第22回 浦邉 幸夫 教授(大学院保健学研究科)

生体反応にアプローチ!- 企業と大学の強力タッグで「機能性くつ下」誕生 -

大学院保健学研究科 保健学専攻 心身機能生活制御科学講座 浦邉 幸夫(うらべ ゆきお) 教授

に聞きました。 (2010.2.19 社会連携・情報政策室 広報グループ)

 

中国地域産学官コラボレーションセンター(事務局:中国経済産業局等)が主催する「中国地域産学官連携功労者表彰」に、広島大学から2事業が選ばれ、平成22年6月7日(月)、広島市中区の広島県民文化センターで授賞式が行われました。
浦邉教授は、(株)コーポレーションパールスター新宅光男専務とともに、共同研究・技術移転功労賞を受賞しました(2010.06.15)。

> 表彰式の様子を伝える本学「お知らせ」はこちら

 

プロフィール

高校時代まで陸上競技をしていた浦邉少年は、体育教師になりたいと夢見ていました。ところが、高校3年生の時、アキレス腱を傷めてしまい、その夢が断たれてしまいます。スポーツ指導はできなくなったけれど、他の方法でスポーツとかかわる道を模索し、理学療法士を目指すことに。そして、高知リハビリテーション学院理学療法学科へと進学します。

卒業後、公立石川能登総合病院の理学療法士を経て、札幌医科大学衛生短期大学部理学療法学科助手に就任。1993年に本学医学部保健学科講師に着任後、本学大学院医学系研究科(整形外科学専攻)に研究生として在籍。膝の靭帯損傷や足関節捻挫の研究で2002年、博士(医学)の学位を取得します。
この間、ユニバシアード大会や国体の水泳競技や体操競技に、アスレティックトレーナとして帯同するなど、多くのスポーツ選手の支援を行ってきました。また、長野オリンピックでは、日本代表選手団の理学療法士にも任命されています。

 

治療方法の引き出しを、いかに多くするかが鍵

スポーツ選手が膝の靭帯を断裂・損傷した場合、選手としての復帰は困難をきわめ、手術後に長時間のつらく苦しいリハビリが待っています。
「心身の痛みから解放させてあげたい!そのためにどうしたら?」
実は膝の靭帯損傷は、交通事故やスポーツを原因として起こるものが大変多いため、この研究を進めることは、アスリートやスポーツ愛好家だけでなく、一般の人や高齢者にも応用できるという。
「治療方法を、どの引き出しから選ぶか?」
「治療の順序をどうするか?」
その人に合ったベストの治療方法を、100以上もあるような引き出しのなかから科学的に選択し、個別に対応するのだそうです。怪我の治療でつらいリハビリに励む人々を見るうちに教授は、「怪我をしないためにはどうしたらよいのか?」と悩むようになります。

 

怪我をしないためには?

スポーツ後は、疲労や身体状態の回復、傷害の予防のためにもクールダウンが必要です。
軽い運動をしながら体調を整えた方が良いことは分かっていても、疲れてしまってこれ以上は動きたくないと思うスポーツ選手・愛好家が実は多いと、教授はいいます。
そこで教授は、乗るだけで楽々運動ができる足関節運動装置「らっくんウォーク」を、丸善工業株式会社(代表取締役・相原將邦)と共同で開発します。もともとはスポーツ選手のクーリングダウン用に開発したものですが、足関節(足首)の柔軟性を回復させるこの装置を活用すれば、高齢者の足元の健康維持も期待できそうだと、改良に改良を重ね、製品化にこぎ着けました。

丸善工業株式会社のWEB頁はこちら

 

企業との連携、そしてベンチャー企業設立へ

足関節背屈(足首を反らす)能力は加齢に伴い低下していき、立ち上がりの困難や転倒などを招きます。足関節の運動を健全に保つことは、歩行やランニングなどにみられる日常生活動作、スポーツ活動に不可欠です。
高齢化社会において、高齢者の健康維持は大きな課題です。
「らっくんウォーク」の活用は、足元から健康を維持する効果があると考えられます。乗るだけで、歩くような気軽なペースで足関節の運動ができ、いつまでも健康に歩くことが期待できるのです。

