第17回 内匠 透 教授(大学院医歯薬学総合研究科)

世界初、ヒト型自閉症マウスモデルの開発に成功!

内匠透教授

大学院医歯薬学総合研究科 創生医科学専攻 探索医科学講座 内 匠 透 (たくみ とおる)教授

に聞きました。(2009.8.17 社会連携・情報政策室 広報グループ)
 

内匠教授らの研究グループは、自閉症ヒト型モデルマウスで脳内の異常を詳しく調べ、発達期において脳内のセロトニン濃度が減少していることを発見しました。また、神経細胞におけるセロトニンシグナルの異常もあることから、発達期におけるセロトニンの異常が社会性行動異常の原因となる可能性を明らかにしました。この研究成果は今後、自閉症に対するセロトニン系を中心とした治療法の開発につながるものと期待されます(2010.12.16)。

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日本経済新聞社は、2009年6~8月に公表された主要な研究開発成果を評価する「技術トレンド調査」(09 年度第3回)を発表しました(2009年10月8日付け日経産業新聞)。自閉症と同じ染色体異常を持つモデルマウスを開発した内匠教授の研究が、「自閉症をはじめとする発達障害は増加傾向にある一方で、原因究明と治療方法の開発はなかなか進んでいない。モデルマウスの登場で、研究の前進が期待できる」と、総合3位にランキングされました。
 

優れた医学論文の著者に贈られる、第46回(2009年度)ベルツ賞の2等賞を受賞しました。今年の論文テーマは「精神疾患-うつ病、統合失調症など」で、受賞対象論文は「自閉症ヒト型モデルマウスの開発」です。平成21年11月18日、ドイツ大使公邸で贈呈式が行われ、ベーリンガーインゲルハイム取締役会会長アンドレアス・バーナー博士より賞状とメダルなどが贈呈されました。

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プロフィール

京都大学大学院医学研究科博士課程修了後、米国マサチューセッツ工科大学、大阪大学医学部、神戸大学医学部勤務を経て、大阪バイオサイエンス研究所。2008年10月から広島大学大学院医歯薬学総合研究科教授。

内匠教授は、分子生物学者としてトレーニングを受け、これまでにさまざまな遺伝子の同定に成功しました。それらの中には、今では、不整脈、難聴、睡眠覚醒障害、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因遺伝子として知られているものが含まれます。

また、脳機能の中でも概日リズム(動物、植物、菌類、藻類などのほとんどの生物に存在する約24時間(概ね一日)の周期で変動する生理現象)の分子機構に関して研究を進めてきました。

最近の研究の柱は、診断基準があるものの、血液検査や画像診断のような機械化できる客観的診断方法がない精神疾患に、分子生物学的にアプローチしようと試みています。発生工学的手法を用いた染色体変異マウスによるヒト精神疾患モデルマウスの作製・遺伝学的解析、精神行動に異常を起こす候補遺伝子の探索・解析などから、「こころ」の病に迫ります。

 

ヒトの自閉症と同じ原因を有するモデルマウス誕生

今年6月、内匠教授は、自閉症の細胞遺伝学的異常としてもっとも頻度の高い、ヒト染色体15q11-13重複のモデルマウスの作製に成功したと発表しました。

ヒトゲノムの解読終了(2000年6月、90%程度の概要の解読終了)の頃から、ヒトの病気に注目し、こつこつと研究を積み上げてきました。近年、特定の遺伝子を人工的に破壊し、働かないようにしたノックアウトマウスの開発は進んでいますが、今回、技術的にも非常に難しい染色体工学の手法を用いて、ヒトの染色体異常と同じ異常を有するマウスを作製しました。このマウスに、鳴き方の発達の遅れ(コミュニケーション障害)や、環境が変わっても一度覚えた経路を通り続ける固執行動を確認。このマウスは、ヒトの自閉症のような行動を示すだけなく、ヒトの病気(自閉症)と同じ原因を有する世界初のヒト型モデルマウスと証明できました。

