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【研究成果】庄原市所在「佐田谷(さただに)・佐田峠墳墓群(さただおふんぼぐん)」国史跡指定の答申について

本研究成果のポイント

  • 佐田谷・佐田峠墳墓群が国史跡指定の答申を受けます。
  • 佐田峠墳墓群の発掘調査・研究は広島大学考古学研究室が野外実習授業で行っていました(2007~2012年度)。
  • 広島大学考古学研究室の教員と発掘調査に参加した大学院生らがまとめた佐田谷・佐田峠墳墓群の研究成果によって、当該遺跡が国史跡として重要な価値をもつとの評価がなされ、今回の答申につながりました。

概要

6月18日、国の文化審議会(会長 佐藤信)は、文部科学大臣に対し、文化財保護法第109条の規定により、佐田谷・佐田峠墳墓群を史跡に指定するよう、答申を行う予定です。

今回の答申のもとになったのは、平成19年度以降の広島大学考古学研究室と庄原市教育委員会が共同研究としておこなった継続的な佐田谷・佐田峠墳墓群の調査研究の成果です。広島大学文学部考古学研究室では野外考古学実習で佐田峠墳墓群の発掘調査を行ってきました。そして、考古学研究室の教員の野島 永(広島大学大学院人間社会科学研究科 教授)は、広島大学文学研究科(地表圏システム学講座 考古学分野)大学院生であった今福 拓哉・真木 大空(現 島根県教育委員会)、村田 晋(現 広島県教育委員会)らとともに調査研究報告書(http://doi.org/10.15027/50403)を刊行しました。

調査研究の結果、佐田谷・佐田峠墳墓群は、弥生時代中期末から後期前葉の墳墓遺跡で、四隅突出型墳丘墓3基、方形台状墓4基、方形周溝墓1基の多様なかたちの墳墓から構成されることが判明しました。あわせて、短期間に墳丘の構築方法、墓穴(墓壙)の規模や位置関係、土器の出土状況が変遷したことが判明しました。土器や墳墓の特徴から、吉備地域、山陰地方と交流しながら、墳墓祭祀を独自に発達させたと考えることができました。

短期間における弥生墳墓の複雑な変遷過程を一カ所で辿ることができる墳墓群として、重要な意義をもつものと評価されました。

今後の展開

答申の3~6カ月後に、官報告示により国史跡指定の予定。

佐田峠3号墓四隅突出型墳丘墓の調査

弥生時代中期末葉の四隅突出型墳丘墓の突出部分の発掘調査、2008年度の野外考古学実習授業。

広島大学文学部考古学研究室提供

参考文献

野島 永編 2016 『佐田谷・佐田峠墳墓群発掘調査報告書 調査編(1)』広島大学大学院文学研究科考古学研究室報告3巻--(広島大学学内刊行物)
今西隆行・辻村哲農編 2017 『佐田谷・佐田峠墳墓群発掘調査報告調査編(2)』庄原市発掘調査報告書29。
野島 永・村田 晋編 2018 『佐田谷・佐田峠墳墓群発掘調査報告書 研究編』広島大学大学院文学研究科考古学研究室報告4巻--(広島大学学内刊行物)
野島 永・稲村 秀介・村田 晋 2020「佐田谷・佐田峠墳墓群の企画展「庄原盆地 弥生王墓誕生」をおえて」『広島大学大学院文学研究科考古学研究室紀要』11号 考古学研究室、81-90頁。--(広島大学学内刊行物)

【お問い合わせ先】

大学院人間社会科学研究科研究科人文学プログラム(文学部)

教授 野島 永

TEL: 082-424-6660

FAX: 082-424-6663

E-mail: nojima*hiroshima-u.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください)


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