第9回 千代 章一郎 准教授 (大学院工学研究科)

建築は、人間が創り出すプロセスそのもの

千代章一郎准教授

大学院工学研究科 社会環境システム専攻 千代 章一郎(せんだい しょういちろう)准教授

に聞きました。(学長室広報グループ 2008.12.10)

研究の概要

千代准教授の専門は、建築意匠学です。建築意匠学は、建築デザインを研究しそれに関連する図法の技法や、建築・庭園・都市空間における表現技法とその歴史的展開を研究する学問分野です。研究の中心は、20世紀を代表するフランスの建築家「ル・コルビュジエ」の建築プロセスです。そして、子ども環境、被爆都市です。

 

ル・コルビュジエの神髄を解き明かしたい

建築を志した当初は、ル・コルビュジエの建造物には心を動かされるものは感じませんでしたが、彼の建築図面を研究するうちに、ル・コルビュジエの建築理論や制作過程に興味を持たれたとか。大学院生時代、交換留学で1年間フランスに留学し、膨大なル・コルビュジエの建築図面・スケッチや建築依頼の施主らとのやりとりの手紙などをひたすら読み解かれたそうです。天才肌と称されていたル・コルビュジエですが、設計過程における彼の苦悩を感じ、その人間臭さにますます没頭しました。

※ル・コルビュジエ(1887.10.6−1965.8.27):フランスで主に活躍した建築家。近代建築の三大巨匠と称される。鉄筋コンクリートを使用したモダニズム建築の提唱者

研究室にて

ル・コルビュジエの図面集には、数え切れないくらいの付せんがついている。
学生時代に設計事務所でのアルバイト代で購入した建築図面集の一つがいつのまにか研究資料に

手紙のコピー

ル・コルビュジエが施主らとやりとりした手紙のコピー。
フランス留学時代に収集した

第3回西洋美術振興財団賞 学術賞を受賞 ル・コルビュジエの素顔に迫った展覧会を企画

2007年5月〜9月、東京の森美術館で開催された展覧会「ル・コルビュジエ展:建築とアート、その創造の軌跡」の企画を担当されました。展覧会では原寸大で再現したパリのアトリエやマルセイユのユニテ・ダビタシオン(集合住宅の代表作)、実現しなかった壮大な都市計画などを、ル・コルビュジエが表した図面や大型模型、コンピュータグラフィックスによる疑似体験などで紹介し、ル・コルビュジエの理論と創造の世界を体感できる空間で、ル・コルビュジエの素顔に迫りました。
この展覧会の企画が評価され、「第3回西洋美術振興財団賞 学術賞」を受賞されました。(授賞式は、2008.11.26)またそれと時を同じくし、平成20年度「第7回広島大学長表彰」も授与されました。
森美術館での展覧会を発展させて、2008年8月〜9月には、広島県立美術館での展覧会「ル・コルビュジエ展:光の遺産」を監修されています。

※西洋美術振興財団賞学術賞:日本国内で開催された美術展の優れた企画に対して贈られる。授与者は財団法人西洋美術振興財団

展覧会のプログラムパンフレット

展覧会「ル・コルビュジエ展:建築とアート、その創造の軌跡」と
「ル・コルビュジエ展:光とその軌跡」のプログラムパンフレット

サヴォア邸の模型

広島県立美術館の展覧会「ル・コルビュジエ展:光の遺跡」で展示された模型。
1931年竣工のサヴォア邸の模型。ル・コルビュジエの代表作の一つ。ル・コルビュジエの主張する近代建築の五原則「ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面」を体現している。

サン・ピエール教会の模型

ル・コルビュジエが晩年手がけ、彼の死後、2006年に完成したサン・ピエール教会の模型。晩年は造形を強調した作品となっている。

「でき上がった建造物よりも、それを造りあげる“作り手”に興味があります。設計の過程(プロセス)のなかに建築があります。設計者の思い描く形がそのまま造形にはなりません。なぜなら、設計の過程では、人や自然との調和、景観との調和、そしてその場所の歴史や文化・風土が関わってきます。建築設計は“外部の何かを自分自身の内部の何かに変える”という人間が作り出すプロセスだからです」と千代准教授。

ル・コルビュジエの言葉に「建築は精神的な構築である」というのがあります。精神的とはスピリッツ=心です。創っていくその過程に人生のあり方や建築家の内面が現れるということです。しかし、晩年「人の心ほど伝えられないものはない」という言葉を残しています。天才と呼ばれ近代を代表する建築家となっても、今なお苦悩する姿が垣間見られ、設計に対する彼の考え方が現れていると言えます。

千代准教授著『ル・コルビュジエの宗教建築と「建築的景観」の生成』

千代准教授著『ル・コルビュジエの宗教建築と「建築的景観」の生成』

こどもの感性を生かした街づくり

千代准教授の研究テーマには「子ども環境」もあります。子どもの感性を生かしたこども主体の街作りを考えているそうです。
「小学校の児童と一緒に街を歩き、工事現場に遭遇したことがあります。大半の子どもの意見は、“汚い”“うるさい”“危ない”ですが、中には“ここにビルが建つと良くなるかもしれない”と言う子もいます。自分の目で見て、子ども自身がアクションを起こすことを期待しています。子どもたちの目で見れば、多くの発見があり、それは街づくりに多くのヒントを与えます。子どもが都市計画に参画するバックグランドを作りたいと思います」と千代准教授は話します。
子どもが主体的に行動を起こすことをサポートし、子どもの感性を生かした都市計画作りへと発展することを目指しているのだとか。

