丸山 史人(まるやま ふみと)
広島大学IDEC国際連携機構 環境遺伝生態学 教授
TEL: 082-424-7048
E-mail: fumito*hiroshima-u.ac.jp
(注: *は半角@に置き換えてください)
広島大学IDEC国際連携機構の丸山史人教授のグループと愛知県畜産課の小松徹也氏らをはじめ、複数の大学のグループにより、豚由来Mycobacterium avium subsp. hominissuis(MAH)と人由来MAHの分子疫学的関連性と、特定の地域の豚からのみ分離された新規系統のMAHのゲノムの特徴、そして豚におけるMAHの感染経路を明らかにした研究成果です。なお、本研究成果は2023年5月16日に学術誌「One Health」に掲載されました。
1:愛知県農業水産局畜産課
2:国立医薬品食品衛生研究所衛生微生物部
3:奈良先端科学技術大学院大学データ駆動型サイエンス創造センター
4:広島大学IDEC国際連携機構
5:東北大学生命科学研究科
6:岐阜大学応用生物科学部
7:熊本県阿蘇保健所
8:Animal Research Institute, Council for Scientific and Industrial Research
9:全国農業協同組合連合会飼料畜産中央研究所
10:農業・食品産業技術総合研究機構動物衛生研究部門越境性家畜感染症研究領域
11:富山県食肉検査所
12:岐阜大学大学院連合獣医学研究科
13:家畜衛生地域連携教育研究センター
14:比和自然科学博物館
15:大阪公立大学大学院生活科学研究科
16:独立行政法人近畿中央胸部疾患センター臨床研究センター
17:京都大学医生物学研究所
18:神戸市健康科学研究所
19:京都大学大学院人間・環境学研究科
20:国立感染症研究所ハンセン病研究センター
21:University of Minnesota Medical School, Department of Microbiology and Immunology
22:CHOBE 未来共生建造環境センター
23:Universidad de La, Scientific and Technological Bioresource Nucleus, Frontera
*:責任著者
近年世界中で、非結核性抗酸菌症(*1)に罹患する患者が増えています。Mycobacterium avium subsp. hominissuis (以下MAH)は、人の非結核性抗酸菌症の主要な原因菌で、肺炎やリンパ節炎を引き起こします。MAHは土壌や水環境といった自然環境中に広く存在し、これらが感染源になると考えられています。MAHは豚にも感染し、リンパ節炎や敗血症を引き起こします。MAHは世界規模で、地域特異的な適応をしていると考えられています。例えば、縦列反復配列多型(Variable number of tandem repeat: VNTR)型別解析(*2)などの分子疫学的解析やゲノム配列に基づく研究から、東アジアの人由来株と欧米の人由来株は、遺伝学的に異なることが明らかになってきました。
一方、VNTR型別解析を用いた複数の研究から、日本の豚由来株は、日本の人由来株とは遠縁であり、欧米の人や豚由来株と近縁であることが明らかになってきました。しかし、これらの研究に供した豚由来株が分離された国や地域はわずかであり、地域特異的な適応をするMAHの実態解明には、様々な地域の株を調査する必要があります。
また豚においては、豚舎環境に存在するMAHが豚に感染すると考えられていますが、ゲノム解析により、環境・豚由来MAHの疫学的関連性を、より正確に捉えることが可能となり、豚への感染経路が解明される可能性があります。
そこで本研究では、東海・北陸地方で分離された豚由来MAHのVNTR型別解析とゲノム解析をすることで、人・豚・環境由来MAHの関連性を明らかにしました。また東海地方の豚にしか存在しない新たな系統のMAHを発見し、その特徴的なゲノム配列から、豚におけるMAHの推定感染経路を明らかにしました。