また、本マウスは、現在注目されている、ゲノム上の 「コピー数多型(注1)」による世界初の疾患モデル動物です。

(注1)人の遺伝子は、父母のそれぞれのゲノムに由来するものを1組ずつ受け継ぐのが一般的です。通常の人は、1細胞あたりそれぞれ2コピー(父と母)の遺伝子を有していると考えられてきました。近年、個人によっては1つの細胞に1コピーのみ、あるいは3コピー以上遺伝子のコピーが存在する(コピー数多型)ことが判ってきました。従来の研究では、個人の遺伝子の「塩基配列の違い」がよく知られていますが、コピー数多型は遺伝子の「数の違い」で、人間の多様性や病気の要因になるのではと研究者たちが注目しています。今回の研究では、父方の遺伝子のコピー数が1.5コピーのモデルマウスを作製しました。

自閉症モデルマウスの作製

染色体工学的手法を用いた自閉症モデルマウスの作製。
ヒト染色体異常である15q11-13をマウス染色体7番上で人工的に構築。

遺伝子操作マウス

自閉症の人の一部で見られる染色体異常を再現した遺伝子操作マウス

本研究成果は、内匠教授が大阪バイオサイエンス研究所で研究室を主催するようになった2001年にはじめた長期間にわたる仕事の結果です。

また、英国サンガー研究所、京都大学、藤田保健衛生大学、(株)万有製薬、理化学研究所との共同研究、文部科学省科学研究費補助金である特定領域研究「脳機能の統合的研究」(通称:「統合脳」)プロジェクトの成果でもあり、2009年6月26日付けの米国学術雑誌『Cell』(医学生物学分野の三大誌の一つ)で公開されました。

 

なお、Volume 137の表紙を飾ったのは、内匠教授の論文が『Cell』に掲載されるのを祝って、船田奇岑絵師(注2)がわざわざ書いてくださった作品です。

 (注2)船田奇岑(Kishin FUNADA)氏は、中央画壇で活躍し、戦後、広島で創作に打ち込んだ呉市出身の日本画家船田玉樹氏のご子息です。制作の方向性は、日本画~現代美術~映像~音響まで多岐にわたります。2007年には作風が評価され、作品が東京・丸の内の「ザ・ペニンシュラ東京」のホワイエや客室を飾ることになります。作風の幅広さは抽象から現代美術、古典細密まで多くの作品を残している父君に影響を受けているのだとか。そんな船田氏ですが、描く物の内面まで理解し、記憶しておきたいという欲求に加え、はっきりしたルネッサンスの時期がなかった日本美術のなかで、ロジカルな理論構築の基礎にしたいと、本学解剖学・発生生物学講座に研究生として籍を置くことになります。解剖学・発生生物学講座の研究室は、内匠研究室の隣。たまたま研究室間の懇親会に参加し、船田絵師の作品が『Cell』誌の表紙を飾ることになった偶然がスタートします。

掲載証明

『Cell』の掲載証明

表紙写真

表紙写真。 花のある現実の世界(左側)と自らの世界(右側)を隔てている...

自閉症って?

自閉症(注3)は、脳の中枢神経の機能障害により起こる病気と推定されるようになりましたが、なぜ障害が起こるのか、脳のどの部分にどのような障害が起こるのかなど、障害本体やメカニズムは未だ不明なままです。

これまで、自閉症をはじめとする発達障害は、こころや環境の問題とみられ、教育の分野(障害児教育)で研究される学問でした。染色体異常が原因で発症する病気のひとつとして、小児精神科で扱われるようになったのは、ごく最近のこと。

幼児期の親(保護者)の不適切な教育などで心を閉ざしてしまった、また生まれ育った環境が悪い、などという誤った理解が親を苦しめていた時期もありましたが、1960年代から、自閉症の予後研究、家族研究、生物学的研究などのさまざまな研究が進められ、親に原因を求める病気ではないということが明らかになってきました。また、映画やテレビドラマでこの病気が紹介されたこともあり、徐々に社会に認知されるようになりました。

(注3)自閉症は、ほぼ3歳以前に発症する行動障害で、社会的相互作用の障害、社会的コミュニケーションの障害、固執的常同運動という、大きく3つの臨床所見を有しています。

 

増加傾向にある自閉症

1970年代には、日本における未就学児の10,000人あたり2~4人程度が自閉症であると考えられていました。日本自閉症協会の手引きには、「せまい意味での(典型的な)自閉症は、児童1,000人に約3人いるといわれ、広汎性発達障害(PPD)あるいは自閉症スペクトラム障害(ASD)も含めると、児童100人に約1人いるという人もいて、それほど稀な障害ではないとされています」と記載されています(平成16年「自閉症の手引き-あなたの隣のレインマンを知っていますか-」)。

