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手も足も羽もない線虫が飛ぶ〜線虫が静電気の引力を利用して昆虫に飛び乗り、拡散することを発見〜

本研究成果のポイント

  • 実験動物として世界的に利用されている線虫(※1)が空中を飛ぶことを発見
  • 線虫は100個体以上の集団でこの飛び乗り行動を行うことを発見
  • 手も足も羽もない線虫が遠くへ移動する手段として、自ら帯電して、静電気を帯びたハチに静電的引力を利用して飛び乗ることを発見

概要

 広島大学大学院統合生命科学研究科の杉拓磨准教授は、北海道大学電子科学研究所の佐藤勝彦准教授および中垣俊之教授らと共同で、手も足も羽もない線虫が帯電して、静電気を帯びた昆虫に静電的引力を利用して飛び乗り、拡散することを発見しました。この研究成果は、生物学分野で権威ある雑誌の一つであるCell press発行の「Current Biology」のオンライン版に2023年6月21日(水)(米国東部時間11時)に掲載されます。

背景

 体長1ミリメートル以下の小さい生き物はどのように遠くに移動するのでしょうか?モデル動物として古くから利用され、アポトーシス機構の発見や緑色蛍光タンパク質の動物応用実験などでノーベル賞の対象となってきた線虫C.エレガンスは世界中の至るところで発見されています。では、手も足も羽もない、わずか体長1ミリメートル弱の線虫がどのように長い歴史の中で世界中に拡散したのでしょうか?小さな動物が他の動物に乗り、遠くに移動する行動を便乗行動と言います。進化論で有名なチャールズ・ダーウィンは、晩年、小さな動物が便乗行動により世界中に拡がって種を拡散させる可能性に興味を持ちました。そして、ダーウィンは、DNAの二重らせん構造の発見で有名なフランシス・クリックの祖父と共著で、淡水二枚貝の便乗行動について、人生最後の論文をNature誌に発表しています(※参考1)。しかし、これほど重要な便乗行動について、手も足も羽もない線虫がどのように昆虫に乗るのかはわかっていませんでした。

研究成果の内容

 当研究室では2019年に、線虫集団がシャーレのフタにネットワーク上のパターンを形成する集団行動を発見し、Nature Communications誌に発表しました(※参考2)。この研究で、大量飼育のために、シャーレ内の寒天培地上に置いたはずの線虫が、なぜか数秒後には、大量にシャーレのフタに移動しているという不思議な現象に直面しました。手も足も羽もない、わずか体長1ミリメートル以下の線虫が蛇行運動により、数秒でシャーレの培地上から距離にして30ミリメートル以上移動してフタまでたどり着くのはほぼ不可能なはずです。そこで光学顕微鏡下で観察したところ、寒天培地上の線虫が突然消え、次の瞬間、シャーレのフタに現れるという「瞬間移動」に気づきました。これをもとに数年間、北海道大学のグループと様々な議論を経て、「帯電した線虫が、シャーレのフタの静電気による引力を利用してフタに移動している」という結論に至りました。
 過去の研究から、手も足も羽根もない小さな線虫が遠くに拡散する手段として、動物の体表に付着して移動する便乗行動が知られています。そしてさらに驚くことに、1個体の線虫が最大100個体近くの線虫を持ち上げて、その集団ごと飛び乗る集団移動を発見しました。そこで、帯電したマルハナバチを線虫に近づけた結果、線虫が集団で空間をジャンプしてハチに飛び乗ることがわかりました(下図)。以上から、本論文で「線虫が集団で電場を利用して空間をリープし、昆虫に飛び乗り、移動する」という結論に至りました。

電気的引力を利用したマルハナバチへの飛び乗り行動

(A)〜(D)線虫集団の飛び乗り過程の連続写真。(E)(F)飛び乗り後のマルハナバチに付着した線虫。

今後の展開

 動物が他の動物とコミュニケーションを取る方法について、声などの音や物理的接触、フェロモン等の匂いなどがよく研究されていますが、「電気」を利用する例はあまり多く報告がありません。しかし、線虫のような小さい生き物は帯電しやすいため、小さい生き物の世界ではこの電気を利用するコミュニケーションは意外にも多く利用されている可能性が考えられます。今後、小さな生き物を取り扱う研究では、電気的相互作用に注意をして研究をすることで、新たな事例が発見されることが期待されます。また、本論文は四部作の一部で、第一部は今回Current Biology誌の「跳ぶ」、第二部は2019年のNature Communications誌の「集う」、そして今後は第三部「爆ぜる」、第四部「廻る」を論文発表する予定です。

論文情報

  • 著者:Takuya Chiba, Etsuko Okumura, Yukinori Nishigami, Toshiyuki Nakagaki, Takuma Sugi(責任著者), Katsuhiko Sato(責任著者)
  • 論文タイトル:Caenorhabditis elegans transfers across a gap under an electric field as dispersal behavior
  • 掲載ジャーナル:Current Biology
  • DOI:10.1016/j.cub.2023.05.042

参考資料

(※参考1)Darwin, On the dispersal of freshwater bivalves, Nature, 1882
(※参考2)Sugi* et al. C. elegans collectively forms dynamical networks, Nature Communications, 2019

用語説明

(※1)線虫
   線形動物の総称。無色透明で体長は、0.3~1mmほど。深海や高い山など地球上の様々な場所に生息。

【お問い合わせ先】

 広島大学大学院統合生命科学研究科 杉 拓磨

 Tel:082-424-4012 

 E-mail:sugit*hiroshima-u.ac.jp

  (注: *は半角@に置き換えてください)


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