「らっくんウォークR-1」完成記者会見の様子はこちら

 

そんなある日教授は、「らっくんウォーク」の開発・販売のために、(株)スポーツ・リハビリテーション・システム(広島大学発ベンチャー企業)設立(2006年8月)でお世話になった地元地銀から、(株)コーポレーションパールスターの新宅専務取締役を紹介されます。

広島大学発ベンチャー企業一覧はこちら

 

「アイデアを生かした製品を作りたい!」という企業との出会い

コーポレーションパールスターは、靴下製造を行う会社です。
新宅専務が家業を継いだときには、下請け企業であるため、安い労働力で安価な製品を製造する海外企業の進出に会社の業績は悪化しており、いつ倒産してもおかしくない状態だったそうです。

ところが2006年5月、身近で患者さんを見てきた義肢装具士さんから、転倒予防のために、大げさな装備ではなく、日用品として患者さんが使いやすい靴下について商品開発をしてくれないかと依頼されます。このままでは会社が倒産するかもしれないと悩んでいた新宅専務でしたが、何としても本業の靴下製造で困っている人を助けたい、それが会社の業績回復に繋がってくれればと、トライしてみることにしました。

何度も試作品を製造しては学会会場などで展示し、さまざまな方からアドバイスを受けたそうです。専門用語が多く、そのアドバイスを半分も理解できなかった新宅専務は、足の構造の勉強を始めます。ところが、知れば知るほど転倒予防靴下を作る自信がなくなっていきました。万策尽きた新宅専務は、「足(足関節)のことを知っている人をだれか紹介してほしい」と銀行に相談しました。

(株)コーポレーションパールスターのWEB頁はこちら

 

産学連携による相乗効果

高齢者の転倒を何とか予防したいと考えていた浦邉教授にとって、靴下で転倒予防の効果を得るという新宅専務の新しい発想はとても興味深いものでした。つま先を引っかけて転倒しないように「足元をあげる靴下」の共同研究・開発のスタートです。

「どうつま先をあげればいいか?」
「どの程度、どのように(やさしい方が良いのか、強い方が良いのか)あげればいいのか?」
身体がどのように動くか何度もテストを繰り返し、データを反映し試作を繰り返して2カ月。
転倒予防対策ではかなり期待できる測定結果が得られます。
しかも、足趾を伸展することの効果は、ヒザ痛や腰痛対策にも繋がるという大変おもしろい測定結果だったのです。

新宅専務のアイデア、更にはあきらめない強い意志(70~80回の試作)、そして、浦邉教授の研究グループが、誰にでもわかるデータを誠実に得ようと努力した成果が結実し、わずかな段差でのつまづきで転倒することを予防できる「転倒予防くつ下」が誕生したのです(2007年10月発売)。

完成した「転倒予防くつ下」は、「タック編み」という伸縮性の少ない編地と、「あぜ編み」という伸縮性の大きい編地を組み合わせ、両者の伸び率の差異によって、履いたときにつま先が反り上がるように、ひとつひとつ手作業で製造した製品なのだと教授。他社には真似のできないアイデアと技術の結晶を後押ししたのが、浦邉教授らのグループが収集するデータによる検証です。産学の強力タッグで、まさに「倒産予防靴下」となったのです。

外反母趾への挑戦へ

女性の約4割が悩んでいるという「外反母趾」。
浦邉教授は、外反母趾は、足の親指が外側に向いてしまう病気で、遺伝的要因の他、窮屈なハイヒールなどを長時間履いたり、年齢的な衰えや長時間立ち仕事をしたりという環境的要因で起こるといいます。
人間は、足全体でバランスをとって歩いているので、足の親指が外側に向いてしまうと親指で踏ん張れなくなるため、前後左右の重心バランスがくずれ歩行困難を引き起こすのだそうです。また、曲がった指や関節が靴に当たるので痛みも伴うといいます。

