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【研究成果】微小重力環境が発芽野菜の鮮度保持に有効であることを発見

発表者

  • 牧野 義雄 (東京大学 大学院農学生命科学研究科 生物・環境工学専攻 准教授)
  • 一ノ瀬 幹司 (東京大学 大学院農学生命科学研究科 生物・環境工学専修 学部4年:当時)
  • 吉村 正俊 (東京大学 大学院農学生命科学研究科 生物・環境工学専攻 助教)
  • 河原 裕美 (株式会社スペース・バイオ・ラボラトリーズ 代表取締役)
  • 弓削 類 (広島大学大学院医系科学研究科 生体環境適応科学研究室 教授/株式会社スペース・バイオ・ラボラトリーズ 取締役)

本研究成果のポイント

  • 既存の野菜の鮮度保持法として冷蔵等が実用化されていますが、本研究では、擬似微小重力(※1)環境が、収穫後発芽野菜(※2)の鮮度保持に有効であることを発見しました。
  • 擬似微小重力環境では、発芽野菜の重力感知能が失われ、水分ロスが抑制されることにより、萎れ等の鮮度低下が抑制されることを解明しました。
  • 宇宙での食料資源(生鮮物)の保存を通じた有効利用や、地球上での新規な野菜の鮮度保持法として実用化が期待されます。

概要

これまでの宇宙開発研究では、宇宙空間での植物栽培の可能性について研究が進められてきたものの、収穫物である生鮮物の保存方法に関する報告は見当たりません。そこで、東京大学大学院農学生命科学研究科 牧野義雄准教授、広島大学大学院医系科学研究科 弓削類教授らの研究グループは、生鮮物試料として発芽野菜を選択し、地球上での実験が可能な擬似微小重力の、発芽野菜の鮮度に対する影響を調べました。その結果、主要な鮮度低下現象である質量減少が、擬似微小重力環境では、通常の重力環境に比べて有意に抑制されることを発見しました。本研究成果は、宇宙空間において貴重な食料資源の保存に役立つほか、地球上でも、冷蔵などの既存の鮮度保持法に加えて、新規な鮮度保持法として実用化される可能性があります。また、2020年10月14日に国際合意で締結された「アルテミス計画」で進められる月面及び火星探査での植物プラント工場等の宇宙空間での研究開発にも繋がる成果となります。

発表内容

これまでの宇宙開発研究では、スペースシャトル(※3)、さらには国際宇宙ステーション(※4)内における実験により、微小重力および宇宙線(※5)といった宇宙空間特有の環境が、生物に及ぼす影響を調べる研究が行われてきました。動物に対しては、筋骨の退化、赤血球の減少、種の消失といった、悪影響が多く観察されてきました。

一方野菜は、収穫後においても生き続け、栽培中に蓄積した栄養成分を消耗しつつ呼吸し、それが原因で萎れ、変色、質量減少といった鮮度低下現象が観察されます(地球上での知見)。そのため、呼吸の抑制が有効な鮮度保持法となり、冷蔵、エチレン除去・無効化、環境気体組成制御(低O2、高CO2水準)などの手法が実用化されています。すなわち、呼吸という重要な生命活動の抑制が収穫後における野菜の鮮度保持に有効であることから、生命活動に負の影響を及ぼす宇宙環境は、鮮度保持に有効である可能性が高いと考え、本研究では、地球上で作出可能な擬似微小重力環境が、収穫後野菜の鮮度低下に及ぼす影響について調べることとしました。

収穫後の野菜を擬似微小重力環境(μG)で保存し、通常の重力環境(1G)で置いた試料と鮮度を比較しました。試料として発芽野菜である「緑豆モヤシ」と「カイワレダイコン」、果菜類(※6)として「エダマメ」を用意しました。擬似微小重力環境は、(株)スペース・バイオ・ラボラトリーズ社製の重力制御装置”Gravite®(※7)にて作出しました。野菜を重力制御装置に設置し、経時的に質量を測定するとともに、通常重力で保存した試料と比較しました。重力が質量保持率に及ぼす影響を調べたところ、発芽野菜の場合、擬似微小重力環境では通常重力に比べて有意に質量保持率が高かったことから、擬似微小重力環境は、発芽野菜の鮮度保持に有効であることが明らかになりました(図1)。一方、エダマメの場合、質量保持率に対する重力の影響は観察されませんでした。

