第7回 小林 亮 教授 (大学院理学研究科)

ロボットづくりの夢に挑戦! −生物から学んで、しなやかに、そしてタフに−

小林 亮 教授

大学院理学研究科 数理分子生命理学専攻 小林 亮(こばやし りょう)教授

に聞きました。 (2008.10.20 学長室広報グループ)

◆10 月1日(金)午前9時(ボストン時間9月30日午後8時)、本学大学院理学研究科数理分子生命理学専攻小林 亮教授伊藤賢太郎助教および弓木健嗣さん(卒業生)が、公立はこだて未来大学の中垣俊之教授らとともに、今年のイグ・ノーベル賞の交通計画賞(Transpotation Planning Prize)を共同受賞しました。小林教授のイグ・ノーベル賞受賞は2008年に続いて2度目となります(2010.10.1)。
 
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小林教授から、「正直、びっくりしてます。僕たちとしては大まじめに研究しているので、そんなに笑えるかなぁと思うんですが、1度ならず2度ともなると、よくよく粘菌が審査員の笑いのツボにはまっているということなんでしょうね」とのコメントともに、トロフィーの写真が寄せられました (2010.10.12)。

トロフィーの写真

研究の概要

小林教授の専門分野は、数学と他分野の融合的な研究を主眼とした「応用数学」です。いわゆる定理の「証明」をするのではなく、自然現象を数理的アプローチにより明らかにする研究です。最近では、生物から学んで、現実の複雑な環境の中をあたかも生物のように、柔らかくしなやかに動き回ることのできるロボットを創り出すプロジェクト(※)を、生物学者・ロボット学者と共同で立ち上げました。

(※) 「生物ロコモーションに学ぶ大自由度システム制御の新展開」が、(独)科学技術振興機構(JST)の平成20年度戦略的創造研究推進事業(CREST・さきがけ)に採択されました(共同研究者:中垣俊之北海道大学准教授、石黒章夫東北大学教授)。

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「そこはかとなく笑える研究」でイグ・ノーベル賞を共同受賞

北海道大学准教授の中垣俊之先生らの研究グループが行った実験で、寒天の上に薄いプラスティックシートで作った3センチ四方の迷路全体に、小さくちぎって分けた真正粘菌(モジホコリ)の変形体を等間隔に(30個)置いたところ、ばらばらの粘菌は、まるで「一つになりたい!」と言う意志があるかのごとく脈動(約2分周期)しながら一つになり、迷路全体に体を伸ばすように広がりました。次に迷路の入口と出口にえさ(オートミールが大好物らしい)を置くと、粘菌は、まず初めに袋小路から撤退し、最短経路以外に広がっていた部分を縮小しながら一本の太い管状になり、8時間後には入口と出口を結ぶ最短経路だけが残りました。「この状況は粘菌にとってはジレンマなんですね。両端に餌があってどちらにも行きたいけど、一つの体でいたいという。粘菌の気持ちになってみると、両端でえさを覆いながら、できるだけ短い管で両端をつなぐのが最適なんでしょう。」と教授。

つまり、脳も神経もない単細胞生物の粘菌が迷路を解き、しかも最短経路を求めることができたと実験的に証明(2000年に英科学誌「NATURE」に掲載)できたのです。中垣准教授、小林教授ら6人が、この研究で今年度「イグ・ノーベル賞」の認知科学賞を共同受賞しました。

aの図:迷路一面に広がる粘菌 cの図:最短経路にだけ管を残した粘菌

aの図:迷路一面に広がる粘菌 cの図:最短経路にだけ管を残した粘菌

単細胞なのに迷路を解く粘菌ってかしこい?

小林教授らは、この粘菌の動きを数理モデル化(問題を解くための効率的手順を定式化)し、それをもとに最短経路探索問題の粘菌風ソルバーを開発して、「フィザルムソルバー」と名付けました(フィザルムは粘菌の本名)。カーナビゲーションへの応用なども進めています。

「アメリカ全土に粘菌を置いてみるわけにはいきませんから」と、アメリカのハイウェイを網羅した図に、粘菌の数理モデルを当てはめて、シアトルからヒューストンまでの最短経路を求めたところ、図のような最適経路を見つけてくれました。

餌を3個以上置いて、どのように最短経路を結ぶのかという実験では、一カ所が故障しても全体がつながり、しかもできるだけ短い経路を作ったのだとか。教授は、粘菌モデルは交通網や上下水道などの基盤設計に応用できると言います。鉄道や道路などの路線やネットワークでは、経済性だけではなく、危険予測も重要ですが、複雑になればなるほど天文学的な計算が必要になってくる数理的アプローチを、粘菌を利用することで補うことが可能になると期待しています。「粘菌はシンプルで優れたシステムであるが故に数億年生きてこられた。また、その事実故に、人間が良い問いかけをしてやれば、必ず良い答えを返してくれます。粘菌の「知恵」は侮れない。」と教授は語ります。

フィザルムソルバーを用いた全米高速道路網における最短経路探索

フィザルムソルバーを用いた全米高速道路網における最短経路探索

アトム?それとも、アメーバ?