このような状態が長く続くと、親指以外の他の指も機能を発揮できなくなるそうです。
また、一旦外反母趾になってしまうと自然に治癒することはなく、手術に至らないまでも、靴や靴下、中敷きなどの装具を使用するか、運動療法を行って治療を行うのだそうですが、運動療法は時間がかかる上に、忙しい現代人が継続するのはなかなかに困難だといいます。
さらに女性は、閉経後急速に骨密度が下がり骨粗鬆症になりやすく、従って転倒すると大腿骨が足の付け根の部分(股関節)で折れてしまう大腿骨頸部骨折などを引き起こし、寝たきりになりやすいのだそうです。全身への負担や運動機能の悪化のために、持病が悪化したり、新たな病気にかかったりすることがあり、高齢者に多いこともあり、結果として寿命にも影響するのだといいます。

高齢者が転倒すると重大な事故に結びつく危険があるため、高齢者の外反母趾による転倒を予防したいと考えていた教授は、「転倒防止くつ下」の開発と並行して、コーポレーションパールスターと共同で、次なる機能性靴下「外反母趾対策くつ下」の開発を進めます。

ある日教授は、母趾外転筋を押圧して「外反母趾角」を減少させるという画期的なアイデアを思いつきます。では、
「母趾外転筋を、何で押せばいいのか?」
パッドを靴下に縫い付けて押せばよいということにたどり着きましたが、直接足に当たる部分なので靴を履いていても痛くないことは当然で、異物感があるものも除外していきます。
「パッドの中には何を入れたらいいのか?」
最初プラスチックの玉を入れてみましたが、これでは痛くて長時間履けません。さまざまな種類の布をパッドの中に入れては、データを取る、試作品を作る、の繰り返し。でも、汗で濡れた布は乾くと硬くなり、靴の中で擦れてしまい、長時間履いていると痛くなりました。やがて1年半が過ぎようとしていました。
そして遂に、多少の水分(汗)でも硬くならない布生地にたどり着きます。やっと、履いていて痛くなくて、違和感なく、長時間履ける「外反母趾対策くつ下」が誕生しました(2009年11月発売)。

「外反母趾対策靴下」完成の本学記者会見の様子はこちら

この布生地をまるめて入れたパッドを、靴下に縫い付けます。

外反母趾対策靴下を裏返した状態(矢印は母趾外転筋を押圧するパッド)

着用前(左)、着用直後(右)

COP:足圧中心前方移動距離(重心位置を、足部全長に対し後方からの比率で示したもの) FRT:ファンクショナルリーチ(バランス能力) p:危険率1%未満で有意差あり

やっかいな捻挫

足関節の捻挫はスポーツの怪我の中で一番多いのですが、「繰り返す」「くせになる」怪我であるにもかかわらず、多くの人は大きな問題とは思わず、徐々に関節が痛んでくるという問題を感じながらも放置しているのが現状です。その治療法はこの20年あまり進歩がない分野だと教授はいいます。

教授と新宅専務の強力タッグは、(独)科学技術振興機構の受託研究により、足関節を固定したり、内反足や外反足を矯正したりするストラップを、転倒防止くつ下の上から装着するという、新たな機能性靴下の試作品開発の真っ最中です。

今までは、装具や靴で硬く固定するしかなかったこの分野に、室内で履ける靴下が誕生することで、人の支えがないと室内を歩けなかった人の日常生活の自立が期待できますし、靴が履けるので外出の機会が増えるかも知れないと、期待を寄せる教授です。

靴下を手に説明する浦邊教授

折り返したら片手でも靴下が履けるように、工夫しました

あとがき

浦邉先生と、共同研究・開発パートナーである(株)コーポレーションパールスターさんとの「外反母趾対策靴下」完成記者会見後、メールや電話が広報グループに殺到し、外反母趾に悩まされる方がこんなにも多いのかと、実は驚きました。その多くが、「今も痛くてたまらない。少しでも早く履いて試してみたい!」「どこで買えるのか?」といったものです。
今回の取材では、「大学と産業界が手を携えて、人々の役に立つ」幸せのお裾分けをいただいたような気がします。
「試してくださっている皆さん!履き心地はいかがですか?」(O)


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