私たちは、東海・北陸地方で飼養されていた豚と豚舎環境から合わせて50株のMAHを分離しました。この50株を用いて、VNTR型別解析にて、既報の人由来株や環境由来株と比較したところ、全てのMAHは、6つのグループ(Clonal complex: CC)に分類されました。日本や韓国といった東アジア地域の肺炎患者由来株は、CC1に分類され、豚由来株は含まれませでした。CC2には欧米地域の患者由来株や、日本の豚由来株や環境由来株が含まれていました。CC3〜CC6は主に豚由来株から構成され、特にCC6は東海地方にある複数の農場由来のMAHのみから構成され、解析に用いられたその他の株から非常に遠縁でした(図1)。ゲノム配列に基づく系統樹解析でも同様に、東アジア地域の患者由来株(EastAsia)と、豚由来株(SC2、SC3、SC4)は異なる系統に属していました。ゲノム系統樹解析においても、CC6に属する株は、新規の系統(SC5)に分類されました。ベイズ法に基づくMAHの系統間における組換え頻度を調べたところ、ゲノム系統樹解析でEastAsiaやSC4に属するMAHは、互いに高い頻度で組換えをしていました。一方で、SC2やSC5に属する株の組換え頻度は、低いことがわかりました(図2)。特にSC5の組換え頻度は、他の株と比べ極端に低いことが分かりました。そしてSC5のゲノム配列を調べたところ、SC5は、系統特異的なゲノムアイランド(*3)上に、80個の固有遺伝子を有していました。
以上から、豚由来MAHのうち、SC3やSC4に属するMAHは環境中で他の株と組換えを通して進化し、SC2やSC5は豚の生体内で微小進化(*4)を繰り返しながら、遺伝子変異を蓄積してきた可能性が示唆されました。またSC5が分離された3農場の疫学情報を調査したところ、3農場は同じ種豚場から直接的、または間接的に豚を導入していることが分かりました。このことから、SC5に属するMAHは豚の体内で進化し、豚の移動に伴って農場間を伝播していることが示唆されました。
本研究では、日本の豚由来株は、日本の患者由来株と遠縁であるものの、組換えを介して患者由来株に影響を受けていることが明らかとなりました。また、MAHは地域特異的だけでなく、種特異的な分布をしている可能性が考えられました。さらに、MAHの農場への侵入方法として、環境から人や物を介して侵入する経路と、豚の移動に伴い侵入する経路の、2つあることが明らかとなりました(図3)。
私たちは、比較的小さな地域にのみ分布するMAHを発見しました。さらその特徴的なゲノム配列から、このMAHが豚にのみ分布している可能性が示唆されました。このように、小規模な地域に分布が限定されるMAHは、豚だけでなく、他の動物や人にも存在する可能性があります。このMAHの分布を丁寧に調査することで、より具体的なMAHの感染経路が判明される可能性があります。そして、感染経路に対する処置をとることで、食肉の安定供給につながります。
(*1) 非結核性抗酸菌症:結核菌やらい菌以外の抗酸菌により引き起こされる難治性の抗酸菌症。近年日本においても罹患率が急激に増加し、非結核性抗酸菌症の患者数は、結核の患者数を超えたと考えられている。
(*2) 縦列反復配列多型(VNTR)型別解析:ゲノム配列に存在する、数10bpを単位とする塩基配列の繰り返し配列の反復数を利用した遺伝型別方法。VNTR型別解析は、もともと結核菌の遺伝型別に用いられていたが、近年、M. avium Complexの遺伝型別にも利用されている。
(*3)ゲノムアイランド:水平伝達を起源とする遺伝子のクラスター。病原遺伝子や薬剤耐性遺伝子がゲノムアイランド上にあることがあり、水平伝達により、病原性や薬剤耐性が異なる菌株に伝播することがある。
(*4) 微小進化:比較的短い時間で発生する、集団内における対立遺伝子頻度の変化。
図1 VNTR型別解析による人・豚・環境由来MAHの分子疫学的関連
全てのMAHは6つのClonal Complex(CC)に分類された。豚由来株はCC 2〜6に分類され、CC 1に分類された東アジアの肺炎患者由来株とは遠縁であり、CC 2に分類された欧米の患者由来株と近縁でした。
図2 MAH系統間における組換え頻度
東アジア地域の肺炎患者由来株(EastAsia)と主に豚由来株が含まれるSC2/4は互いに多くの組換えを行っています。一方、SC2/4の一部の株(SC2a, 図下方の黒丸印)やSC5の他の株との組換え頻度は、他の株と比べ非常に少ないことが分かります。
図3 豚におけるMAHの2つの感染経路
SC2の一部(SC2a)やSC5は、感染した豚の体内で微小進化し、豚の移動に伴って農場に侵入し感染します。SC3やSC4は環境中で様々な由来のMAHと組換えを通して進化し、農場に侵入し感染します。感染後は、また環境中に放出され、次の感染源となります。
丸山 史人(まるやま ふみと)
広島大学IDEC国際連携機構 環境遺伝生態学 教授
TEL: 082-424-7048
E-mail: fumito*hiroshima-u.ac.jp
(注: *は半角@に置き換えてください)
掲載日 : 2023年06月02日
Copyright © 2003- 広島大学