究結果を発表するだけにとどまらず、平和構築の担い手を育てるべく、実践的な知識と情熱を教授されています。「5年や10年で成功といわれる事例はほとんどないんです」。根気づよくアプローチしつづけることで、「すべての人が平和な人生を送っている姿」が夢でなくなる日が来ることを願っています。(T)


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