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【研究成果】低線量CT被ばくが引き起こす染色体・DNA異常の増加は検出限界以下であることを初めて確認―CT検査による被ばく線量低減の重要性を示唆―

本研究成果のポイント

  • 通常のCT検査と低線量CT検査を受けた209症例を対象とし、検査前後に末梢血リンパ球のDNA損傷と染色体異常の解析を行いました。
  • 通常のCT検査(約5mSvの被ばく)では、検査後DNA損傷や染色体異常が統計的に有意に増加するのに対し、低線量CT(約1.5mSv)では検査前後で変化が見られませんでした。
  • 肺がん検診での低線量CTの使用による染色体DNAへの影響が極めて小さいことを示す初の研究成果であり、より安全な医療放射線被ばくの管理体制の確立とともに、低線量CT検診の普及に伴う肺がん死亡率減少につながることが期待されます。

概要

広島大学大学院医系科学研究科放射線診断学の坂根寛晃医師と粟井和夫教授、広島大学原爆放射線医科学研究所の田代聡教授らの共同研究チームは、低線量CT検査での被ばくにより引き起こされるDNA損傷と染色体異常を解析した結果、低線量CT検査の人体への影響は検出限界以下であるほど小さいことを明らかにしました。

現在の日本人の死亡原因で最も多いのはがんであり、このうち肺がんによる死亡が最も多く全体の約20%を占めています。米国の重喫煙者を対象とした臨床試験National Lung Screening trial(文献1)では、低線量CTを用いた肺がん検診では単純X線写真を用いた肺がん検診と比較して肺がん死亡率が20%低下することが示され、肺がんCT検診が広まるきっかけとなりました。しかしながら、低線量CT検査には単純X線検査の10-30倍程度の放射線被ばくを伴うため、放射線被ばくに伴う健康被害が生じる懸念が残ります。放射線被ばくによる発がんには、染色体異常など染色体DNAの障害が関わっていると考えられていますが、これまで低線量CTのような低線量放射線被ばくと染色体異常との関係については不明でした。

今回の研究では、通常のCT検査(約5mSvの被ばく)を受けた102人、および肺がん検診において使用されている低線量CT検査(約1.5mSv)を受けた107人の計209人の参加者を対象としてCT検査前後で採血を行い、末梢血リンパ球のDNA二本鎖切断と染色体異常数の解析を行いました。解析には、DNA二本鎖切断のマーカーであるγ-H2AXの免疫蛍光染色法(図1)と田代教授らのグループが開発した効率的に染色体異常を検出することが可能なPNA-FISH法(図2、文献2)を用いました。その結果、通常CT検査後にはDNA二本鎖切断や染色体異常が増加することが確認されたのに対し、低線量CT検査の前後では変化が見られないことが明らかになりました(図3)

今回の研究では、現在臨床使用されている通常のCT検査に伴う放射線被ばくをさらに低減する必要があること、そして低線量CT検査の人体への影響は現在検査可能なレベルでは検出できないほどに小さいことが示されました。これらの成果は、今後のより安全な医療放射線被ばくの管理体制の確立とともに、低線量CT検診の発展に伴う肺がん死亡率減少に繋がることが期待されます。さらに、放射線検査の被ばく線量低減のための技術開発にも有用であると考えられます。

この研究成果は、放射線医学関連で最も権威のある北米放射線学会誌「Radiology」に掲載されました。

用語解説

CT: コンピュータ断層撮影法 (Computed tomography)

PNA-FISH法: PNA (Peptidic Nucleic Acid) プローブを用いたFISH (Fluorescence in situ Hybridization) 法により、染色体を解析する技術。染色体の中央部セントロメアと末端テロメアを蛍光色素で可視化することにより、放射線被ばくによる二動原体染色体や環状染色体などの染色体異常を効率的に検出することが可能となった。

γ-H2AX:放射線により二本鎖DNAが切断された場所では、ヒストンH2AXがリン酸化(γ-H2AX)される。顕微鏡では、γ-H2AXが細胞核の中で点状のフォーカスとして検出される。1つのフォーカスにDNA二本鎖切断が1箇所含まれている。

参考文献

(文献1)  Reduced lung-cancer mortality with low-dose computed tomographic screening. National Lung Screening Trial Research Team. N Engl J Med. 2011 Aug 4;365(5):395-409.
(文献2)  A Modified System for Analyzing Ionizing Radiation-Induced Chromosome Abnormalities. Shi L, Tashiro S, et al. Radiat Res. 2012 May;177(5):533-8.

図1:放射線被ばくにより誘導されたγ-H2AXフォーカス

図1:放射線被ばくにより誘導されたγ-H2AXフォーカス
矢印はCT検査後のリンパ球細胞核に形成されたγ-H2AXフォーカス(赤色)を示す

図2:放射線被ばくによりリンパ球に誘導された染色体異常

図2:放射線被ばくによりリンパ球に誘導された染色体異常
矢印は二動原体染色体、矢尻はフラグメントを示す
赤色:セントロメア、緑色:テロメア、青:染色体DNA

図3:CT検査によるγ-H2AXフォーカス(左)と染色体異常(右)の増加

図3:CT検査によるγ-H2AXフォーカス(左)と染色体異常(右)の増加

論文情報

  • 掲載誌: Radiology
  • 論文タイトル: Biological effects of low-dose chest CT on chromosomal DNA
  • 著者名: Hiroaki Sakanea, Mari Ishidab, Lin Shic, Wataru Fukumotoa, Chiemi Sakaib, Yoshihiro Miyatad, Takafumi Ishidae, Morihito Okadad, Kazuo Awaia, Satoshi Tashiroc,1
    a広島大学大学院医系科学研究科・放射線診断学
    b広島大学大学院医系科学研究科・心臓血管生理医学
    c広島大学・原爆放射線医科学研究所・細胞修復制御研究分野
    d広島大学・原爆放射線医科学研究所・腫瘍外科
    e福島県立医科大学・循環器内科学
    1: 責任著者
【お問い合わせ先】

広島大学原爆放射線医科学研究所
細胞修復制御研究分野
教授 田代 聡

TEL: 082-257-5818
E-mail: ktashiro*hiroshima-u.ac.jp (注:*は半角@に置き換えてください)


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