第27回 都築 政起 教授(大学院生物圏科学研究科)

日本鶏、その多様性で地球を救う!-日本鶏資源開発プロジェクト研究センターを設置-

大学院生物圏科学研究科 生物資源科学専攻 陸域動物生産学講座 都築 政起(つづき まさおき)教授

に聞きました。 (2010.9.1 社会連携・情報政策室 広報グループ)

 

尾が伸びやすいDNA型をもつオナガドリ(国の特別天然記念物)の個体が減少し、絶滅の恐れがあるとの記事が、8月8日付け中国新聞に掲載されました。そのオナガドリのDNA型を調査したのが本学大学院生物圏科学研究科の都築政起教授らのグループだというので、早速連絡したところ、「今年4月、日本鶏資源開発プロジェクト研究センターを開設しました。センター一丸となって、日本鶏(にほんけい)の保存、研究を推進したいと思っています。本学では、オナガドリだけでなく、天然記念物に指定されたすべての品種が見られますよ。ぜひ見に来てください」と招待を受けました。

日本鶏資源開発プロジェクト研究センター公開シンポジウム開催の様子はこちら

 

ニワトリって?

筆者にとってのニワトリは、そうあの白いニワトリです。
日本のニワトリとしてすっかり定着していますが、実は白色レグホーンという外来品種(昔聞いたような…)だそうで、卵を多く産むように改良された品種なのだとか。優秀なものは年間300個以上もの卵を産むそうです。スーパーで、ついついカゴに入れてしまう鶏足や唐揚げも、白色コーニッシュという品種の雄と白色プリマスロックという品種の雌との交配による雑種一代の肉生産用ニワトリ(ブロイラー)なのだそうです。

白いニワトリ、白色レグホーン

ブロイラー

ニワトリの家畜化

では、もともと野生の「ニワトリ」は存在したのでしょうか?
答えはノー。
ニワトリは、人間が野生原種から改良を重ねてつくった動物(家畜)なのだという。
では、家畜化(鳥類の場合は家禽(かきん)化という)される前のニワトリの野生原種は一体何でしょうか?
セキショクヤケイ(赤色野鶏:東南アジア一帯に広く分布)を飼い慣らして、現在の鶏の祖先をつくったという単元説と、セキショクヤケイが大きく関わっているものの、その他の種も関与しているとする多元説があるそうで、新たな発見があると、単元説か、多元説かの議論が消えてはまた再燃し、現在もなおその論争は続いているそうです。

セキショクヤケイの雄(愛鶏家提供)

「日本のニワトリはスゴイんじゃ」と、教授。

人間は、何らかの目的をもって動物を利用し、その繁殖をコントロールして家畜をつくってきました。
紀元前6000年頃に起こったといわれるニワトリの家禽化以来、その時々の時代の要請、地域の特色、人々の好みなどによってさまざまな品種が生まれることになります。
上述した卵をたくさん産むという特徴を持った白色レグホーンという品種は、その代表例でしょうか。

例えば犬だと、チワワとかトイプードルとかが品種で、同一品種の中の色違いが内種(ないしゅ)というようです。
家畜の種類によってはこの内種は存在しないそうですが、ニワトリでは、1つの品種に多くの内種が存在するのが普通とのこと。
世界にどれほどのニワトリ品種が存在するのか正確には分からないようですが、200品種強ではないかと教授はいいます。
そのうち、日本では40-50品種が作出されているのだそうで、「これは世界のニワトリの品種の20-25%が作出されたということです。実に驚くべき数値だと思いませんか?」と、教授の話に力が入ります。

 

日本鶏って?

日本鶏(にほんけい)にはさまざまな品種があり、かつそのほとんどは観賞用の品種だそうですが、ではそれらは、どのようにできてきたのでしょうか? そもそも、「日本鶏はどこから来たの?」との筆者の疑問に、日本鶏のルーツに関する文献はほとんど残っていなくて、一般的には次のように考えられていると教授はいいます。

(1)紀元前の弥生時代、現在の土佐地鶏などの地鶏の祖先が既に存在した(主に朝鮮半島経由、一部南西諸島経由で流入したと考えられている)。
(2)平安時代に、遣唐使船によって小国(ショウコク)の祖先が中国より渡来した。江戸時代の初期に、朱印船により、大軍鶏(オオシャモ)、矮鶏(チャボ)、烏 骨鶏(ウコッケイ)の祖先が、タイ、ベトナム、中国もしくはインドから、それぞれ伝来した。
(3)江戸時代の鎖国期を通じ、各種(各地)の地鶏、小国、大軍鶏、矮鶏、烏骨鶏がさまざまに交配、純化されて、江戸時代の終わり(一部は明治時代の初期)までに、現存するほぼ全ての観賞用品種が成立した。
(4)明治時代になると多種類の外国鶏が輸入されるようになり、日本の在来鶏とさまざまな交配がなされて、明治・大正期を通じて卵肉の生産を目的とした実用品種が育成された。その代表的なものに名古屋(ナゴヤ)がある。

