第33回 氏間 和仁 准教授(大学院教育学研究科)

見えにくさに悩んでいる人たちを、もっとハッピーにしたい!

氏間 和仁 准教授

大学院教育学研究科 特別支援教育学講座 氏間 和仁(うじま かずひと)准教授

  に聞きました。 (取材:広報グループ 2013.6.17 )

はじめに

弱視の人が、実際に見ることができる範囲や文字の大きさなどを測定する iPad専用の無料アプリ「日用視野測定ツール」を開発した氏間准教授。
このツールを使えば、人によって違う「見えにくさ」を客観的に測定でき、教育支援に生かすことができます。開発の経緯や今後の展望について、氏間准教授にインタビューしました。
研究内容の詳細等は、氏間研究室ウェブサイトをご覧ください。

 

一人一人の「見えにくさ」を理解し、「もっと見えやすい」環境を作っていく

先生の専門は教育学。中でも、「視覚障害教育」の分野を中心に研究されています。

「“見えにくい”とはどういう状態なのか、実際、本人にはどのように見えているのか、それが理解できると、どのようにしたらその人にとって見やすい環境を作ることができるのか分かるわけですよね。それが、私の研究の基本的なベースです。また、教育学というのは実学ですから、実際に困っている人に、その結果をどう反映していくかも重要なポイントです」 と先生。

今回開発された日用視野測定ツールを使うと、「他の場所は見えるが、右上にある文字だけが見えにくい」といった、自分では自覚しづらい見えにくさを客観的に測ることができるそうです。

「その人の見え方を私たちが少しでも理解し、それに応じた教育的支援をしていく。測定と、その結果を反映させた指導方法の連携が一つのアプリケーションなんです。そして、アプリを使うにはやはり練習が必要。練習の仕方も重要ですし、負担感なく身に付けてもらうのは、教育の一番得意な部分ですね」
 
【日用視野測定ツールのiPad画面。円の中心を見つめ、周囲に次々と表示される数字や文字が画面の中心からどのくらいの距離や大きさで見えるかを答える。
測定結果から、個人の見え方に応じた学習環境の整備や、教育的配慮の具体的検討が可能になります】

日用視野測定ツールのiPad画面

iPadと他のツールを併用することで、より便利に、効果的に!

現在、先生の研究室では、10台のiPadを見えにくさに悩んでいる生徒に貸し出しています。

その他にも、拡大教科書や拡大鏡、拡大パソコンといった支援ツールがあるそうですが、そうしたツールは、「学校では使いたくない」という児童生徒もいるそうです。
「でも、“iPadを使いたくない”という子は今までいないんです。どうせ使うなら、魅力的なものを使いたいじゃないですか。ただ、iPadですべてをカバーできるわけではないので、他のものと一緒に使いながら、ということになります。既存の視覚補助具にも、それぞれメリットがありますから、併用すると、より効果的ですね」

実際に、先生の研究室にあった拡大教科書を見せていただきました。

文字が大きいので、ある教科ではふつうの教科書1冊分が、拡大教科書にすると、3冊分に! レイアウトも違うので、「何ページの表を見て~」と、先生にパッと言われても、なかなか見つけられませんでした。

「今の人たちはとっても恵まれているんですよ。拡大教科書は、小中学校のものであればすべての教科で出版されていますが、われわれの時代は拡大教科書もおしゃれな拡大読書器もなかった。でも、便利になった反面、重たい拡大教科書の入った、10キロ近いランドセルを背負って学校に行く生徒もいるんです。この点だけでも、iPadで替えられる部分は替えていったら、少しは楽になると思います」 と、先生。

iPadを使い、教科書の文字を拡大してみることもできます
iPadを使い、教科書の文字を拡大してみることもできます (写真)

自身の経験から、「見えにくさ」を科学的に解明し、改善していきたいと思うように

「障害のない人たちは、“見えるようになったんだから、重いのくらい我慢しなさい”って言いがちじゃないですか。でも、人間が幸福になる上で、そんなことを言っていていいんですか、と私は思うんです。世の中の商品開発や技術開発って、そういうことにトライしていく中で出てくるじゃないですか。テレビのリモコンだってそうですよ。人はどんどん新しいことに適応して、もっと便利なものを求めていくのが自然だし、その結果、今の社会があるわけです。その中で、なんで障害のある人だけが、“贅沢言わないの!”って言われなきゃいけないのかって思うんです。それが前提であるならば、共生社会とは言えない」 と、熱く語る先生。