野菜の質量減少は主として、根から葉の方向に向かって保有する水を移動させ放出する蒸散作用(※8)に起因します。発芽野菜は根と葉を備えた品目であることから、通常重力環境であれば水を移動させる方向を感知し、円滑に蒸散作用が営まれるため、著しい質量減少が起きました。一方、擬似微小重力環境では、水を移動させる方向を感知できなくなり、円滑な蒸散が妨げられたことから、質量減少が抑制されたと考えられました(図2)。しかし、果菜類であるエダマメの場合、根と葉を備えておらず、重力感知とは無関係な自然な水の放出による質量減少であるため、重力の影響は認められませんでした。

以上の結果から、擬似微小重力環境は、発芽野菜の鮮度保持に有効であることが実験データに基づき証明されました。

宇宙開発において、植物栽培研究が長年行われていますが、その収穫物である生鮮物は、宇宙空間における貴重な食料資源であり、できる限り鮮度を長持ちさせることは、食料資源確保のため重要な意義があります。本研究成果は、宇宙空間における食料資源の有効な保存法として、宇宙開発研究支援のため、貢献できると考えます。さらに、新規な鮮度保持法の発見という社会的意義があります。野菜の鮮度保持法はこれまで、冷蔵、エチレン除去・無効化、環境気体組成制御(低O2、高CO2水準)が実用化されていますが、重力を低下させる鮮度保持法に関する研究例は過去に報告が無いことから、本研究成果の新規性が裏付けられます。

今後は、宇宙環境での植物栽培に関する研究を行う研究者との連携や、重力制御に着目した新規な様式の鮮度保持装置の開発に向けて、活動を続けたいと考えています。

用語解説

(※1) 擬似微小重力
物体を360°の方向にゆっくり回転させると、その物体にかかる重力加速度の平均値が地球上の約1000分の1G(1G: 地球上の重力加速度9.8 m•s-2)に近似される。擬似微小重力とは、その時の重力を指す。宇宙空間での微小重力とは異なるため、擬似が付される。

(※2) 発芽野菜
 発芽して間もない野菜で、別名「スプラウト」とも呼ばれる。通常は室内において栽培される。

(※3) スペースシャトル
アメリカ航空宇宙局 (NASA) が1981年から2011年にかけて135回打ち上げていた有人宇宙船。船内には実験設備が備わっていた。

(※4) 国際宇宙ステーション
2011年に完成し、米国、ロシア、日本、カナダ、欧州が共同で運用している、地上から約400km上空に建設された巨大な有人実験施設。

(※5) 宇宙線
宇宙空間を飛び交う高エネルギーの放射線。

(※6) 果菜類
野菜の中で、果実または種実を食用にするもの。

(※7) 重力制御装置”Gravite®
直行二軸のまわりに試料を360°回転させ、重力ベクトルを時間軸で積分することにより宇宙ステーションと同じ1000分の1G (1G: 地球上の重力加速度9.8 m•s-2)の擬似微小重力環境をつくるだけでなく、2Gや3G等の過重力環境を作り出す装置。(株式会社スペース・バイオ・ラボラトリーズ社製)

(※8) 蒸散作用
植物の地上部から大気中へ水蒸気が放出される現象。収穫後の植物の場合、保有する水分を放出し続けるため、質量減少に伴う萎れの原因となる。

図1 擬似微小重力環境(“Gravite®”)の発芽野菜に
対する鮮度保持効果

図2 擬似微小重力環境における発芽野菜の
質量保持機作

論文情報

  • 掲載誌: PLOS ONE
  • 論文タイトル: Efficient preservation of sprouting vegetables under simulated microgravity conditions
  • 著者名: Yoshio Makino*, Kanji Ichinose, Masatoshi Yoshimura, Yumi Kawahara, Louis Yuge
  • DOI: 10.1371/journal.pone.0240809
【お問い合わせ先】

東京大学 大学院農学生命科学研究科 生物・環境工学専攻 生物プロセス工学研究室
准教授 牧野 義雄
TEL:03-5841-5361
Email: amakino*mail.ecc.u-tokyo.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください)
 
広島大学 大学院医系科学研究科 生体環境適応科学研究室
教授 弓削 類
TEL:082-257-5425
E-mail:ryuge*hiroshima-u.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください)

株式会社 スペース・バイオ・ラボラトリーズ
代表取締役 河原 裕美
TEL:082-257-1501 
E-mail:yumi*spacebio-lab.com (注: *は半角@に置き換えてください)


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