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【研究成果】公共データベースを活用したメタ解析による植物におけるアブシジン酸関連ストレスの新たな知見〜大規模データの解析による環境ストレスに強い作物の開発に向けたゲノム編集ターゲット遺伝子を特定〜

研究成果のポイント

  • 環境ストレス※1は植物の生育や作物の生産性に悪影響を及ぼすが、既存の知見の外側にある未知の要素に焦点を当てる研究は少ない。
  • 植物ホルモンのアブシジン酸(ABA)※2に注目し、公共データベースの大規模な遺伝子発現データ※3を分析することで、ABAとそれに関連する合計5つのストレス処理に共通して発現が変化する遺伝子をつきとめた。
  • 本研究成果は、植物のストレス耐性メカニズムの解明とゲノム編集による環境ストレス※1に強い作物開発に役立つことが期待される。

 

概要

 広島大学大学院統合生命科学研究科の新谷光雄大学院生、ゲノム編集イノベーションセンターの田村啓太特任助教、坊農秀雅教授らの研究グループは、モデル植物※4シロイヌナズナを対象に、公共データベースに蓄積された大規模な遺伝子発現データ※3をメタ解析※5しました。
 環境ストレス※1は植物の生育や作物の生産性に悪影響を及ぼします。従来の研究では、これまでの実験結果よりストレスを伝える経路に関係すると判明している遺伝子を対象とした研究が大多数でした。対して本研究では、結果が知られていない遺伝子を含む大規模なデータから解析を行い、これまで関与するとは考えられていなかった新規遺伝子などの未知の要素に焦点を当て、新規研究テーマの提案を目指しました。
 その結果、アブシジン酸(ABA)※2およびABAと関連する塩、乾燥、浸透圧、低温の合計5つのストレス応答に関わる新たな候補遺伝子を同定しました。研究成果は、環境ストレスに強い作物の開発に貢献できる可能性があります。
 本研究成果は、国際学術誌「Frontiers in Plant Science」に2024年3月22日付けでオンライン掲載されました。
 

論文情報

論文タイトル
Meta-Analysis of Public RNA Sequencing Data of Abscisic Acid-Related Abiotic Stresses in Arabidopsis thaliana
著者
Mitsuo Shintani1), Keita Tamura2), Hidemasa Bono1)2)* 
 *Corresponding author(責任著者) 
1) 広島大学大学院統合生命科学研究科
2) ゲノム編集イノベーションセンター

掲載雑誌
Frontiers in Plant Science
DOI番号
https://doi.org/10.3389/fpls.2024.1343787

背景

 干ばつや塩害などの環境ストレスは、気候変動の影響で今後ますます深刻化すると懸念されており、作物の安定生産を脅かしています。植物ホルモンのアブシジン酸(ABA)は複数のストレスに共通して応答し、ストレス適応のための生理応答を引き起こします。ABAシグナル伝達経路の中心的な仕組みについては研究が進む一方、未知の制御因子も多く残されています。ストレス耐性メカニズムの理解とそれに基づく作物改良のためには、ABAに関連する複数のストレス下での遺伝子発現を網羅的に解析し、新たな制御因子を同定することが重要です。

研究成果の内容

 本研究では、公共データベースに蓄積された216組のシロイヌナズナ遺伝子発現データを用いて、ABA関連ストレス下での遺伝子発現を解析しました。その結果、ABA、塩、乾燥、浸透圧、低温の5つのストレス処理に共通して発現量が変動する遺伝子が同定されました。シロイヌナズナの持つ約2万8千の遺伝子のうち、14の遺伝子が全てのストレス処理で発現上昇し、8つの遺伝子が全ての処理で発現低下しました。また、塩、乾燥、浸透圧ストレスで制御され、ABAや低温ストレスでは制御されない遺伝子群も見出されました。大規模な遺伝子発現データのメタ解析により、個別の研究では見落とされていたストレス応答に関わる新たな候補因子を同定することができました。

今後の展開

 本研究で得られた遺伝子リストには、ストレス応答における働きが未知のものが含まれており、ABA非依存的なストレス応答に関わる新規の候補因子である可能性が示唆されました。これらの遺伝子は、ゲノム編集ターゲット遺伝子の選定や新たなストレス応答メカニズムの解明のための重要な手がかりになると考えられます。データベース中のデータ数が増えれば、ストレス関連のデータも増加し、それらも含めてのデータ解析によって新たな発見が得られることも予測されます。同定された候補遺伝子の機能解析が進めば、将来的にはゲノム編集などの技術を用いて、環境ストレスに強い作物の開発につなげることができる可能性があります。また、本研究のアプローチは、他の植物種や、ストレス条件のデータにも応用可能であり、公共データベースの利活用により、基礎研究と産業応用に新たな知見がもたらされることが期待されます。

 

用語説明

※1:環境ストレス: 植物は、自然環境下で生育するために、さまざまな環境ストレスに対応する能力を持っており、これらのストレスには、高温、低温、強光、暗黒、乾燥、降雨、塩などがある。
※2:ABA(アブシジン酸): 植物ホルモンの一種。環境ストレス下で合成が促進され、気孔の閉鎖や遺伝子発現の変化を通じて植物のストレスに対する適応を促す。
※3:遺伝子発現データ: 次世代シークエンサーを用いて、サンプル中の全RNAの配列を網羅的に解読することで得られるデータ。遺伝子の発現量を定量的に捉えることができる。
※4:モデル植物: モデル植物とは、生命現象の研究に用いられる植物のことで、飼育・繁殖や観察がしやすい、世代交代が早い、遺伝子情報の解明が進んでいる種が使われている。代表的なモデル植物としては、シロイヌナズナがある。
※5:メタ解析: 複数の独立した研究から得られたデータを統合し、個々の研究では検出が難しい知見を見出すことができる。

参考資料

【お問い合わせ先】

広島大学大学院統合生命科学研究科 教授 坊農秀雅
Tel:082-424-4013
E-mail:bonohu*hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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