そんな先生に、視覚障害について研究されるようになったきっかけを聞くと、

「ベースにあるのは、私自身も視覚障害があって、自分が見えにくくて苦労してきた、という経験です。だから、見えにくさを主には実験や調査を通じて科学的に解明して、エビデンス(根拠)を持った上で、教育の支援法やトレーニング法を提案した方がいいんじゃないかと思ったんです」

 

相手の気持ちをまずは理解し、全力をつくす

先生の研究室では、金・土・日曜日に、視覚障害の人を対象にした教育相談を附属特別支援教育実践センターで行っていて、見えにくさに悩んでいる方やそのご家族・学校の担任の先生などの関係者が、広島県内はもとより県外からも相談に来られるそうです。

「見え方も年齢も手指の器用さも、機械との親和性も人によって違うんです。検査したり、実際にやりとりしたりする中で、どんなアプリを使ったらいいのか大体見えてくるんですが、それがうまくいかないケースがある。“もっとこういうふうにできたらいいのに”、という新たなニーズが出てくることもあります。なかなかすぐには答えを出せないんですが、そうなったときは、研究室をあげて調べています」

指導されている学生たちに、先生がいつも言われていることがあるそうです。

「わざわざ広島大学まで足を運んでくださった人たちのことをまず理解しよう、と言っています。来ていただいた人には、我々の研究室に対する大きな期待がある、それを忘れないようにと。そうすれば、目の前の人に全力をつくすのは当たり前。それが、まずは一番の基本だと思います」

相談に来られた人と、真摯に向き合う先生の姿勢が伝わってきました。

iPadを使って説明をする氏間先生

iPadを使って説明をする氏間先生

肯定的な意見も、そうじゃない意見も大歓迎!

先生に、どんな時にやりがいを感じるのか聞いてみると、

「教育相談に来られた人やiPadを貸し出している生徒さんと、よくフェイスブックでやりとりをするんですが、“こういうところが便利ですね”と言ってもらうと、やっていてよかったなと思います。もちろん、“もっとこうならないですか”というリクエストも歓迎です。それだけ使い込んでくれているということですから。なんらかのレスポンスがあるとありがたいですね。肯定的な意見が出るとやっていて良かったなと思うし、リクエストが出ると、これから研究する内容がまた増えたなと思う。そう考えると、早めにどんどん言ってもらえるといいですね」 と、語ってくださいました。

 

視覚障害は誰にとっても身近な問題。そういう人たちをもっとハッピーに!

研究者としての今後の目標を聞くと、

「教員を養成する場の研究者として、視知覚に関する基礎的な研究は重要だと思うので続けていこうと考えています。
それだけではなく、研究成果を臨床で活用したときにどのように利用されるのかを常に考え突き詰めていって、それこそ『視覚障害教育学』という学問が打ち立てられるくらいまで、基礎的な理論と臨床を体系的に構築していきたい」 と、語ってくれました。

最後に、

「目が見えにくい人って、40歳~50歳をすぎたらぐっと増えてくる。意外に身近なんですよ、視覚障害者の教育って。私たちがやっていることは、学校教育の中ではあまりメジャーではないですが、社会全体で捉えると、恩恵を受ける人がかなり多い分野でもある。そう考えると、視覚障害教育というものをもっと学問として体系づけていくのは、社会全体としても有意義なことだと思います。見えにくさで悩んでいる人たちをもっとハッピーにしていきたいですね」 と、笑顔で話してくれました。

学生が作ったiPadを利用したツール。目と口を切り抜いたパンダの絵をiPadに重ねると、目と口の部分が動き、笑い声をあげます

学生が作ったiPadを利用したツール。
目と口を切り抜いたパンダの絵をiPadに重ねると、目と口の部分が動き、笑い声をあげます。

 あとがき

日用視野測定ツールを使うと、「見えにくい」という主観的な、かつ、他人には説明しづらい状態を学校の教室などの日常生活の中で客観的に測ることができます。これってすごいことだなと思いました。
先生のお話を聞いて、「困っている人たちをもっとハッピーにしたい!」という熱い思いが伝わってきて、その思いがアプリ開発につながったのだなと感じました。先生によると、良い方の矯正視力が0.1~0.5の人は、全国で150万人以上いるそうです。しかも、年齢を重ねるにつれて、白内障などの目の病気で視力は下がってくることが多いと言います。実は、誰にとっても身近な問題なんですね。よりよいアプリの開発を目指し、研究を進めている先生の、生き生きとした表情が印象的でした。(M)


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