研究成果のポイント
・ 本邦初、世界では4例目のIL-17RC(注1)異常症による慢性皮膚粘膜カンジダ症(注2)症例を発見しました。
・IL17RC遺伝子変異が持つ病的意義を簡便かつ正確に検証する方法を世界に先駆けて確立しました。
概要
IL-17RC は IL-17免疫(注3)のシグナル伝達を介在し、宿主の感染防御などを担う分子です。IL-17RC 異常症は IL17RC 遺伝子の異常によって起こる稀な疾患で、これまでに世界で3家系3例が報告されているのみで、本邦では報告はありません。乳児期から皮膚や口腔などの粘膜にカンジダ感染症を起こし、慢性的な痒みや痛み、発疹などをきたす疾患であり、適切な診断に基づく治療・管理法の選択は、患者にとって有益となります。
岡田賢(広島大学大学院医系科学研究科小児科学教授)、野間康輔(同大学院生)らの研究グループは、Garvan医学研究所(オーストラリア)及び、St. Giles Laboratory of Human Genetics of Infectious Diseases(ロックフェラー大学、ニューヨーク)などとの共同研究により、世界で第4例目となるIL-17RC 異常症の症例を同定することに成功しました。さらに本症例の解析を契機に、IL17RC 遺伝子の変異が IL17RCタンパクの機能に及ぼす影響を簡便かつ正確に評価する手法を確立しました。本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業のサポートを受けて実施しました。
本研究成果は、2023 年 12 月 22日(金)に「Journal of Clinical Immunology」で公開されました。
論文情報
論文タイトル
Isolated chronic mucocutaneous candidiasis due to a novel duplication variant of IL17RC
著者
Kosuke Noma, Miyuki Tsumura, Tina Nguyen, Takaki Asano, Fumiaki Sakura, Moe Tamaura, Yusuke Imanaka, Yoko Mizoguchi, Shuhei Karakawa, Seiichi Hayakawa, Takayo Shoji, Junichi Hosokawa, Kazushi Izawa, Yun Ling, Jean-Laurent Casanova, Anne Puel, Stuart G Tangye, Cindy S Ma, Osamu Ohara, Satoshi Okada*
*Corresponding Author(責任著者)
掲載雑誌 Journal of Clinical Immunology
DOI番号 10.1007/s10875-023-01601-9
背景
カンジダは、皮膚や消化管に存在する常在菌であり、口腔カンジダ症や皮膚カンジダ症、膣カンジダ症などさまざまな感染症を引き起こします。通常これらの感染症は、健常者では重篤化することがなくコントロールされますが、免疫機能が障害された人では、時として難治性、持続性ないしは重篤な感染症を起こします。慢性粘膜皮膚カンジダ感染症は、カンジダ属による爪、皮膚、口腔粘膜および性器粘膜の再発性または持続性の感染を呈する先天性免疫異常症です。原則的に、カンジダ感染以外には症状を示さないのが本症の特徴です。カンジダに対する局所免疫には、ヘルパーT細胞の亜群であるTh17細胞と、それが産生するインターロイキン17(IL-17)が重要な役割を果たします。慢性皮膚粘膜カンジダ症は、IL-17シグナル伝達経路が特異的に障害されることで発症することが知られています。
IL-17RCは、IL-17の受容体ファミリーのひとつで、IL-17RAと二量体を形成して、IL-17に対する受容体として機能します。IL-17がこの受容体に結合すると、下流の分子群が活性化され、ディフェンシンなどの抗菌ペプチドや、CXCL1やCXCL8、IL-6などの炎症性ケモカイン/サイトカイン(注4)が産生されます(図1)。これらが免疫系を活性化することにより、最終的にカンジダは排除されます。
IL-17RC異常症は、IL17RC遺伝子の異常により発症する常染色体潜性遺伝形式をとる遺伝性疾患です。正常なIL-17RCタンパクが産生されないことにより、IL-17を介した免疫が機能せず、慢性粘膜皮膚カンジダ感染症を発症します。本症は非常に稀な疾患で、これまでに世界で3家系3例が報告されているのみで、本邦での報告はありません。これまで、IL17RC遺伝子のバリアントの病的意義を評価する簡便な方法がなく、同症患者の診断は容易ではありませんでした。今回我々は、新規IL17RC変異による慢性粘膜皮膚カンジダ症を発症した患者を経験するとともに、患者で認めた遺伝子変異の病的意義を簡便に判断するための診断手法を確立しました。
