第35回 八尾 隆生 教授(大学院文学研究科)

過去の人物の人生を疑似体験できる、それが歴史研究のおもしろさ

八尾 隆生 教授

大学院文学研究科 人文学専攻 歴史文化学講座 八尾 隆生(やお たかお)教授

  に聞きました(取材:広報グループ 2013.11.13 )

はじめに

15世紀のベトナム史を専門に研究されている八尾教授。日本では稀少な資料を求め、現地調査を行った回数は、通算40回を超えます。
またSTARTプログラム(※)開始当初から務める、ベトナム派遣担当教員としての尽力が認められ、平成25年度広島大学学長表彰を受けました。
日本では数少ない、ベトナム史の研究者になるに至った経緯や今後の展望について、八尾教授にインタビューしました。

(※)STARTプログラム・・・海外経験の少ない学部新入生を対象に、海外の協定大学やその周辺都市を訪問し、現地大学生との交流などを行うプログラム。期間は、長期休暇中に2週間程度で、参加費用の一部を大学が補助する。

 

資料集めにかかる、膨大な時間

「日本は郷土史家が多いため、日本史を研究する場合、いろいろな情報が入ってきたり、文書を残すという国民性から史資料が豊富にあったりするので、自国の歴史の研究レベルは他の国と比べて相当高いと言えます。しかし、ベトナムの場合は郷土史家がほとんどおらず、そういう下支えがないわけです。文書自体もあまり残っていませんが、残っている貴重な史資料も、革命時に隠されたり、熱帯なので紙が腐ったり…」

ベトナム史の研究は、史資料を集めることが大変と語る先生。

「『史資料を集める時間は、研究のうちに入らない』と言い切った中国人知識人の言葉があり、確かにその通りであると思いますが、『それでも、歴史家はそれにすさまじい時間を使わなければいけないのが現実だ』というのが実感です」

資料について説明する八尾教授

資料について説明する八尾教授

当時の貴重な資料(右は現物)

当時の貴重な資料(右は現物)

研究は料理!集めた材料でどんな一品を作るか

「文学研究科で編纂された『人文学へのいざない』という本の中でも書いたのですが、研究を料理に例えると、資料集めが下ごしらえ、資料が材料、論文がそれを使って作った料理みたいなもの。材料が豊富ならいろいろな料理を作れますが、ベトナム史は材料が少ないので、最初から『こういう料理を作ろう』と望むわけにはいきません。手元にある材料で、一つ一つ作った料理(論文)は、中身が相当でこぼこ。それをなんとか筋道を立てて、一冊の本にまとめるのに20年かかりました」 と、先生。

今後の展開について聞くと、

「本が完成した後、次に自分が何をしようか考えたときに思い浮かんだのは、『早く、この本の補訂をしよう』ということ。そこで、昨年度初めて、専門に研究している15世紀の黎王朝のことを全面に出した科学研究費助成事業に申請し、採択されました。黎王朝があったのは今の北ベトナム地方なので、5年かけて王朝に関係のある土地を全て回ろうと思っています。
2000年に広島大学に来てから、ほぼ毎年助成事業に採択されています。年末から現地調査に行くことが多いので、元旦は毎年ベトナムで過ごしていますね。今年の年末は、勉強のために院生も連れて、現地調査に行ってきます」 と、語ってくれました。

 

自国の研究者ではできないことをやる、それが外国史への貢献

日本では数少ないベトナム研究者の中でも、15世紀の黎王朝を研究しているのは、八尾先生だけです。

「黎王朝の面白いところは、少数民族であるムオン族の王様が儒教国家を作ったという点。当然、当時から多数民族であったベト族とのあつれきがあるわけで、権威付けは相当大変だったと思います。

自国の研究者の多くは、『国民国家の歴史=(イコール)国史』という観念から抜け出せず、見過ごされたり、不当な評価を受けている事象なども多くあります。時代が新しくなれば政治的制約も増えてきます。逆に、私のような外国人だから言えることがあります。外国史への貢献って、自国の研究者ではできないことをやることだと思っています。ベトナムの研究者と同じことをやるなら、私がやる必要はないと思っています」

 

きっかけは、高校時代の担任の先生

ベトナム史を研究することになったきっかけについて聞くと、

「高校時代の担任が日本史の先生だったんですが、その人の影響で、クラスメイトの半分くらいが、後に教員になったんです。私もその一人で、先生の影響を受けて、京都大学の東洋史に進みました。最初は中国史を勉強していたのですが、先生とは大学に進んでからもつきあいが続いていて、悪く言えばそそのかされたんです(笑)。『中国史を研究している人はたくさんいるから、ちょっと変わったことをやってみたらどうか』と。

先生は、ベトナムの近代史をやらせたかったみたいですが、私は、現代史はあまり好きではないんです。政治がどうしてもからんできて、政権の変動により簡単に歴史の評価が変わります。古い時代にも同じ事が言えますが、現代はそれが露骨に分かってしまうので。

それで、大学3年の時に、現在は歴史教育学で有名な教授になっている当時大学院生の先輩と、東南アジア史を研究している助手の先生(今は本学名誉教授)の2人に勧められて、中世・近世のベトナム史を中心に研究するようになりました」 と先生。

 

基本は自己責任。受け身の姿勢からの変化

STARTプログラムの指導教員としても、これまで3回ベトナム南部に行った八尾先生。現地での様子について聞きました。

「前回行った3月は、南部が一番熱い時期。しかも、昨年度はベトナム人でも『きつい!』というほど熱かったんです。2週間休みなしなので、体力的には結構きつかったですね。

学生は海外経験を経て、変わらない子もいるけど、たいていの子はかなり成長しますね。日本みたいに安全ではないから、周りに気を配るようになります。そして、一日の計画を人任せにしなくなる。最初の頃は全て受け身で『今日は何するんですか?』って聞く子がいるんですよ。自分で、『今日はどこに行って何をするか』決めていない子は、そのうちホテルに置いていかれますから。『置いていかれると損をする』ということが分かるようになると、変わりますね。あと、病気になったりトラブルになったりしたときに頼れるのは、やっぱり仲間。学生同士の結束も強くなりますね」

 

歴史の勉強は、他人の人生を疑似体験できる

「私は、物事を客観的に見るのが得意なんです。自分自身の歴史も、割と相対化して書ける自信があります」と言う先生。

最後に、 「歴史を勉強していると、なんでこの人はこんなことをしたのか、この決断をするために何があったのか、その人が当時置かれていた状況が分かります。そうすると面白い!自分自身は一回しか人生を送れませんが貴重な史資料を媒介に、他人の人生を疑似体験できるんです。だからこそ、分からないところは意地でも調べてやろうという気になるんです」 と、歴史研究の面白さを教えてくれました。

歴史を学ぶおもしろさについて語る八尾教授

歴史を学ぶおもしろさについて語る八尾教授

 あとがき

「研究は料理」という先生の言葉が印象的でした。しかも、「その国の研究者ではできないことをやるのが、外国人研究者の貢献」ということは、「手に入りにくい外国の材料を使って、オリジナルの料理を作る」ということですよね。料理に例えても大変そうですが、40回以上にわたる現地調査、集めた資料の分析・研究に20年以上かけて取り組んでおられる先生の情熱が伝わってきました。(K2)


up