ヒューマノイドロボット「ASIMO」は、最先端の2足歩行技術をもつ人間型ロボットとして有名ですが、教授らのグループは、まるで生き物のように、しなやかに、なめらかに動けて、環境の変化にタフに適応できる、従来とは違うタイプのロボットを創り出したいと言う夢に向かって踏み出しています。ASIMOのようなロボットでは、動物でいえば脳にあたる中枢がほとんどすべての制御を行っています。それに対し動物が歩行する場合、脳とは独立に、脊髄にあるCPG(Central Pattern Generator) と呼ばれる神経回路が歩行のリズムを作り出していることが知られています。また脊髄には瞬間的な反射を司る働きがあります。動物は脳がいちいち複雑な歩行制御をしなくても歩行することができますし、突然出会う障害に対してもとっさに対応できる能力を持っているのです。このような動きを生み出す制御のからくりを「生き物」から学び、「数学」の目でエキスを取り出し、「ロボット」に組み込み、いろいろなレベルで情報を処理できる夢のロボット創出を目指しています。ロボットというとアトムのようなヒューマノイド(人間型ロボット)を想像しがちですが、まず第一歩目として、最も単純なアメーバをまねたアメーバロボットから出発するのだそうです。教授が北海道大学在籍時代に中垣准教授らと意気投合したことから始まった共同研究は、石黒教授という仲間を得て、夢のロボットづくりへと着実に歩を進めているようです。

リアルタイムで自然長を変えることのできるバネ(可変弾性素子)を連結した構造を持っています。下図は右の光に向かって運動するアメーバロボットのシミュレーション。このロボットには粘菌の数理モデルから導かれた制御則が使われています。

東北大学石黒教授のグループによるアメーバロボット。下図は右の光に向かって運動するアメーバロボットのシミュレーション。

東北大学石黒教授のグループによるアメーバロボット。

 

いつも心にゆとり(遊び)を!

広島大学のキャッチフレーズ「学問は、最高の遊びである。」

学生には「よく遊び、よく学べ!」といつも言っていて、自身も常に心がけていますと語る教授。本学の「学問は、最高の遊びである。」という新キャッチフレーズがお気に入りなんだとか。「余裕がないと良い研究はできません。」だから「趣味でバンドを作って、ギター(エレキギターも)を弾いて気分転換しています。声がかかると喜んで演奏していますよ。今年のオープンキャンパスの理学部プレイベントでは、サタケメモリアルホールで演奏できて、嬉しかったですねー。」と楽しそうに語る教授。今回の受賞は、取材中に顔を見せてくれた学生さんたちにも励みになったようで、「元気をもらった。いつか教授を超えられたら」と語る彼らの輝く瞳はまぶしく、研究室の自由闊達な雰囲気が伝わってきました。
      

学生たちと

あとがき

本学理学研究科の小林亮先生が「イグ・ノーベル賞」受賞 ! そのニュースは突然飛び込んできた。なんで年金で? 後になって、生物学者であり民俗学者でもある南方熊楠(みなかたくまぐす)と昭和天皇で有名な「粘菌」と判明(最近は「風の谷のナウシカ」の方が有名かも)。ハーバード大学の授賞式に出席のためお留守であるのを承知で、とりあえず先生にお祝いメールを送った。「人を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に贈られる本賞だが、昨年、山本さんという女性研究者の方が、「牛の排泄物からバニラの香り成分抽出で化学賞受賞」と随分話題になっていた。調べてみると、日本人受賞者も結構おられて、「たまごっち」(1997経済学賞)「バウリンガル」(2002平和賞)「カラオケ」(2004平和賞)など結構身近なものが受賞していた。ユーモアのセンスを持つ日本人は少ないのかと思っていたが、日本人とユーモアは、予想外に繋がりがあるのかも。ぜひ先生のお話を聞きたいと、おそるおそるメールの最後の最後に控えめにお願いしていたところ、帰国後すぐに取材受諾の返信が届いた。「旅費が出ないけど授賞式に行ってきました。会場の雰囲気は最高!楽しんできましたよ」「狙っていても取れない賞」の授賞式(ノーベル賞受賞者の余興はまるで大がかりな学芸会だったと)を思いっきり楽しまれたようで、その場の興奮が伝わってくるような熱気あふれるアクティブな取材でした。あとは、本家だけですね、先生!(O)

授賞式は最高でしたと、楽しそうな教授

授賞式は最高でしたと、楽しそうな教授

受賞を記念する盾

受賞を記念する盾

イグ・ノーベル賞受賞


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