自閉症の定義の変化(診断基準の変化)のみがその数を増加させたのではなく、一般に理解されてきた(社会の認識)こと、医師が自閉症のことをよく理解してきたこと、また親の自閉症への理解が進み病院で診察を受けるようになったことなど、自閉症の可能性のある子どもが見つかりやすくなっていると教授はいいます。

 

今後期待されること

「一卵性双生児では一方が自閉症であるとき、90%以上が何らかの自閉症関連の異常を有することが明らかになっている。一卵性双生児の全例が自閉症とならないことから、環境因子も関与しているかも知れないが、明らかに遺伝的寄与が考えられる」という教授。

精神疾患の特殊性として、特に日本では臨床例を用いた研究はアプローチしにくいという難点があります。「遺伝」ということから負のイメージを想定するかも知れませんが、このことは逆に、いままで生物学的解析から一番遠かった精神機能異常も、他の多くの病気と同じく「生物学的アプローチ」が可能な病気であるということを示しています。

今回の研究成果をもとにさらに研究が加速し、自閉症をはじめとする発達障害の病態解明及びその治療薬の開発へと繋がればうれしいと、今後の研究に期待を寄せます。

「他の病気と同じく、科学で迫ることが可能です」と語る教授

「他の病気と同じく、科学で迫ることが可能です」と語る教授

世界をリードする研究者を養成します!

今回の研究成果は、英国サンガー研究所の技術による支援、他機関との連携があったからこそと謝意を表す教授に、人材養成面で特に留意している点を伺ったところ、「世界TOPクラスの研究者交流ができる環境」と「英語によるコミュニケーション」が必須との回答。「誰か一人を国内外の研究機関に派遣することも重要かも知れないが、世界TOPクラスの研究者を継続的に招聘すれば、研究室全体のレベルアップに繋がる。交流しようと思えば当然英語によるコミュニケーションが必要となるので、ミーティングの基本は英語です。これからも、人との偶然の出会いを大切に交流を進め、「ALL JAPAN」ならぬ「ALL HIROSHIMA」を実現するのが夢です。広大は勿論のこと、国内外のやる気のある人との出会いを期待しています。そのために研究費を獲得し、人財が集まり、育つような環境の整備に尽力するつもりです」と力強い教授。     「微妙なニュアンスまで英語で伝えることができたら最高!」と語る教授

微妙なニュアンスまで英語で伝えることができたら最高!

微妙なニュアンスまで英語で伝えることができたら最高!

あとがき

「ヒトゲノム計画が終了(2003年4月14日、日米英など6カ国首脳がヒトのすべての遺伝子情報の解読完了を宣言)した現在、さまざまな疾患の病態が分子レベルで明らかにされるようになってきましたが、精神疾患は今なお不明なまま。自閉症も他の多くの病気と同様、生物学的異常が原因で引き起こされる。生物学的アプローチで子どもの『こころ』の問題に迫りたい!」と原因の解明に意欲を見せる内匠先生。

「地図が大好き!」で地理学者になりたかったが、小さい頃に伝記を読んであこがれた野口英世のことを思い出し、科学者になろうと進路変更。予備校に通って猛勉強をしたそうです。科学者になる夢を叶えた先生には、研究生活だけでなく、人生の節目でその後を決定づける偶然の出会いが多くあったようで、「人との出会いがとても大切。プライベートでも仕事でも」と、予備校の先生からプレゼントされた『邂逅(かいこう)』という言葉を今でも大切にしているそうです。

大学の一番大切なところは教育。大学の魅力は若い人がいること。先生は、好きなことを仕事にできるプロスポーツ選手や芸術家は誰もが努力してなれるわけではないが、同じように好きなことを仕事にできる科学者には頑張ればなれるし、それなりに報酬も約束される。若い研究者たちが、お金を抜きにして「研究が面白い!」「一流の研究者になりたい!」と思えるような、目標となる「カッコイイ存在」であり続けたいという言葉が印象的でした。スマートな先生が、でっかく見えました。(O)


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