第5回 大段 秀樹 教授 (大学院医歯薬学総合研究科)

肝移植後のがんの再発を予防する新たな試み— 制がん免疫療法 —

大段秀樹

大学院医歯薬学総合研究科 創生医科学専攻 大段 秀樹(おおだん ひでき)教授

に聞きました。(2008.9.3 学長室広報グループ)

 

◇広島大学大学院医歯薬学総合研究科先進医療開発科学講座(旧第二外科学)のウェブサイトはこちら

11月3日(水)から4日未明にかけて、広島大学病院において50歳代男性に対し脳死肝移植が行われました。手術は無事終了いたしました。中国・四国地区の脳死肝移植は3例目で広島県内では初めてです。(2010.11.9)

移植手術チームの大段教授らの記者会見の様子はこちら

 

研究の概要

広島大学卒業後、医学部旧第二外科学講座に入局し、一般外科学、腎臓移植や肝臓移植などの臓器移植と肝臓外科を専攻。主として肝臓移植の臨床と研究を専門にしてきましたが、大学院修了後留学した米国ハーバード大学/Massachusetts General Hospitalにおいても、大学院時代から始めていた移植免疫の研究に従事。例えば、肝疾患に対し外科的治療を行う場合、血行動態・代謝の恒常性や生体防御機構への侵襲を的確に把握し、術式選択や周術管理を実践する必要があるという考えから、肝臓外科領域で遭遇する病態を細胞・分子レベルで解析。

   

「沈黙の肝臓」と呼ばれています

「肝心かなめ」という言葉もあるように、肝臓は、ヒトの体になくてはならない必須の臓器です。その働きは500以上あると言われていて、人工的に肝臓の機能をもった工場をつくるとすると東京23区の広さになる言われるほど様々な働きをしているそうですが、代表的なものは、代謝、栄養分の貯蓄、解毒の三つ。
正常な肝臓は70%を切除することが可能で、残りの30%が、手術後2週間で2倍、半年で元の大きさの約90%の大きさまで回復。つまり肝臓には70%の余力があると教授は言います。このように、肝臓は再生能力が旺盛で余力(肝予備能)を持った臓器ですが、慢性肝炎、肝硬変と進行していくと、この余力が少なくなります。しかも症状は殆ど出ません。余力がゼロになってはじめて、黄疸、腹水、脳症などの症状が現れてくるので、肝臓は「沈黙の臓器」と言われているのだとか。

   

「原因がわかっているのに治せない」のは悔しい

わが国の死亡原因の1位は悪性腫瘍によるもので、そのうち肝臓がんによる死亡者数は年間3万人を超え、悪性腫瘍の第3位(男性)、第4位(女性)となっています。例えば胃がんなどは、発生原因が明らかではありません。ところが、「肝臓がんは、その殆どがB型やC型のウイルス性肝炎によるものと原因が分かっているのです。原因が分かっているのに治せないというのは悔しいですよね。」と教授は言います。症状のない持続感染者(キャリア)を含む、日本におけるB型ウイルス性肝炎およびC型ウイルス性肝炎の推定患者数は350万人です。肝炎は症状が進行すると慢性肝炎や肝硬変となり、これら慢性肝疾患の人に肝臓がんが多く発生します。原因となる肝炎を根治することができれば、肝臓がんを抑制することが可能になるのですと力説します。

「悔しいですよね」と大段教授

肝臓移植には問題がたくさん

肝臓がんに対する治療法には、外科的切除、経皮的局所治療(注1)、肝動脈塞栓術(注2)などがありますが、患者さん個々の肝予備能に応じた治療法を選択することが重要です。
しかし、肝臓がんは非代償性肝硬変(壊された肝細胞が多く、残された肝細胞では、体が必要としている仕事 が十分にできなくなった状態)に合併する場合が多く、肝予備能が低下した症例では、制がん治療をすることで、却って肝硬変を誘発する危険を伴うのだとか。この場合、肝臓移植が唯一の根治治療となるのですが、進行肝臓がんの場合は、移植後のがんの再発が懸念されるそうです。

(注1) 腹部超音波でがんを観察しながら、がんに針を刺してアルコールを注入して組織を変成させる治療(PEIT)や、電気の熱(ラジオ波)でがんを焼灼する治療(RAF)。

(注2) がん細胞に栄養を送っている血管(動脈)を詰めて、兵糧攻めでがん細胞を殺す治療。抗がん剤投与も含みます。

 

肝臓由来のNK細胞は質量ともに優等生

肝臓がんに対する肝臓移植後には、がんの再発が起こる場合があり、全世界で予防法の確立が望まれていると教授は言います。以前から、研究者の間では、マウスの肝臓にはNK細胞が多量に含まれていることは知られていましたが、ヒトの肝臓にもNK細胞が多く含まれているかどうかはまでは分かりませんでした。ドナー(提供者)から摘出した肝臓は、移植前に、臓器保存液で肝臓内の血液の洗浄(臓器灌流)を行いますが、大段教授らの移植グループは、回収した灌流液を分析し、多量のNK細胞が含まれていることを確認。倫理委員会の承認のもと、抽出したNK細胞を細胞療法室にてリンパ球に調整して培養し、手術3日目に、肝由来リンパ球をレシピエント(患者)に点滴で投与しました。14例の臨床治療では、現在まで、副作用もがんの再発も認められていないということです。