研究成果の内容
生後3か月で口腔カンジダ症、皮膚カンジダ症を発症し、慢性粘膜皮膚カンジダ症と診断された症例に対して、遺伝子パネル検査(注5)を行いました。その結果、IL17RC遺伝子のホモ接合性新規重複変異(Chr3: 9,971,476-9,971,606 dup (+131bp))が同定されました。IL-17RC異常症の患者の細胞では、IL-17に対する反応性が障害されることが知られています。本患者でも同様に、IL-17に対する反応性の障害が認められました。また、患者の細胞に正常なIL-17RCタンパクを発現させることにより、その反応性は回復しました。これらのことから、本患者を、IL-17RC異常症と診断しました。
本症例で認めたIL17RC遺伝子変異は過去に報告がなく、その病的意義を確認するために、本変異がIL-17RCの機能に及ぼす影響を検討しました。これまで、IL17RC遺伝子変異の病的意義を、簡便かつ正確に判断する解析方法はありませんでした。そこで我々は、IL-17RCタンパクを欠損した細胞株(IL-17RC欠損 HeLa細胞)を作製し、同定された変異の解析を行いました。IL-17RC欠損HeLa細胞に、正常、ないしは変異型のIL-17RCを導入したのち、IL-17A刺激に対する反応性を測定することで機能解析を行いました。その結果、本変異はIL-17RCの機能を著しく障害する変異であることが判明しました(図2)。
今後の展開
本研究で解析を行ったIL-17RC異常症の患者の臨床的あるいは分子的表現型は、これでまで報告された3例と一致し、本症の疾患概念の確立に寄与する発見となりました。また、今回開発したIL-17RC欠損HeLa細胞を用いた検査法は、病的意義が明確でないIL17RC遺伝子変異を評価する手法として、今後の活用が期待されます。
参考資料
<図1> IL-17シグナル伝達経路の模式図
IL-17RAとIL-17RCは二量体を形成して、IL-17に対する受容体として機能します。IL-17(IL-17AとIL-17F)がこの受容体に結合すると、下流の分子群が活性化され、ディフェンシンなどの抗菌ペプチドや、CXCL1などの炎症性ケモカイン/サイトカインが産生されます。これらが免疫系を活性化することにより、最終的にカンジダは排除されます。
IL-17RC異常症では、IL-17RCに異常があることで、この経路の機能が障害され、慢性粘膜皮膚カンジダ感染症を発症します。
<図2> IL17RC遺伝子変異の機能評価システム
IL-17RC欠損HeLa細胞に正常(WT)、ないしは変異型IL-17RCを導入し、その 機能をIL-17A刺激に対するCXCL1の産生を評価しました。患者の変異(赤)と過去に報告されたIL-17RC異常症患者の変異(青)を導入しても、CXCL1は産生されませんでした。一方、健常者で報告されている機能性多型(右方の16多型)を導入すると、正常なIL-17RCと同程度にCXCL1が産生されました。これらから、本システムがIL17RC遺伝子変異の機能を正確に評価できることが明らかとなりました。
用語説明
注1:IL-17RC
IL-17RCは、IL-17の受容体ファミリーのひとつで、IL-17RAと二量体を形成して、IL-17に対する受容体として機能する。
注2:慢性皮膚粘膜カンジダ症
カンジダ属による爪、皮膚、口腔粘膜および性器粘膜の再発性または持続性の感染を主要な感染症とし、そのほかの臨床症状を伴わない先天性免疫異常と定義される。
注3:IL-17免疫
IL-17サイトカインとIL-17受容体ファミリーを介したシグナル伝達により誘導される免疫機構。感染防御やアレルギー応答など、さまざまな役割を果たす。カンジダに対する局所免疫には、特に重要な役割をもつ。
注4:ケモカイン/サイトカイン
細胞間のシグナル伝達分子として作用するタンパク質の総称。標的細胞にシグナルを伝達し、多種多様な細胞応答を引き起こす。免疫に関係した分子は多く、感染防御に重要な役割をもつ。
注5:遺伝子パネル検査
次世代シークエンスを用いた遺伝子解析手法の一つです。目的に応じたいくつかの遺伝子(遺伝子パネル)の配列情報を網羅的に調べる方法で、医療分野で応用されています。本研究における遺伝子パネル検査は先天性免疫異常症の原因になることが分かっている遺伝子を網羅的に調べる方法です。
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広島大学 大学院医系科学研究科 小児科学 教授 岡田 賢
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ゲノム・データ基盤事業部医療技術研究開発課
難治性疾患実用化研究事業
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(注: *は半角@に置き換えてください)