 

鶏にもブランド化

最近、「ナゴヤコーチン」とか「比内地鶏」とかブランド鶏肉の名前をよく耳にしませんか、と教授。

さすがに筆者はブランド鶏肉には手が出ないものの、地鶏と書かれたものを手に取ることが多いように思う。
教授は、これらは一般のブロイラーとは違って、一般的に日本在来のニワトリ品種と、主に米国由来の商用鶏品種を交雑して作り出されていて、各県がそれぞれ工夫を凝らしてJAS地鶏を作出し、現在では約70種類のJAS地鶏があるといいます。

シャモロック(オオシャモと白色プリマスロックとの雑種)

この日本在来品種にはオオシャモが使われることが多いそうですが、ではなぜ、JAS地鶏作出に、日本鶏が使われるのでしょうか?

「日本鶏の肉が旨いからですよ」と教授。

「わざわざ日本鶏と外国鶏を交配しなくても、日本鶏をそのまま食べればもっとおいしいのではないですか?」と筆者。

日本鶏は、主として観賞用に作られてきたので、商業ベースに乗せられるほど効率的に生産ができないことが一つ。
そしてもう一つは、日本鶏の多くはその特異性により、国の天然記念物に指定されて、天然記念物に指定された純粋品種の肉は商業ルートに乗せることはできないのだという。

 

天然記念物

日本鶏の15品種並びに地鶏類およびシャモ類の2グループが天然記念物に指定されています。
本学には天然記念物に指定された全品種の鶏がいるそうです。

天然記念物に指定された鶏

 

ニワトリの遺伝子の働き

遺伝するもの(遺伝形質)には、ニワトリの羽の色が「白い」とか「黒い」とか、トサカの形が違うとか、アレとコレに区別できる非連続的な「質的形質」と、体が大きいとか小さいとか、連続的に変化・分布する「量的形質」の2種類の形質があります。
質的形質では原則的に1つの形質が1つの遺伝子座によって支配されているため、比較的容易にその解析ができたようですが、量的形質においては、1つの形質が複数の遺伝子によって支配されており、支配形式も複雑であったため、それら遺伝子座の染色体上の位置を特定することは長い間不可能だったそうです。

トサカもさまざま。「バラ冠」というトサカをもつ鶏

新しい遺伝解析法(QTL解析)

ところが、コンピュータの発達、マイクロサテライトDNAマーカーが開発されたことにより、1990年代から、「量的形質」を支配している遺伝子座の染色体上の位置を明らかにすることが可能になったと、教授はいいます。
マイクロサテライトDNAとは、ゲノム(全染色体)上に多数散在する2ないし数塩基の反復配列で、メンデル型の遺伝をすること、アリル(対立遺伝子:血液型におけるA型、B型、O型があたる)数が多いこと、PCR法(DNAを増幅させる実験手法)により容易に検出できることなどから、遺伝マーカーとして極めて優れているという。

「量的形質遺伝子座 (quantitative trait loci: QTL)」を知るQTL解析法は、量的形質を支配している遺伝子の構造や機能などを直接的に明らかにする方法ではなく、その遺伝子座の染色体上の位置を明らかにするための方法なのだそうで、量的形質を支配している遺伝子が何なのかその詳細が分からなくても、その遺伝子座の染色体上での位置を同定することができる便利な方法だと教授はいう。その際、標識・目印(マーカー)となるのが、マイクロサテライトDNA座なのだとか。

QTL解析による遺伝子座の検出例 (図下方の横軸は染色体を意味し、ピークの真下(矢印で示した位置)に目的とするQTL(遺伝子座)が存在する。マーカーAとマーカーBを利用することにより、このQTLが検出された。     

 

つまり、ニワトリの育種改良を考えた場合、例えば、「体重を増やせ!」と命令する遺伝子の詳細が分からなくても、染色体上のどのあたりにあるのかを探しだすことができれば、より体重の多いニワトリ個体の作出が可能になるのです。
この遺伝子座の位置情報を役立たせて家畜改良を行う方法をマーカーアシスト育種(選抜)法というのだそうです。マーカーアシスト育種法を用いれば、優良なニワトリを、これまでよりも迅速かつ正確に作出することができるのだそうです。

QTL解析では、数百から数千のニワトリを解析する必要があるそうです。またそれぞれの個体に対し、200種類ものマイクロサテライトDNAを調べる必要があるそうです。すなわち解析する総サンプル数は、数万から数十万にのぼるそうです。