ヒトの肝臓から抽出したNK細胞が、末梢血に由来するNK細胞と異なり、強力な抗腫瘍分子(抗腫瘍分子(TRAIL):健常な細胞には影響せず腫瘍細胞のみを傷害する分子)を誘導できることを確認。これは、浅原利正前教授(現学長)が研究環境を整備し、生体肝移植手術の症例を積み重ねてきた実績によるものです。地道な基礎研究と臨床の融合がもたらした成果が花開いたことが証明された瞬間でした。そして、灌流液から無菌操作でNK細胞を効率よく回収するシステムの開発につながりました。この間約5年。教授は、基礎研究をこつこつやるのが好きな研究者や医師、ベッドサイドで患者に寄り添うことが好きな医師、それぞれが得意分野で最善をつくし、結果として、見事なハーモニーが集団としての機能を果たし、優等生細胞の発見につながったと振り返ります。

患者さんが学会発表用にと描いてくれたイラスト

臨床治療経過

脇役が主役になるXデーは?

また、このNK細胞には移植後のC型肝炎ウイルスの増殖を抑制する効果もあることが分かり、現在、C型肝炎の再発を予防する細胞療法の研究が進められています(特許取得済み)。「肝臓がん患者のうち70%強がC型肝炎を合併しています。C型肝炎から重度の肝硬変を合併した肝臓がんに対し、肝臓移植が延命に果たした役割は大きいものの、肝移植後のC型肝炎再発は避けられず、他の疾患で肝移植をした場合に比べ、長期予後が悪くなっています。拒絶反応などを予防するために行う免疫抑制療法も、C型肝炎ウイルスの複製を増長し、肝炎が憎悪することが指摘されています。」このように語る教授ですが、表情は明るく、C型肝炎患者への朗報が近いことを予感させてくれます。

   

世界をリードする研究成果を地域連携と人材養成に生かしたい

(1)国際レベルを目指したトランスレーショナルリサーチ(注3)を通じて基礎研究を臨床応用し、これを地域医療に速やかに還元すること。(2)そして、これらの活動を礎として外科学の魅力を伝え、現状の知識や技術に満足せず、より安全で効果の期待できる医療の実践を目指す人材の育成を当面の目標に掲げる大段教授。新たな問題提起と情報の収集を怠ることなく、医療の質の向上を目指して、関連施設間の相互交流を積極的に行いつつ、現実的で方向性のある診療・研究活動を継続するため努力を惜しまないと固い決意を語ります。
しかし、「殊更特別なことをするのではなく、世界をリードする研究を続けていれば、その成果は医療を通して地域の方々に還元できるし、優秀な研究者も集まってきます。5月30日から開催されたアメリカ移植学会で発表した研究論文は、what’s hot(学会の中で話題となった研究発表に与えられる名誉)の一つに選ばれ、マイアミ大学から臨床導入したいとの共同研究の申し入れもありました。」と自然体の教授。近く医師を派遣する予定となっているのだそうです。

(注3) 基礎研究で見いだされた新しい発見を臨床に役立てる(次世代の革新的診断・治療法を開発する)ことを目的にチームで行う研究。

日本外科学会(2008.5.15)とアメリカ移植学会(2008.5.30〜6.4)で発表した講演の関連論文

こーひーぶれいく 〜ナチュラルキラー細胞って?〜

「生まれついての殺し屋」という意味のナチュラルキラー(NK)細胞。最近よく耳にしますが、リンパ球全体の15〜20%を占めるとみられています。リンパ球の他の免疫細胞であるT細胞(70〜80%)やB細胞(5〜10%)のように抗原で刺激されて働くのではなく、常に体内をパトロールし、がん細胞やインフルエンザなど、ウイルスに感染した細胞を見つけると、命令がなくても単独で敵を殺す細胞です。健康な人でも毎日たくさんのがん細胞が生まれていますが、NK細胞など免疫機能が正常であれば、すぐにがんになることはないそうです。ところが、このNK細胞の活性化は15歳前後をピークに加齢とともに減少していくとか。禁煙、適度の飲酒、質の良い充分な睡眠、適度な運動、バンランスのよい食事、ストレスを貯めないなど、健康に良いと言われることをしていれば、NK細胞の活性を高めることができるようで、中でも「笑う」という行為は、免疫機能活性化に、より効果があると言われています。「笑い」は心を癒すだけでなく、体にも良かったんですね。

あとがき

今回取材をお願いしたのは、新聞報道やTVニュースで既にご存じのように、8月30日から31日にかけて10時間を超える膵腎同時移植手術の執刀をされたばかりの大段先生でした。先生は、国立病院機構東京医療センターにおける臓器(膵臓と腎臓)摘出手術、飛行機とタクシーを乗り継いでの臓器の運搬、移植手術の執刀、記者会見、患者の術後管理と、極度の緊張状態が長時間要求されるタフなスケジュールの中、疲労は極度に達していると思われました。電話や呼び出しで途中何度も取材が中断しなければ、緊張状態が今も続いているということを忘れてしまうほど、終始にこやかに取材に応じてくださいました。広島大学病院は、平成11年2月18日に脳死下膵臓移植、膵腎同時移植の実施施設として認定され、現在も、中国地区では本院が唯一の認定施設となっております。国内の脳死移植は今回で74例目、膵腎同時移植は国内で38例目。わが国でも1997年臓器移植法が施行されましたが、生体移植が大部分で、欧米に比べると、脳死者からの臓器移植が一般的とはいえない状況です。今回の脳死者からの膵腎同時移植手術は、そのような中、中国・四国地区で行われた初めてのケースでした。先生、お忙しい中ありがとうございました。(O)


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