エコピース(1)

子どもとの環境学習の様子。

エコピース(2)

子どもの主体的な行動に期待する。

被爆都市そして平和志向の都市計画

今、千代准教授は被爆者の方へのインタビューに取り組んでいます。「インタビューは決して楽なことではなく、時として気が重くなることもあります。もちろん電話口で怒鳴られ断られることもありますよ。インタビューは、その被爆者の方の生きてきた履歴に触れること。被爆者の方が命をつないできたリアリティな履歴から、“生きることは何か”“生きる場所とは何か”を考えることができます」と千代准教授。
インタビューでは、被爆前の広島をどう感じていたのか、復興した現代をどう感じるのかを聞きます。千代准教授は「インタビューで、“平和公園内のレストハウスを見るたびに、よう生きとったんじゃなぁと思うんよ。レストハウスが生きる力をくれる”というお年寄りに会いました。生きるためには、生き延びる“場所”があり続けることが必要で、それにはリアリティのある時間的な連続性が必要であることを痛感した」と説明されます。

被爆により広島は都市の歴史が断絶した街。「それぞれの場所」がもつ歴史はすでに消滅してしまったかのように思われがちですが、被爆者層へのインタビューから、都市の歴史は継続していることをうかがい知ることができます。都市の歴史が継続するプロセスを解明することは、どのような平和都市を目指すべきかが見えてくると千代准教授。
「私たちは、過去とつながって生きています。建築学として平和に何が寄与できるのかと考えたとき、例えば防災としての都市計画、防犯の都市計画などがありますが、人間性の根源である“生きていることを感じることができる都市空間”をつくることが平和志向の都市計画へとつながると考えています」と千代准教授は話します。

被爆者インタビューの様子。

被爆者インタビューの様子。
地図を前に被爆前の広島の街の様子や被爆後の街の様子を追いかける

建築の基本は歩くことそして対話

千代准教授は、「広島の街の歴史と建物をたどるために、学生と広島の街を歩き回りその場所の歴史を肌で感じています。人と対話し、環境と対話し、自分の感性を磨くことが必要です。土地を知り、歴史を知り、風土を知ることにより建築へのプロセスは磨かれていきます」と訴えます。
その千代准教授の学生への指導は、レクチャーではなく対話を重視しています。「学生は、研究には必ず正解があるとどこかで思っている。そう考えると結果が出ないと行き詰まってしまう。研究は、空振りもあればホームランもあります。学生との対話の中で自分自身の頭の中も整理していることもありますよ。自分自身が試行錯誤している姿を見せ、学生にはありのままで接しています」と学生たちへの熱い思いを語ります。

研究室資料

研究室には、千代准教授が今まで訪れた世界の美術館や展覧会などのパンフレットやカタログが時系列に整理されている

「魅力的な研究はなかなかできるものではありません。しかし、常にもっと質の良い研究を目指したい。質の良い研究は結果的にいつかどこかで人のためになるはずです。そのことが社会への貢献にもつながることになるのでは。問題は魅力的で質の良い研究とは何か、ということなのですが」と穏やかに話されます。

千代ゼミ

千代ゼミ。広島県立美術館での展示会で展示した模型は学生たちの力作

あとがき  

建築設計の基本は現場を歩くことだと、千代准教授は力説します。そして、都市は生き物で、育むことでより良くなるともおっしゃいます。感性を磨き、建築物がその場所にある意味を感じるためには、フィールドワークは欠かせないようです。
また、密かなプロジェクトとして「ひろしまエコピースマップ」を制作されています。
「ひろしまエコピースマップ」の制作もまずはフィールドワークからです。小学生からシニアまでおのおのの世代でグループをつくり、路面電車に乗りそこから見えるひろしまの様子について世界共通のアイコンを使って地図を作っていきます。街から感じた感性をアイコンで表現していくそうです。
街は「古い」と「新しい」がつながっています。「ひろしまエコピースマップ」は、空間的時間的感性を磨くために、歴史編と現代編を重ね合わせた「ひろしま」ならではのグリーンマップです。過去から未来へつながる都市デザインと新しい「平和」のメッセージを発信するための環境地図です。近々ヴァージョンアップの予定だそうです。(W)

 

※グリーンマップとは、一般市民の手によって作られる、身近な環境を世界共通のアイコン(絵文字)で表した地図です。グリーンマップの種類は、自然環境(樹木、公園のみどり、野生生物の生息地など)文化関連(アートスポット、史跡など)生活関連(自然食品店など)などいろいろ。

エコマップ

「ひろしまエコピースマップ」。

エコマップ歴史編

歴史編

エコマップ現代編

現代編


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