要するに、マーカーアシスト育種に至るまでに、ニワトリ飼育およびデータ採取において、文字通り泥まみれの悪戦苦闘(労力)が必要とのことでした。またエサ代、試薬代等も膨大なものになるという。
「しかし、やりがいがある!
現在、将来の地球温暖化がもたらす危機が声高に叫ばれていますが、鶏卵・鶏肉の生産においても危機の到来が容易に予測されます。
現時点で高生産性を発揮して世界を席巻している欧米由来のニワトリは暑熱に弱く、今夏の猛暑でも、その生産性が低下している事実が報道されています。
すなわち、将来の激しい地球温暖化に備え、暑熱環境下でも高性能を発揮するニワトリをつくる必要があります。
QTL解析を用いれば、体重や産卵率などを増加させる遺伝子座を把握することができるのみでなく、暑熱に対する抵抗性を支配する遺伝子座を検出することもできます。
日本鶏の多くはもともと観賞用ですが、これまでのQTL解析その他の研究によって、卵生産や肉生産に有利な遺伝子も隠し持っていることが分かって来ています。
また、暑さに強い遺伝子をもった品種も存在することが明らかになりつつあります。
すなわち、日本鶏を研究することで、暑熱環境下でも卵生産、肉生産に優れたニワトリを作り出すことが可能だと考えられます。
サンプル数が多くなればなるほど、正確な結果が得られます。でもやりたいことに設備や経費が追いついてくれません」
と、費用捻出に頭が痛い教授です。

サンプル数が多いほど、遺伝子座の正確な位置に近づけるんです。

優良国産鶏を開発したい! さらには世界展開も!

現在の日本では、われわれが口にする卵も鶏肉も、その元となるニワトリ(原種鶏)のほとんどが外国産です。
日本は、たくさん卵を産んだり、成長が極めて早いという「高性能ニワトリ(原種鶏)」をほとんど保有していないというのです。見かけの自給率こそ鶏卵は95%程度、鶏肉は70%程度だそうですが、真の自給率は、鶏卵6%程度、鶏肉1%未満なのだという。外国に原種鶏を依存しているということはリスクが高いということに他なりません。

「現代は全遺伝子情報が解読される時代です。
マーカーDNAを利用したQTL解析法で遺伝子の染色体上の位置が分かれば、シークエンス解読情報と照合することで、その遺伝子が何の遺伝子であるか同定することが可能になるはず。この遺伝子が同定できれば、家畜集団から優良な個体を、マーカーアシスト選抜よりもさらに正確に選抜することが可能になると期待しています。日本鶏がもつ多様性を利用することで、QTL解析およびその後の遺伝子同定を能率よく遂行することができると考えられます。得られた遺伝情報を活用することにより、我が国の鶏卵・鶏肉の自給率向上に貢献できたらうれしい」

「さらに、我が国で作出したニワトリやその作出技術の世界展開を行えば、我が国のみでなく、我が国と同じような状況に置かれている世界の国々を救うことができます。
また、将来の温暖環境下においても高性能を発揮するニワトリを開発し世界展開を行えば、地球規模で、鶏卵・鶏肉の安定供給に貢献することができます。鶏卵、鶏肉には宗教的禁忌がほとんどないので、現在ニワトリは世界規模で、タンパク供給源として絶大な地位を占めています。この状況は将来的にも守る必要があります。日本鶏を用いた研究をもとに、その一助になればと思います」と教授。

先進的手法により優良国産鶏を開発したいと意気込む教授の現在の夢は、今年4月に開設した日本鶏資源開発プロジェクト研究センターが、大学附属のセンターになること。そして研究を加速させ、「ニワトリの広大」を世界に発信したいという。

鶏舎見学からの帰り、孵卵機で孵ったヒヨコたちを鶏舎に運ぶ学生さんとばったり。その場に座り込んでヒヨコの様子を観察したり、研究の進捗状況を聞いたり。たった今自分が確かめてきた鶏舎内の鶏の様子も彼に報告。打ち合わせはにこやかに延々と続きました。

かわいい…

あとがき

「地域に根ざした伝統的な家畜が世界的に減ってきており、日本においても在来家畜の絶滅、減少が進み、危機的状況にある。新たな解析法を駆使してそれに歯止めをかけたい、『在来家畜を守るぞ!そしてその有効活用も行うぞ!』」との、都築教授、そして日本鶏資源開発プロジェクト研究センターのメンバーの熱い思いが、ビシバシと伝わってくる取材でした。
教授らは、それぞれの品種の本来の型を受け継ぐ個体を選び、その品種の絶滅を防ぎ、日本の文化財を後生に残したいと、学生たちとともに今日も汗を流します。
それにしても先生、「これが本当に1週間分のニワトリたちの飼料なんですか?」
「いえ、1週間をまかなうには、これでは足りません。もっと必要です。全部でこの1.5倍ほど必要でしょうか・・・。エサ代確保が大変です・・・。ご覧いただいてお分かりのように、ニワトリの飼育場所も足りていません。よりよい環境で育ててやりたいので、Give me (us) エサ代、Give me (us) 研究費、そして、Give me (us)鶏舎と、いつもつぶやいています」「一日も早く夢が叶うといいですね?先生!」(O)

Give me  エサ代……


up