広島大学大学院理学研究科・創発的物性物理研究拠点 ヌルママト・ムニサ研究員、木村昭夫教授、東京大学物性研究所極限コヒーレント光科学研究センター 石田行章助教、辛埴教授、兵庫県立大学大学院物質理学研究科 赤浜裕一教授らを中心とする研究グループは、世界最高エネルギー分解能を有する時間・角度分解光電子分光(*1)装置を用いることで、近赤外光パルスを照射することで電子がたたき上げられ、その状態がナノ秒に迫る長い持続時間を示すことを世界で初めて明らかにしました。今回の研究成果は、黒リンが赤外光レーザー発振や次世代の超高速光通信デバイスのキーマテリアルの一つであることを示唆しています。さらに本研究結果は、固体における究極の量子現象である電子正孔対(励起子)のボーズ・アインシュタイン凝縮(*2)を起こすのに黒リンが適した物質であることも示しています。
本研究の成果は、英国Nature Publishing Groupのオンライン科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。
【用語解説】
*1.時間・角度分解光電子分光
物質に光を照射すると、光電効果と呼ばれる現象によって、電子が固体表面から放出されます。この放出された光電子のエネルギーと放出角度を測定し、エネルギー保存則と運動量保存則を利用して固体内部の電子のエネルギーと運動量を決定する手法を角度分解光電子分光(ARPES)と言います。
この角度分解光電子分光に、2種類の短パルスのレーザー光源を用いたものを時間・角度分解光電子分光といい、ポンプ光と呼ばれる光パルスによって生じた電子状態の動的変化をプローブ光によってスナップショットとして捉えることができます。この時間・角度分解光電子分光(TARPES)は、通常の光電子分光では捉えることのできない非占有電子状態(電子が元々いない状態)や電子の超高速ダイナミクスを直接観測することができるため、基礎から応用に渡る幅広い分野で有用な実験手法となっています。
*2.電子正孔対(励起子)のボーズ・アインシュタイン凝縮
1つの状態に1個しか入れない粒子をフェルミ粒子である対し、1つの状態に何個でも入れるのがボーズ粒子です。ある転移温度以下で巨視的な数のボーズ粒子が最低エネルギー状態に落ち込む相転移現象のことを「ボーズ・アインシュタイン凝縮」と呼びます。この現象はアインシュタインにより予想され、その後、冷却原子を用いて実証され2001年にノーベル物理学賞が授与されました。上述のように、電子とその抜け穴である正孔それぞれはフェルミ粒子ですが、電子と正孔が結合してできた新たな粒子「励起子」はボーズ粒子となり、この励起子がボーズ・アインシュタイン凝縮を起こすと考えられています。
図1. (a)黒リンの結晶構造(左)。c軸方向(b)およびa軸方向(c)に沿って測定した時間・角度分解光電子分光(TARPES)の実験結果。